介護保険という名の不正義(メモ②)
政府の不作為のおかげで、介護保険制度ほど社会インフラとして必要不可欠であるにもかかわらず、実態として軽視されている制度がほかにあるだろうか。結果として、いまだに介護をタブー視し、忌み嫌い、蔑み、関わらないようにしようという風潮があると感じるのは私だけだろうか。
今までの、成長一辺倒の死生観の影響もあるのかもしれない。しかし、これからの超高齢化社会において、この姿勢はあまりに幼稚ではなかろうか。戦争を知っている世代、戦後の貧しい時代を経験した世代が現役を引退し、あるいはこの世から去り、消費社会を謳歌した世代が、長らく社会のリーダー層だった影響もあるのかもしれない。地縁血縁による相互扶助を、市場や行政といったシステムに移したことも関係があるだろう。「介護の社会化」が裏目に出ている側面があるのだ。
これからの超高齢化社会は、戦後豊かになってから、あまり考えなくても済んだ、国民全体の死生観が問われる時代と言ってもよいだろう。戦時中、多くの国民は死と隣り合わせだった。今度は、多くの人が長く生きるようになり、死が身近なものとなってきた。したがって、国民一人ひとりが老いや死と向き合い、自分事として語り合う姿勢が本当であるはずだ。
当然、皆が自分の人生を生き、幸福を追求する権利がある。公共の福祉に反しない限り、誰も妨げてはならない。しかし、自由の際限なき放逸は、弛緩した自意識、無責任な生、そして社会の退廃をもたらすだろう。やはり、そこには伝統や歴史感覚からくる自己規制があってしかるべきであり、その本源は、動物としての生からくる緊張感、それから、文明によって必要以上に長寿を生きざるを得ない今現在の我々、という客観的な自覚だろう。
いつまでも、介護という超高齢化社会の本質とでもいうべきものから、臭い物に蓋をするようにして目をそらし続けていいのだろうか?税金、保険料さえ納めれば、責任を果たしたと言い切れるのだろうか?そろそろ、瀰漫している幼稚さから卒業しようではないか。
ミクロの世界では、すでに多くの方が、両親、姑、舅などの世話で老いや死に向き合っていることだろう。様々な思いがあるに違いない。しかし、ここを乗り越えることができたとしても、今度は自分たちの番だ。超高齢化社会が続くかぎり、かなりの高確率で、多くの人が「長い老後」を生きざるを得ない。この期間、否が応でも老いや死に向き合い続けないとならないのだから、新たな死生観の準備は早い方がよい。
マクロでは、制度はすでに危機的な状況である。小さな改定はあっても、抜本的な改革は先送りされ続けている。いつまで、介護従事者の自己犠牲的な働きに任せて安住し続けているのだろうか。すでに現場からは、多くの声が寄せられ続けている。しかし、その多くは、先送りされ、かき消され、結果的に再び従事者に対して自己犠牲を強いている。その向こう側で、利用者やその家族の不利益が生じているのに。
道義的に疑問符が付くだけでない。滑稽ではないか。
そこで私は考えた。介護保険制度が崩壊したら、どれだけの社会的・経済的損失を被るのか。このことを、これからの時代の常識にすればいいのではないか、と。すでにご存知の方や、調べられている方も多くおられるのかもしれない。試しにChatGPTにレポートさせたら、次のような回答が返ってきた。
■ 介護保険制度崩壊のインパクトに関するレポート
1. はじめに
2000年に導入された介護保険制度は、高齢化社会の進展に対応するための公的社会保険制度であり、要介護者への介護サービスの提供と、家族介護の軽減に大きく貢献してきました。これが仮に「制度として機能しなくなる(崩壊)」と仮定した場合、以下のような社会的・経済的損失が生じると推定されます。
2. 社会的影響(定性的分析)
2-1. 高齢者の生活崩壊と地域社会の負担
・要介護者(約690万人、2023年現在)が必要な介護サービスを受けられなくなり、高齢者の孤立・死亡リスクが上昇
・地域包括支援システムの崩壊 → 医療機関・救急搬送の過剰利用
・医療費の増加や生活保護受給者の増加を招く可能性
2-2. 家族介護の急増と「介護離職」の増大
・現在も年間約10万人が介護離職しているが、それが倍増〜数倍に拡大する可能性
・女性や中年層を中心に労働市場からの退出が増え、生産性に打撃
3. 経済的影響(定量的分析)
3-1. 介護市場規模と経済損失の推定
●介護関連の市場規模(2023年)
・介護保険事業費:約12.3兆円
・関連産業(福祉用具、建設・リフォーム、給食、ICT等)含めると:約18〜20兆円規模
●制度崩壊による経済損失の推定
仮に介護保険制度が停止・縮小した場合:
・公的支出・雇用・付随サービスが急減し、GDPの約3〜4%(約18〜25兆円)規模の損失が短中期的に発生する可能性
3-2. 労働供給減少の波及
