ナイスパンチ軍団
「大学時代に、特に力を入れて取り組んだことを教えてください」
「はい。ナイスパンチ軍団です」
面接官のペンが止まった。
「……ナイス?」
「パンチ軍団です」
「格闘技系のサークルですか?」
「むしろ平和的な団体です」
「“むしろ”が気になりますね」
「挑戦して、空振りした学生を応援していました」
「空振りした学生?」
「はい」
告白して振られた学生。
資格試験に落ちた学生。
半年かけた学園祭の企画に、ほとんど客が来なかった実行委員。
そういう学生のところへ行く。
そして全力で、
「よっしゃあ! ナイスパァァァンチ!」
と応援する。
「……失敗した人を慰める、ということですか?」
「いえ。慰めません」
「違うんですか?」
「空振りは空振りです」
面接官が顔を上げた。
「ただ、ちゃんと打ったことは認めます」
「なるほど」
「成功した人は、放っておいても褒められますから」
「確かに」
「僕らが行くのは、誰も声をかけにくいときです」
「そこで、ナイスパンチ?」
「はい」
私は拳を軽く握った。
「よっしゃあ! ナイスパンチ! 次も打てるな!」
面接官が少し笑った。
「暑苦しいですね」
「よく言われます」
その後は、志望理由や自分の強みについて、普通の質問が続いた。
ナイスパンチ軍団について聞かれた時間より、そちらのほうがずっと長かった。
少し安心した。
面接の終盤。
面接官が資料に目を落とした。
「では、最後に一つ」
「はい」
「君は、当社に入って何をしたいですか」
私は少し考えた。
「その前に、一点だけ伺ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「御社では最近、リモートワークなど働き方が変わる中で、社員同士の声かけが減っていたりしませんでしょうか」
面接官の表情が少し変わった。
「また、世代間の価値観の違いも広がっていませんか。上司も部下に声をかけにくい。失敗を恐れて、挑戦しない若手も増えている」
面接官は腕を組んだ。
「……まあ、課題ではあるね」
「それはもう、個人の努力だけではどうにもならない、組織の特性として手がつけにくい状態になっていないでしょうか」
面接官がペンを置いた。
「君なら、どうする?」
待っていた。
「私に賭けてみませんか」
「……何をするんだね」
「ナイスパンチ課を立ち上げます」
またペンが止まった。
「課?」
「はい」
「正式な?」
「できれば」
「まさか……」
「はい、挑戦して空振りした社員に、ナイスパンチと言って回ります」
「……それだけ?」
「それだけです」
面接官はしばらく黙った。
「例えばだ」
急に真面目な顔になった。
「君の上司が、新しい施策を提案した。周囲を巻き込み、半年かけて進めたが、大失敗だった」
「はい」
「どうする?」
「全力でナイスパンチします」
「上司だぞ?」
「関係ありません」
面接官は小さく頷いた。
「部長なら?」
「ナイスパンチです」
「役員」
「ナイスパンチです」
「……社長でも?」
「もちろんです」
面接官の目が鋭くなった。
「例えば、社長が全社朝礼で渾身のジョークを言ったとする」
「はい」
「社員800人」
「はい」
「誰も笑わなかった」
私は少し考えた。
「かなりいいパンチですね」
面接官も頷いた。
「私もそう思う」
二人の間に、妙な共感が生まれた。
「だが君」
「はい」
「本当に社長に言えるのかね」
「言います」
「800人が黙っている中で?」
「だからこそです」
「なぜ?」
「誰かが笑ったなら、私たちの出番はありません」
面接官は黙った。
「誰も声をかけられない空振りだから、ナイスパンチ課が必要なんです」
「なるほど」
面接官はゆっくり椅子にもたれた。
しばらく沈黙があった。
やがて、履歴書を閉じた。
「今日はありがとう」
「ありがとうございました」
私は立ち上がった。
ドアに向かおうとしたとき、
「君」
呼び止められた。
「はい」
面接官は、少しだけ笑っていた。
「ナイスパンチだったよ!」
胸が熱くなった。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、面接室を出た。
伝わった。
ナイスパンチ軍団の精神が、ちゃんと伝わった。
廊下を歩き、
エレベーターのボタンを押した。
そこで、
ふと足が止まった。
……待てよ。
ナイスパンチって、
空振った相手に言うんじゃなかったか。
書いている途中から、私もナイスパンチ課が何をする部署なのか、よくわからなくなりました。
ただ、失敗した日に廊下の向こうから、
「ナイスパァァァンチ!」
と聞こえてきたら、ちょっとだけ元気が出る気もします。
私も挑戦する仲間そして大コケした仲間を、ナイスパンチと応援できる人間になりたい。
そして企業で偉い役職の皆様。
御社にも一課、いかがでしょうか。
なお、具体的な業務内容はありません。
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こちらの、お話も、ぜひ!
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