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AIがうばえなかったもの第5話:なくならかった仕事

AIが仕事を助けるようになってから、さらに数か月が過ぎた。

直人は病院長に呼ばれた。

「AIの導入に伴い、医師の配置を見直すことになりました」

病院長は静かに続けた。

「診断や検査結果の説明、手術の多くをAIが担うようになります。これまでほど多くの医師は必要なくなりました」

AI導入後、病院に残ることを許されたのは、高度な専門性と技術を持つ、ごく少数の医師だけだった。

戦争のあと、人々の職業観が大きく変わったように、AIの時代もまた、「安定」と信じられてきた仕事の価値を大きく変えようとしていた。

直人は、その中に入ることができなかった

直人は黙って話を聞いていた。

覚悟はしていた。

胸の奥で恐れていたことが、ついに現実になった。

「申し訳ありません」

その一言で、すべてを悟った。

医師免許はなくならない。

長年積み重ねてきた知識も経験も消えない。

けれど、病院で働く場所は失われた。

病院を出ると、青空が広がっていた。

いつもと同じ景色なのに、自分だけが取り残されたような気がした。

その日の午後。

一本の電話が鳴った。

「直人さん、お時間ありますか?」

千夏だった。

「どうしたの?」

「施設の利用者さんのことで、先生に相談したいことがあるんです」

先生――。

その呼び方に、直人は少しだけ救われた気がした。

「分かった。すぐ行くよ」

介護施設にも医師が常駐する職場があることは知っていた。

だが、自分がそこで働くことになるとは、一度も考えたことがなかった。

医師を目指した日から、病院で患者を診ることだけが、自分の進む道だと信じていた。

千夏が働く介護施設では、新しいAIロボットが導入されていた。

「おはようございます。私は医療支援AIロボット、光です」

「私は、ちかです。よろしくお願いします」

光は病気や検査結果の説明を担当し、ちかは薬の説明や日常の質問に答えていた。

説明は正確で、とても分かりやすい。

「すごい時代ですね」

直人は思わずつぶやいた。

そのとき、看護師が近づいてきた。

「先生、少し診ていただけますか」

AIロボットが報告する。

「体温、正常」

「血圧、正常」

「脈拍、正常」

「呼吸、正常」

「身体的な異常は確認できません」

利用者の田中さんには、データ上の異常はなかった。

それでも朝から元気がなく、ほとんど話もしないという。

直人はベッドの横に腰を下ろした。

「田中さん、今日は何かありましたか?」

しばらく沈黙が続いた。

やがて田中さんが、小さな声でつぶやいた。

「娘がね……今日来るって言ってたんだよ」

「はい」

「でも、来なかった」

「待ってたんだ……」

隣では千夏が、そっと田中さんの手を握っていた。

「そうだったんですね」

その一言で、田中さんの目から涙がこぼれた。

病室を出ると、直人はAIのデータをもう一度見つめた。

「身体に異常はありません。AIの診断は正しいです」

千夏は尋ねた。

「それなのに、どうして元気がないんでしょう」

直人は静かに答えた。

「心の痛みは、やがて身体にも影響します。」

「食欲が落ちたり、眠れなくなったり、体力が低下したり……。今は病気ではなくても、このまま続けば本当に病気になってしまうことがあります。」

看護師が聞いた。

「先生、どうしたらいいでしょうか」

直人は少し考えて答えた。

「まずは娘さんに連絡を取りましょう。」

「事情があって来られなかったのかもしれません。でも、田中さんがどれだけ待っていたのかは伝えた方がいい。」

「薬を増やす前に、原因を取り除けるかを考える。それも医療です。」

千夏は、その言葉にハッとした。

自分は気持ちに気づき、寄り添うことはできる。

でも、その思いが身体へ与える影響を考え、最善の方法を判断できるのは医師だからこそできることだった。

直人は静かに言った。

「医者の仕事は、病気だけを診ることじゃない。」

「その人が、この先も、その人らしく生きられるよう支えることも、医者の大切な仕事なんだ。」

千夏は笑顔で言った。

「やっぱり直人さんは先生ですね。」

その言葉に、直人は久しぶりに心から笑った。

AIは病気を診断できる。

検査結果も説明できる。

膨大なデータを分析し、最適な治療法を示すこともできる。

けれど、その人の人生を見つめ、その人にとって本当に必要なことを考える。

それは、今も人にしかできない仕事だった。

第6話に続く


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