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Tips for Young Minds Facing Fear and Loss -人生に悩むときの思考の材料-

(人生は決して単純ではなく、またその奥行きも、人それぞれだと思うのです。わたしの人生の中で見聞きして心に強い印象に残した話を、若い人の考える材料として、以下でいくつか紹介してみたいと思います。自由な非真面目人間になれるよう、皆さんの思考を少しでも支えるものになればと、願っています。)


昔の老僧が暴漢に刀で切られて死ぬとき、「ギャー!死にたくない!」と叫んで絶命したと聞いた若い僧は、それでは修行をしても役に立たないではないかと思った。それでも修行を止めずに晩年を迎えると、たとえ自分が死にたくないと叫んでも、それに捉われないようになるのが修行だと悟る話があった。

江戸時代の禅僧白隠は豪放磊落な性格だったが、実は子供の頃から地獄が無性に怖かったらしい。死んで地獄に落ちることからどう逃れるかを考えた末、出家をしたともいう。その修行も真剣であったため、悟りの心境も深まった。そんな白隠は晩年「南無地獄大菩薩」と揮毫することも多かった。

なぜ白隠にとって地獄が「大菩薩」だったのか。その死や地獄への恐怖こそが、白隠が命懸けの真理探究へ飛び出す導き手にもなったからである。そして、不動心としての悟りを得る切っ掛けだったからである。

若い頃の白隠は、禁忌をなして死んで地獄に落ちることが恐ろしく、びくびく生きる「小善人」に過ぎなかった。しかし晩年には心境が進み、「南無地獄大菩薩」と揮毫するほどに、地獄を恐れる不自由な心を打破できたのだった。

知識としての「悟り」を越えて、白隠のように現実に揺らがない強い心を作るには、知った後の心の鍛錬や修行こそが本質であろう。この白隠の話を知って、自分の死への恐怖が軽減した人もいるかもしれない。死を恐れる必要がないことを知った喜びは大きい。しかし、それは出発点に立っただけに過ぎない。そのままでは、実際に自分の死に直面をしたとき、その恐怖には太刀打ちはできないだろう。

知識として知っただけで、「自分は完全自覚者となった」とか「悟りを得た」と思い込んでしまうことは、本物の心の強靭さに紐づかない。実際には、お金や健康や安定が在って成り立つ、夢の中での「悟りのようなもの」に過ぎないだろう。条件付きで成立する悟りは、本来あり得ない。

禅宗でも、「百尺竿頭一歩を進め」と言われる。百尺もある竿の上から一歩踏み出したら落下して死ぬかもしれない。その恐怖に打ち勝ち、命を惜しまず一歩進み、自分の命を本当に活かしていく。「日常禅」という言葉もあるが、知識を知識として留めるのではなく、飽くまで命を体現していく努力をもって、日々自分を深めていかなければ、自分の死に直面する場では後悔に繋がるだけだろう。



禅では水を澄まして釣り上げる。 念仏は水を濁して釣り上げる。

山崎弁栄

仏教学者の紀野一義先生から昔教わった、念仏道の僧侶である山崎弁栄という方が、ずっと印象に残っている。念仏百万遍を地で行く修行で、日常において常に南無阿弥陀仏と唱え続けられる心境になっていたそうだ。弁栄師の父、嘉平は、下総国の農民だった。日頃から念仏に励む妙好人であったが、月に一度念仏の日を設け、死に衣装の白装束に白鉢巻をして仏壇の前に座ると、六万回の念仏を唱えるのが習慣だった。人間の想いの波を越えるには、そのくらいの覚悟と必死も必要なのだろう。

「妙好人」とは、学識はなくとも、深い理性と信心を持った市井の念仏者のこと。たとえば、浅原才市は、鈴木大拙が欧米に紹介した妙好人。無学で極貧の下駄職人だった。一方理知的で内省が尋常なく深い人である。出来損ないで悪人である自分を阿弥陀仏が救って下さる有難さに震え感謝し、ひたすらなる内省の一生を送ったそうだ。

晩年妙好人としての才市の名前が知られるようになり、彼の肖像画を描く話が出た時には、自分はそんな立派なものではないとして、才市自らが業深い鬼の角を自分の頭に描き加えさせた。

