では、日本に勝ち目はあるのか ── 国産AIの現在地を、希望と落胆に分けて
前回の記事で書いたが、蛇口を握られている。それは、もう動かない事実だ。
だったら、握られていない蛇口を自分たちの側にどれだけ作れるか。前回の最後に、わたしはそう書いた。国産のAIは、どこまで来ているのか。それを今回、確かめる。
「社長、先に言っておきます。この回、感情の起伏が激しくなります。『おお、やってるじゃないか』と『…それは厳しいな』が、交互に来ます。覚悟してください」
望むところだ。希望も落胆も、両方ちゃんと見る。
まず希望から ── 国は、もう動いている
意外に思われるかもしれないが、日本という国は、AIに対してすでにかなり動いている。「日本は何もしていない」というのは、事実ではない。
順に挙げる。
国は2025年に「AI推進法」という法律を作った。これはヨーロッパ式の厳しい罰則型とは正反対で、罰則も禁止規定も置かない、イノベーションを優先する作りだ。事業者向けのガイドラインも、2026年の3月末に新しい版へ更新されている。ルールの土台は、整いつつある。
開発支援も続いている。経産省には「GENIAC」という、生成AIの開発を計算資源ごと支援するプログラムがある。これは第4期まで続いていて、2026年の6月に新たに16件の基盤モデル開発テーマが採択された。賞金型の支援も、10億円規模で動き始めている。
「社長、ここ大事です。『国産AIを作りたい人に、国がGPUと金を出す』という蛇口は、いま現に開いてるんです。採択も公募も、継続的に動いてる。社長の業界が、その枠に乗る道だってあるわけです」
そして、わたしが一番うなったのが、これだ。デジタル庁が「源内」という政府向けAIの取り組みで、2026年の3月、国産のLLMを7つ選定した。NTT、富士通、ソフトバンク系、NEC、KDDI系、プリファードネットワークス。日本の名だたる顔ぶれだ。これを全省庁の十数万人で大規模に試し、2027年度からは有償の政府調達へ進む計画になっている。
「これ、地味に効くんですよ。国産AIの一番の課題は『性能』より『使ってもらえないこと』なんです。誰も使わなければ、磨かれない。そこに政府という巨大な顧客が『うちが使う』と言った。需要を、国が自分で作りにいってる。賢いやり方です」
なるほど。蛇口を握られた側が、自分の蛇口を持つために、まず「自国の役所が使う」という確実な水路を引く。これは現実的な一手だ。
国産モデルの顔ぶれ ── 思っているより、揃っている
では、肝心の国産AIそのものは、どうなのか。
これも、思っているより揃っている。大きく二つの流派がある。
一つは、海外の優秀なオープンモデルを土台に、日本語に特化させる流派。ELYZA、rinna、サイバーエージェントあたりだ。低コストで実用水準に届きやすい。
もう一つは、ゼロから自前で作る流派。NTTの「tsuzumi 2」、プリファードネットワークスの「PLaMo」、ソフトバンク系の「Sarashina」、NECなど。中でもプリファードネットワークスは、国産のAIチップ「MN-Core」と自社のLLMを垂直統合している。半導体からAIまで自前で、というアメリカや中国の巨人と同じ戦い方を、日本で唯一に近い形で挑んでいる。
「進化的に複数のモデルを自動で混ぜ合わせる、っていう独自路線のSakana AIもいます。評価額は数十億ドル規模まで来てる。日本発で、世界が注目してるAI企業も、ちゃんと存在するんです」
ここまでが、希望の側だ。国は動いている。顔ぶれは揃っている。需要を作る仕組みもある。
「で、社長。ここからが落胆の側です。…顔をしっかり上げておいてください」
ここから落胆 ── 三つの、動かしがたい壁
国産AIには、願望では超えられない壁が三つある。事実として書く。
壁その一 ── 結局、心臓はNVIDIA頼み
これが、一番痛い。
国産AIだ、AI主権だ、と言っているのに、その計算を回すGPUは、ほぼ全量がアメリカのNVIDIA製である。国の旗艦計算基盤も、ソフトバンクも、さくらインターネットも、KDDIも、心臓部はNVIDIAのGPU。そのNVIDIAは、AI半導体市場で9割近いシェアを握り、製造は台湾のTSMCに集中している。
「主権を掲げながら、心臓は一社のアメリカ企業に握られてる。これ、根本的な矛盾なんです。『日本のAIです』と言っても、その下を一枚めくると、アメリカの蛇口がまた出てくる。チップの輸出が止まれば、新しい調達も、増強も、最先端の訓練も、詰まってしまう」
第2回で見た輸出管理の話と、ここで繋がってしまう。AIモデルの蛇口を仮に自前で持てても、その下のチップの蛇口を、またアメリカに握られている。二重底なのだ。
唯一、プリファードネットワークスの国産チップや、半導体製造の国産化を目指すラピダスが、この壁に挑んでいる。ただし量産と歩留まりという、途方もなく高いハードルが残っている。これは10年単位の話だ。
壁その二 ── お金の桁が、そもそも違う
二つ目は、投資の規模だ。ここは、よく出回る数字の「意味」を正確に書く必要がある。
新聞の見出しに「日本のAI投資は、米国の30分の1」というものがある。社長も、目にしたことがあるかもしれない。
