小説【檻のベッド】(第10話) 『わたしの生きる道』
旦那さんとの通話を終え、
空を見たり、色々思い出したりしていた。
何分かが経ったのか、
不意にスマホが鳴った。
それで我に返る。
画面を見る。父からのメッセージ。
着いたよ。どこにいる?
約束した迎えの時間になっていた。
私は慌てて、中庭から院内に戻り、正面入口から外に出た。
正面入口前のロータリーを徐行してくる車が、私の前に止まった。
「なんだよ、まだ中にいたのか?」
開いた車の窓から、父親が声をかけてきた。
「ごめん」と言って、車に乗り込んだ。
帰り道。
今日の診察結果が問題なかったことを伝えたあと、私は黙っていた。
「どうした? 友達となんかあったか?」
その問いに、え? となる。
すぐに、そういえば帰りが遅れる理由を『友達と話してくる』にしたんだと思い出した。
「いや、なんもないよ。楽しく話してきた」
それでは納得がいかないような、運転する父の背中に言葉を続けた。
「あーそれと、上田先生が異動だって」
「えっ!?」
「もう。あんまり動揺しないでよ」
「いつからだ?」
「今日で終わり」
「そんな……大丈夫なのか?」
「夜、ちゃんと話すよ。お父さんの方が大丈夫じゃなさそう」
「だってお前……」
そのあとは続かなかった。
お父さんなりに混乱しているのか、それから家に着くまで会話らしい会話はなかった。
夜。
母親がパートから帰って来るまで、部屋にいた。
私は静かだった。
自分で自分を不思議に思うくらいに。
エミさんの手紙を読んで泣きじゃくっていた私。
旦那さんと通話していたときの胸の痛み。
何故か、冷静に思い出せる。
ほんの数時間前のことなのに。
そういえば病院を出てから、泣いていない。
玄関のドアの音のあと、母親の声がした。
それを合図に、部屋を出た。
上田先生の異動の話を、改めて両親に伝えた。
静かに、家族会議が始まった。
ちゃんと次の科に、話は伝わっているのよね?
治療方針はどうなるの?
次の外来に、私も一緒に行くわ。
会議というより、ほとんど母親の意思表明だった。
ピリついた雰囲気のまま、議題は『私の進路』に繋がっていた。
「ちゃんと決めているの? 来年になってからでは遅いのよ?」
「この間の入院の2週間遅れと、3年生の2週間遅れはまったく別なのよ?」
時々、父親の相づちと「まあまあ」と母をなだめる声が混じったが、なんの効果もなかった。
この、定期お説教の時間を、私はいつものらりくらりとかわしていたが、今日はなぜか冷静だった。
「進学しないことにするわ」
ためらいなく、そう言っていた。
両親が一瞬、固まった。
「進学しないって……」
母親の語気が強くなったのがわかった。
噴火寸前のところに、父親が割って入る。
「上田先生のことで、気分が落ち込んでるのか?」
「落ち込んでないよ。診られる先生が他にいないわけじゃないし」
父へ返してすぐ、
「進学しないなら、じゃあ何? 就職する気?」
結局、噴火してしまった。
「就職もしないつもり。とりあえず家を出ようと思ってる。ていうか、出る」
私は、機械のように淡々と宣言していた。
それから、家族会議改め家族紛争は夜遅くまで続いた。最終的に、どう言われても退かない私に軍配は上がった。
ただし、条件をつけられた。
実家から車で30分圏内でアパートを借りること。
卒業まで、授業はしっかりと受けること。
フルタイムでなくとも、できる限り自分で働いたお金で生活基盤をつくること。
週に一度は帰ってくるか、必ず連絡すること。
どの条件もあっさりのんだ。
ごねる部分はなかったから。
両親が嫌だから家を出る、という理由ではなかったから。
話がまとまったあと、
「はぁ……そのうち気が変わるでしょ」
と、母親の捨て台詞が入って、会議は終わった。
「ルカが決めた道を、お父さんは応援するよ」
母が席を立ってから、お父さんが私に囁いた。
まるで自分の意思ではないような、誰か別人が決めたかのような進路は、決断は、それから、
自分でも驚くほど、揺れなかった。
翌日。
いつもの朝だった。
普通のまま、普通に通学して、授業を受けた。
──そして。
高校2年生の時間が終わり、3年生となった。
新しい科への通院にも慣れた。
あれから入院はない。
学園祭。
修学旅行。
友達との放課後。
『普通』を楽しんだ。
進路相談。
先生や、友達からのアドバイス。
どれも、私の決断を揺らすことはなかった。
結局、エミさんの家に伺ってお線香をあげに行くことはなかった。エミさんのラインを通じて、旦那さんと連絡をすることも。
両親に、私と同じ病気の彼女の死も、上田先生が最後に言った「移植」の話をすることもなかった。
ただ、忘れてはいない。
それどころか、ずっと心の中にいた。
私の『かつて』であるアリス。
私の『その先』にいるエミさん。
むやみに思い出さなかっただけで。
卒業式の日。
友達や担任の先生と別れを惜しみつつ、言葉を交わした。
一人暮らしをするということは仲の良い何人かには伝えたが、思ったより「遊びに行くよ」「連絡するよ」は少なかった。
多分、気を遣ってくれていたんだと思う。
『病気』で、『ずっと病院に通う』子だから。
卒業後は、両親とアパートの契約に行ったり、
家財道具を揃えたり、
忙しいながらも充実していた。
寝室の窓辺に、ララ君と、上田先生と一緒に撮った写真を置いた。
家事をして、自炊して、
生活ができていることを実際に見せると、
両親も次第に安心してくれるようになった。
初めてのアルバイト。
辞めたあと、次のアルバイト。
成人式。
なんとか普通は続いてくれた。
ただ、揺るがないのは、私の限界。
エミさんは36歳で亡くなった。
同じ病気の人は、36歳で亡くなった。
私もまた、同じ。
その歳で線を引いた。
誰に言われたわけではない。
新しい主治医の先生にも、誰にも。
思えばあの日。
エミさんの死を知った日。
泣きじゃくったあと、私は自覚できないまま、本能で決めていたんだと思う。
未来を見ないようにしようと。
努力して、希望の学校に行って、
資格を取って、就職活動して、
誰かを好きになって、恋人になって、
家族になって。
それから。
それから?
私にそれからって、あるの?
ないなら、いいよね。
点と点が繋がって線になるのなら、
私は点のままでいい。
他の人より早く来るその日まで、
私は、点で生きよう。
そう、言葉で理解できた頃、
私は『普通』を静かに、でも、
完全に諦めた。
#創作大賞2026
#エンタメ原作部門
#ドラマ脚本
#青春ドラマ