水上勉の『才市』(講談社)を読むと、のちに妙好人となる若い才市は、親子関係でとても辛い目にあっており、「言うも言わんもない、親が早う死ぬればよいと思った」と、親を心から憎んでいたそうだ。

凡夫で愛憎の業を背負い、人を呪い、恨み、悲しみならがら生きた、無学文盲の才市を救い出したのは、念仏だったという。才市は無学だったが、理知的で理性的な人間だった。真正面から自分という人間を見つめていた。この一途な姿勢が、彼自身を救い出す。

三十一まで なにがえろうなった こざるのような ちえばかり
こざるのような はからいやめて なむあみだぶつを いうばかり

浅原才市

人に見せるわけでもなく、ただただ口をついて出てくる言葉を鉋屑などに才市は書き連ねていた。これは後世の研究者により「口あい」と呼ばれた。このような口あいは、書くことに追われる現代の文筆家や詩人、哲学者には、決して書けるものではないだろう。

才市は清貧の下駄職人をしながら、念仏三昧。そんな彼はやがて、自分は既に阿弥陀如来に救われている。これから苦しみが消えて救われるというのではなく、昔から救われていた自分だったと、気づいていく。弥陀の本願の太古から、自分はとうに救われていたのだと。救って下さる途中の苦しみや悲しみなので、時間とともにやがて消え去るのは確実だという信念も、口あいの中にはある。

才市は、組織としての宗派と心的な距離をとっている。というより、阿弥陀仏と直に結ばれたと信じていたために必要としなかった。本山から近くの寺に講話で来た僧を知識だけの人とみると、弥陀から離れたその業を心底憐れみ、傲慢の想いからではなく心からの同情で、その僧に念仏の大切さを説いたりもした。

他力には 無義をもって 義とす 

親鸞

仏教の妙好人は素朴純粋な信仰を保つクリスチャンとも通底している。悲しみを悲しみのまま引き摺らず、イエスの十字架は過去の自分の罪を全て赦し、そして今現在の自分の悲しみ苦しみをも瞬間瞬間背負い清めて、昇華させて下さっていると深く信じ、イエスと同じ明るく強い想いで今日を生き抜く人々。


道元禅師は、鎌倉幕府から道元のためにと二千石の寄進状をもらってきた弟子の玄明を、破門追放したのみならず、玄明が坐禅修行をしていた床の下を他の弟子に七尺も掘り下げさせ、その土を投げ捨てさせたという。

弟子僧玄明の破門。道元は玄明の権力へ阿る執着を見抜き、大喝とともにその場で破門したのだ。玄明が使った僧堂の床と、その下の土までもを捨てさせる峻厳さで、人々を導いた。

道元が残した例え話で好きなのは、徳を積み続ける不幸な人と、悪行の限りを尽くす金持ちの話。前者は貧乏不幸のどん底を這いずり回りながらも、仏法に触れてからは、善行に専念。でも良い事1つもないまま、ついに命尽きる時がくる。自分がこれから行く冥界が見えるが、そこもまた地獄。でも彼はそれを見て歓喜する。

人生を振り返れば、ここまで悪い人生は前世で大悪人だった証左だろうから、これまでの苦労でも足らずに死後も地獄というのは、理に適ってる。でも今生では少しばかりの徳行をさせて頂いたので、悪行がそうであったように、その徳行は必ず来世に戻って自分を救ってくれるだろうと、彼は歓喜したという。

対照的に悪行を尽くした金持ちも、道元の例え話に出て来る。金持ちの家に生まれ落ちたその男は悪人となり、来世なんてあるものか、善行なんか糞くらえと、人々を散々苦しめる。そんな彼もいよいよ臨終の時を迎えるが、見える冥界は極楽だった。そこで彼は哄笑し、ほら見ろと仏をあざ笑う。

ところがその刹那にパッと地獄の釜が開いて、極楽どころかその男は地獄へと真っ逆さまに落ちていく。彼が前世で積んだ徳が、ちょうどそこで尽きたところというのが、道元の例え話。 この地獄に転落した金持ち男の来世こそが、先に出てきた不幸な善人という設定を道元は考えていたのではないかと私は想像している。善行をしつつも、前世の悪行が作った地獄に、再び落ちる腹を決めたその男は、今度は唐突に前世の悪因縁に終わりがきて、地獄から極楽へと戻るのだろう。しかし、それも輪廻の渦の中の一駒。