「社長、この数字、そのまま受け取ると判断を誤ります。あびぃが裏取りしたので、正確に説明しますね」
この「30分の1」は、実在する新聞の見出しだ。ただし、何と何を比べているかが問題だ。これは「日本の政府のAI投資計画」と「アメリカの、民間を中心とした総投資額」を比べた数字とみられる。リンゴとミカンを比べている。
実際、政府同士で比べると、話はまるで違う。アメリカの連邦政府が出している純粋な研究開発予算は、実はそこまで巨大ではない。日本の政府が組んでいるAI関連の予算と、桁としては大きく変わらない。政府対政府なら、日本は「30分の1」などではない。少なくとも、同じ桁で比べるべき水準にある。
ではなぜアメリカが圧倒的に見えるのか。民間だ。何兆円規模の民間データセンター投資が、アメリカでは次々に動いている。国が出す金ではなく、巨大テック企業が自前で積む金。そこで、桁違いの差がつく。
「だから正確には、『日本政府の計画は、アメリカの民間を含む総投資の30分の1規模』なんです。『日本政府はケチ』という話じゃない。『アメリカの民間マネーが異次元』という話。ここを混同すると、打つべき手を間違えます」
ちなみに日本政府も、2026年度から5年で1兆円規模を国産AIに投じる方針を出している。単年度の予算も閣議決定済みだ。ソフトバンクを中心に、プリファードネットワークス、NEC、ホンダ、ソニーなどが出資する、1兆パラメータ級の巨大モデルを作る新会社の構想もある。ただし、この新会社はまだ構想・準備段階で、出来上がったわけではない。そこは正直に書いておく。
「『1兆円』って数字も、実は何種類もあって混ざってます。5年で1兆円の国産AI支援、単年度のAI・半導体ひっくるめた予算、官民総額3兆円。文脈を区別しないと、自分でも訳が分からなくなりますよ」
壁その三 ── 人が、足りない
三つ目は、人材だ。AIを作り、使いこなす人間が、日本では需要に対して大きく足りていない。数百万人規模で足りない、という分析もある。
「ただ社長、この『人材何百万人不足』っていう数字は、出どころが結構あやふやなんです。定義次第で大きく動く。だから私は、確度は低いと正直に言っておきます。『深刻な不足がある』のは確かですが、『何百万人』という数字を鵜呑みにはしないでください」
ここは、あびぃの言う通り、慎重に扱う。不足は事実、具体的な数字は要注意。そういう温度感だ。
では、日本に現実的な勝ち目はあるのか
三つの壁を見て、暗くなったかもしれない。だが、わたしの結論は「絶望ではない」だ。ただし、勝ち方を選ぶ必要がある。
最先端の、何でもできる汎用AIで、アメリカや中国とゼロから殴り合う。これは、投資の桁も、チップの自立も、人材も足りない今の日本には、短期的には現実的でない。願望ベースで「日本も最強モデルを」と言っても、しんどい。これは正直に認める。
だが、現実的に効く手は、ちゃんとある。
一つ、政府という巨大な顧客が国産AIを使い、需要で育てる。これはもう動いている。
一つ、海外の優秀なオープンモデルを土台に、日本語と日本の業務に特化させる。低コストで実用に届く。
一つ、国産チップや半導体の国産化に、10年単位で投資し続ける。これは時間がかかるが、二重底の片方を崩すための、避けて通れない道だ。
一つ、調達先を多様化して、アメリカ一極依存を避ける。
「社長、ソブリンAI、つまりAI主権の議論で一番大事なフレーム、教えます。それは『依存するか、しないか』じゃないんです。『どの国に、どの程度、どの条件で依存するか』を、自分で設計することなんです。完全自立は無理。だったら、依存のポートフォリオを自分の手で組む。これが現実の戦い方です」
これは、刺さった。
完全に自前で持つことは、国家ですら難しい。だとすれば、勝ち負けの基準は「自立できたか」ではなく、「依存の仕方を、自分で選べているか」になる。一社、一国に全部預けて蛇口を握らせるのか。それとも、複数の蛇口を自分で選んで配分するのか。そこに、主権の実体がある。
そして、これは国の話だけではない
ここまで国の話をしてきたが、わたしがはっと気づいたのは、これがそのまま、自分の事務所の話だということだ。
「依存するか否かでなく、どの程度どの条件で依存するか」。これは国家戦略の言葉だが、一行政書士の事務所運営にも、まるごと当てはまる。
一社のAIに全業務を預けて蛇口を握らせるのか。複数の選択肢を自分で配分するのか。Fable 5が消えた朝にわたしが食らったのは、まさに「一社に全部預けていた」ことの代償だった。
「国の主権と、社長の事務所の事業継続。スケールは天と地ほど違いますけど、構造はまったく同じなんです。だから国の話を他人事で読まないでください。これは社長自身の、来週の業務の話です」
国産AIの現在地を見て、わたしが持ち帰ったのは、悲観でも楽観でもなかった。「完全自立は幻想。だが、依存の設計は自分でできる」という、地に足のついた現実だった。
「次回からは、視点をぐっと個人に寄せます。第4回。…社長が一番聞きたがってた、『個人でFable 5は作れるのか』。ここには、ちゃんと希望があります。久しぶりに、いい顔して書けますよ」
楽しみだ。
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