曲がれ!!!!
山道を車で下っていた。
カーブの多い道だった。
そのとき突然、ハンドルが効かなくなった。
右にも、左にも。ロックされていて動かない。
車はまっすぐ進んでいく。
前方には、急なヘアピンカーブ。
その先は崖だ。
「曲がれ!!」
ハンドルを握りしめる。
「曲がれ!! 曲がれ!!」
車は曲がらない。
「曲がれ!! 曲がれ!! 曲がれ!!」
いよいよ、本気で死を意識した。
視界がゆっくりになった。
音が遠ざかる。
これが走馬灯というやつなのだろうか。
昔の記憶が、次々と蘇ってくる。
「曲がれ! 曲がれ! 曲がれ! 曲がれ!」
こんなに「曲がれ」と祈ったことが、これまであっただろうか。
いや。
待てよ。
ある。
……
あれは、小学生の頃だった。
スプーン曲げが流行った。
私は、サングラスをかけた男の華麗なスプーン曲げに、すっかり魅了されていた。
来る日も来る日も、家のスプーンを握った。
「曲がれ」
集中する。
「曲がれ……!」
しかし、私に特別な力はなかった。
腕力もなかった。
一度も成功しなかった。
それでも諦めきれず、その男のビデオまで買った。
何度も見た。
何度も練習した。
曲がらなかった。
一本も。
……
そういえば、あの男は何と言っていただろう。
スプーン曲げのコツ。
たしか――。
丹田に意識を集中する。熱を感じる。
スプーンは固いもの、曲がらないものだという認識を捨てる。
くにゃっと曲がる姿を、強くイメージする。
そして、一気にいく。
そうだ。
そんなことを言っていた。
ふと、思い出したその瞬間。
突然、目の前が真っ白になった。
眩しい。
目を開けていられないほどの光だった。
……
その白い光の中。
助手席に、誰かが座っていた。
サングラスの男だった。
「きみは、きみだけは、ずっと信じてくれていた」
私は言葉を失った。
「来る日も来る日も、スプーンを握っていたね」
覚えている。
曲がらなかった。
一本も。
「でも、きみは諦めなかった」
いや。
途中で普通に諦めた。
ビデオは、たぶん実家のどこかにある。
「きみはついに、ぼくと同じステージまで昇りつめた」
男は続けた。
「最後に、ビデオでは語らなかった重要なコツを教えるよ」
「脚をしっかり踏みしめ、大地からのエネルギーを自分の体に取り込むんだ」
いや、大地と接しているのはタイヤだ。絶縁体だ。
男は静かに微笑んだ。
「君なら大丈夫」
目の前に、ヘアピンカーブが迫る。
「今が、その時だよ」
男は、すっと前を指さした。
私はハンドルを握った。
丹田に意識を集中する。
なにか熱いエネルギーが集まってくるのを感じる。
ハンドルは固いものではない。
曲がらないものでもない。
当たり前の認識を捨てる。
くにゃっと曲がる姿を、強くイメージする。
「曲がれ……」
車はまっすぐ進んでいる。
「曲がる」
私は言い直した。
「これは、曲がるものだ」
崖が迫る。
サングラスの男は、黙って微笑んでいる。
「曲がれええええええええ!」
その瞬間。
車は止まった。
ブレーキが効いたのだ。
私はしばらく、ハンドルに突っ伏したまま動けなかった。
助かった。
恐る恐る、助手席を見る。
サングラスの男は、もういなかった。
……
あの男は、一世を風靡したのち、しばらくしてマジシャンとしてテレビに出ることが増えていった。
あれは本当に超能力だったのか。
それとも、手品だったのか。
今となっては、私には分からない。
実際、人をその気にさせることに関しては、天才だったのかもしれない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
男のアドバイスは、今日も役に立たなかった。
ハンドルは切れなかった。
車も、曲がらなかった。
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