大きな目でみれば、輪廻転生の沢山の「生」全体を、キリスト教的な試練とも見れるかもしれない。その中の「地獄」も、なんのその。操り人形だった人生の後の、貧民の人生。そして海賊、詩人となって生きた人生、王だった人生も、全て今世と来世への肥やし。


小人(しょうにん)と云ふは、いささか人のあらき言ばに即ち腹立ちして、恥辱を思ふなり。大人(だいにん)はしかあらず。たとひ打ちたりとも、報を思はず。

道元

これからの激動を生き抜く若者は、自分の守りばかり考える、けち臭い心の小さな人間になってはいけない。一人一人が自分の心をどこまでも悠々、堂々、広々と成長させて欲しいもの。そういう人々こそが、新しい本物の良い時代を拓いてくれるはず。自分はそう信じている。

大国は下流なり。天下の交、天下の牝なり。牝は常に静を以って牡に勝つ。静を以って下ることを為せばなり。故に大国以って小国に下れば、則ち小国を取り、小国以って大国に下れば、則ち大国を取る。故に或いは下りて以って取り、或いは下りて而して取る。

老子

老子曰く、大国は下流に在り。大国には面子を気にせず、へりくだることも厭わない器の大きさがあり、その結果小国はその器に自ら入りたくなる。あらゆるものが流れ寄ってくる大河の下流にあるのが本物の大国という意味。

例え国土が小さく、資源がなくても、器の大きな大人で溢れていれば、そこは「大国」になれる。幼い感情に振り回されながら、「窮鼠、猫を噛む」の例えに出てくる鼠程度の反応しかできない小国になるのか。または、その猫を飼いならす主人のような、大国的振る舞いができる国となるのか。それはその国の全ての人々の、一人一人の腹の括り方次第。一人一人の想いの集積こそが、今後の世界を作る。

今の激動の時代には、若い人は小市民的な詰まらない人間には成らず、精神的な個の自立をしっかりと確立した、大きな器をもつ、自由な非真面目人間に成長することが、国際人としても大事。皆さんが世界と物怖じせずに渡り合える大人(だいにん)へと成長できるようにと、いつも願っている。

確立した個とは、精神が成熟し、自己憐憫も起こさない。ふわふわした「人の目」を気にしない。誰が自分を誉めようと否定しようと、自分であることが揺るがない不動心を持つことが、個の自立。



聖を絶ち智を棄つれば、民の利は百倍す。仁を絶ち義を棄つれば、民は孝慈に復す。巧を絶ち利を棄つれば、盗賊有ることなし。この三者、もって文足らずと為す。故に属ぐ所あらしめん。素を見し樸を抱き、私を少なくして欲を寡くす。

老子

この老子の言葉は単純ではない。「聖、智、仁、義などの、世間で言われる徳に当たるものを放棄して、わがまま勝手に生きよ」という意味ではない。そうではなく、人々が頭で考える「聖」「智」「仁」「義」は、そうあろうとする人間のその作為のせいで、真正の聖、智、仁、義では無くなっていると言っている。人為的な「聖」「智」「仁」「義」を捨て去り、自然の道に沿って、拘りなく生きていけば、全ての人々は幸せになると、老子は言っているのである。

『捨ててこそ。』という生き方は、古来多くの聖人たちによって繰り返し示されてきたこと。たとえば、キリスト教で言うところの『サレンダー』(Surrender、神への全面降伏)の心境と、仏教などが言う『捨ててこそ』の心境は、通底している。

富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい

新約聖書

「もしあなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすればあなたは天に宝を積むことになります。そのうえでわたしについて来なさい。」ところが青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。この人は多くの財産を持っていたからである

新約聖書

この聖書の一節は、自分の富を全部捨てよという意味ではないと、或る牧師の方から聞いたことがある。その人の解釈ではあるが、私もそうであろうと思う。富に執着する心だけでなく、富を捨てて、自分だけ地獄に落ちることを避け、天国に這い上がり、偉大な天恵を得ようという心までも捨てろということが、その意図なのであろう。