●介護離職による損失
・介護離職者数が年間20〜30万人規模に達した場合、労働所得の減少+人的資本の損失で年間2〜3兆円の経済損失
●女性の労働参加率の低下
・特に40〜60代女性の労働参加率が1〜2ポイント低下すれば、GDPベースで1〜1.5兆円の生産減退
4. 国家財政への圧力
介護保険が担っていた費用負担が国や自治体の生活保護費、医療費として振り替えられ、次のような圧力が想定されます:
・生活保護費の増加(最大1〜2兆円)
・医療費の過剰支出(高齢者の入院代替)で年間数千億〜1兆円
5. 長期的影響と日本経済への波及
・高齢者支援への不信感→社会不安の拡大
・若年世代の介護回避志向(親の介護不安→晩婚・未婚化)
・出生率のさらなる低下→構造的な人口減少加速
・地域経済(特に地方の小規模自治体)で介護産業の崩壊→雇用喪失・人口流出
6. 結論
介護保険制度の崩壊は、日本社会のセーフティネットの崩壊と同義であり、日本のGDPに対して短中期で少なくとも3〜4%(18〜25兆円)、長期的にはそれ以上の損失をもたらす可能性があります。
また、これは単なる福祉政策の後退にとどまらず、
・労働市場
・女性活躍
・地域経済
・少子化問題
・財政問題
といった複合的な領域にドミノ的に波及する国家的リスクであると言えます。
7. 参考資料(主な出典)
・厚生労働省「介護保険事業状況報告」「介護離職者数調査」
・内閣府「高齢社会白書」「労働力調査」
・日本総研・ニッセイ基礎研究所「介護市場に関する試算」
・総務省統計局「国民経済計算(GDP統計)」など
これだけでも十分深刻だが、まだ、甘い。お気づきかもしれないが、このレポートには要支援が含まれていない。そこで、含めた場合をレポートさせた。さらに深刻になる。
■ 要支援を含む介護保険制度崩壊の影響分析(拡張版)
1. 要支援の概要と対象者数
・「要支援」とは、自立の可能性があるが介助が必要な高齢者(要支援1・2)
・利用目的は主に予防的介護サービス(デイサービス・訪問介護など)
・2023年時点の要支援・要介護認定者数:
・要支援1・2 約160万人
・要介護1~5 約690万人
・合計(要支援+要介護)約850万人
2. 要支援者への介護サービス停止による波及
2-1. 「重度化」の促進
要支援者が適切な予防的支援を受けられないと…
・要介護への移行が早まる(悪化)
・結果的に医療費・介護費の総額が増大
→ 社会全体の「健康寿命」が短縮され、健康管理コストが増加
2-2. 地域包括支援体制の崩壊
・地域包括支援センターが機能不全に
・高齢者の孤立や虐待、転倒・骨折などの未然防止が難しくなり、
・予防→早期治療→在宅支援の流れが断たれる
3. 経済的損失の再推計(要支援含む)
3-1. 市場規模への拡大的影響
介護保険サービスのうち、「要支援向け」は全体の約10〜15%(=1.5兆〜2兆円規模)
・要介護に加えて、要支援まで含めた制度崩壊の影響額:
・直接経済損失(サービス喪失) 約20兆〜27兆円(GDP比:3.5〜5%)
・間接的損失(離職・医療費増・自治体財政) 約3〜5兆円
・合計 最大30兆円程度の経済的損失
4. 労働力への影響(再評価)
要支援者の多くは「軽度の支援」で生活を維持しており、以下の悪化を招く可能性があります:
・同居家族による新たな介護負担層の拡大
・介護離職予備軍の増加 → 介護関連理由の労働市場退出が年間15万人超に上昇するリスク
5. 長期的な経済リスクの強化
● 労働供給減・生産性低下
・団塊ジュニア世代(40〜50代)が「親の介護予備軍」となり、働き盛り世代のダメージが加速
● 社会保険制度の信頼失墜
・「自助頼み」「家族介護復活」への逆行により、
・出生率低下・都市部からの転出などを通じ、少子高齢化が悪循環に陥る
6. 結論(拡張)
要支援者を含めた介護保険制度の崩壊は、直接的な介護サービスの経済損失をGDP比4〜5%(約30兆円)規模にまで拡大させ、
・労働供給
・地域包括ケア
・医療費抑制
・女性の就労支援
といった政策連携の基盤そのものを失わせる国家的リスクになります。
この制度は単なる福祉ではなく、「経済・人口・地域を支えるインフラ」であるという前提が、政策判断に必要です。
7. 補足:GDPにおける対比(参考)
・日本のGDP(名目、2023年):約591兆円
・介護保険制度崩壊による損失:約25〜30兆円(=4〜5%)
・これは:
・消費税1%に相当する経済効果:約2.5〜3兆円 → 消費税10〜12%分に匹敵
・自動車産業(GDP寄与):約15兆円 → その2倍規模
これからの介護を考えるきっかけにしたい。
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