【東京短歌110】人はみな 悩みを抱えて 生きている 悩みがないのが悩みと 嘯きながら
『嘯く』という言葉は、大きなことを言う、豪語するという意味の他に、『とぼけて知らん顔をする』という意味がある。
『わたし、悩みがないのが悩みなのよね』
『僕の悩みは悩みがないことだね』
などと言った言葉の裏側には『とぼける』心理が潜んでいることがある。
本当は悩み事があったり、悩み事だらけなのに、『強がったり』、相手に気を遣わせたくなくて、『素知らぬ風に』そんなことを言うのかもしれない。
本当に、悩み事がないとすればそれはそれで『重畳』。
しかし、『嘯いている』だけだとしたら、『強情を張る』だけで、悩み事は解消せずに、却って辛さだけが、苦しさだけが残ってしまう。
悩み事があるのなら、誰かに聴いてもらうのが良いのだけれど、そもそも『話せる相手』がいなければ、聴いてもらえることは出来なくて、それこそが『悩み事』になりかねない。
僕はこれまで、悩み事がひとつもないという人に出会ったことがない。
それは出会ったことがないだけで、もしかするとそんな人はいるのかもしれないけれど、少なくともこの半世紀以上、そんな人を見たことはない。
もし、この世の中に、悩み事がひとつもないという人がいるのなら幸いだ。
悩み事がある人も幸いだ。
なんとなれば世の儚さと無常を知り、相対的に素晴らしさを感じることが出来るから。
因みに僕には悩み事がある。
悩み事というのは面白いもので、目に見えないのに、大小があり、強弱があり、硬軟がり、まるで物体のように胸の内に存在する岩か石か水銀か金属のようなものだ。
僕はある意味楽しんでいる。解消したり新たに生まれたり消えていくその様を。