戦争の荒波を超えてきた豪胆なご老人にお会いしたことがある。彼は非常に熱心なキリスト教徒であり、また同時に事業の才をお持ちだった。戦後手広く商いをされて、お会いしたときには大きな富を有していた。

戦後の焼け野原にまず復興の心の拠り所としての小さな教会を建てようとし、今で言うところの土地転がしのような手法(ただし誰も傷つけない)でお金と土地を得て、その全てを教会建設に使った。ところがそれを知った別な牧師は、とても苦い顔をして、彼を窘めた。

でもこの話を聞いた私は、その豪胆なご老人をイエス様はお赦しになったろうなと、私は感じたのであった。この私見に怒る方もきっといらっしゃるかと思う。しかし、彼はとても愛深く、そして欺瞞なく実践的な愛業をスッとする方だったのだ。金自体には、大変身綺麗だった。

「神と富とに兼ね仕えることはできず」は真実だろうと思う。しかしそのご老人自身は神一本で生き、決して富に仕えたことはない。社会の違法は決して許されない。しかし、一方で何が一番大事なのかという視点をもった「非真面目さ」は、今後の時代に若い人にとって、とても大事だろうと考えている。

当時ご老人が取った手法は、誰も傷つかないだけでなく、合法だった。でも牧師の方は気にいらなかった。それでも、その教会には戦争で傷ついた多くの人が集まり、日々祈りを捧げる場となっていった。何が正しく、何が正しくないのか?それは誰が決めるのか?若い人には深く考えて欲しいテーマである。


神仏の名を呼べば、その存在が必ず現れるという確信を伴った信仰心は、日本の仏教や神道に共通して見られる特徴。 江戸期の或る神道家のエピソードも、それをよく示している。 彼は旅先の宿で、同宿した人から自分の神社に祀る神の名を何度も問われた。最初は無言を貫いた。しかし、相手がしつこく聞き続けたため、彼は旅荷を解き、神前に詣でるときの正式な衣装に着替え、正座をして、改めて神の名を答えた。 これは、神の名を口にすれば、その神が必ずそこに現れるという深い信仰が彼の中にあったから。 このような純粋な信仰心は、神道に限らず、様々な宗教における素朴で純粋な信仰とも通じるものがあると、私は思う。

近年の複雑な世界情勢の中で、国粋主義的な国家神道の復活を望む声も聞かれる。しかし、本来の神道に根ざした信仰は、それとは異なり、寛容さを重んじたものではないかと、私は考える。そしてこの寛容で深い神道の信仰こそが、神道の若い世代の中から再び広がっていく可能性に期待をしている。

神社のご神体として「鏡」が用いられていることには、深い意味があると思う。八百万の神々の中には私たち自身も含まれており、その姿を映し出すのが御神鏡。万物に対する畏敬の念こそが神道の根幹であり、そこには自分自身への畏敬もある。 このような考え方は、古代から神道で大切に受け継がれてきたもの。 古代の神道では、すべてが神であるがゆえに、自分自身にも自然と畏敬の念を持ち、穢さないように大切に扱っていたのだろう。この姿勢が、自分と他者の間に一体感を生み出し、互いを尊重し合う心を育んでいたのかもしれない。

また、神道には教義がないため、特定の教えで人を縛ったり裁いたりする必要がなかった。本来の神道は素朴で寛容、そして悠久の広がりを持つ大らかな信仰。それは狭い民族的イデオロギーに閉じ込められるようなものではない。

神道は天地悠久の大道です。それは、果てしなく続く大きな道です。それなのに、外国人を排除するようなことを言えば、その広がりが失われてしまいます。

ウィルチコ・フローリアン

この記事の外国人神主の方が語った言葉には、神道の本質が、よく表れていると思う。これからの激動の時代において、神道を深く学びたいと願う若者たちも、他の宗教の方たちや無神論の方たちと同じように、自分の思想や考えを大切にしながら、それをアップデートをしつつ、新しい令和の時代にふさわしい、懐の深い信仰を築いていかれることに、期待をしている。


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