シュレディンガーの猫と量子重力
「シュレディンガーの猫」という有名な思考実験が量子力学にはあります。最初はミクロな不安定原子がエネルギーの励起状態と最低エネルギー状態の量子的な重ね合わせになっているのですが、その重ね合わせが時間とともにマクロ化して、最終的に図1のように、猫が生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせ状態ができてしまうという話です。

このような量子的な重ね合わせは、粒子間の相互作用が繰り返されるうちに、猫の生死の状態のように、勝手に大規模化していく特徴があるわけです。このマクロ化の連鎖を続けて、宇宙空間まで量子的な重ね合わせになる思考実験も可能です。たとえば、爆発直前の非常に不安定な星があるとします。その星の中の1つの不安定原子が崩壊するだけで、その小さな変化がバタフライ効果によって星に最後の一押しを与えて、大爆発する設定を考えてみましょう。つまり「猫」の代わりに「星」を考えるということです。

すると、オリジナルのシュレディンガーの猫の思考実験のように、壊れていない星と爆発した星の量子的な重ね合わせ状態ができるはずです。

この星の変化は周囲の時空にも影響を与えるため、異なる形の時空の量子的な重ね合わせも自然に作られます。この思考実験は、古典的な一般相対論を越えて、量子効果を加味した「量子重力理論」を考える必要性を教えています。また通常の量子力学を越えたアイデアも求めます。それは「時空の量子測定」の問題です。
普通の物体の量子力学では背景の時空は1つに決まっており、その時空の中で時間一定面を考えることが可能です。その時間一定面の世界の中で、スピンが上向き状態だったり、下向き状態だったりと、同時刻に可能な全ての背反的な事象の集合を考えて、それぞれに確率が付与されます。この確率を波動関数を用いて計算するのが、通常の量子力学です。
ところが量子重力理論になると、この時間一定面が存在しません。時間は、量子的に重なった異なる形の時空のそれぞれの中にバラバラに流れています。その時空の外には時刻一定を考えられる客観的な時間というものが存在しません。たとえば星が壊れていない図4の時空と、星が爆発した図5の時空では、赤線で描かれた時間一定面がそれぞれにありますが、その2つの面は重ならず、明らかに異なります。それを1つの時間一定面とみなすことはできません。


すると、量子的に重なっているどの時空を選んで、その時間一定面で背反な事象とその確率を定義すればよいのかが、自明ではなくなるのです。これは量子重力理論構築には、もうワンステップのアイデアが必要であることを意味しています。
このような問題を回避するアイデアの1つとして、時空に観測者を導入する方法があります。観測者には固有時間が流れていますし、その観測者が使う測定機には、その固有時間で決められる特定の時刻も存在します。ですからその固有時間を使って観測者に対しての背反的な事象を定義することが可能であり、波動関数の確率解釈も通常通りに可能となります。量子時空全体でむりやり抽象的な時間一定面を考えるのではなく、固有時間を持った多数の観測者を時空に配置して、彼らが得る時空の観測データを集積することで、後から量子的な時空の重ね合わせを検証する可能性があるのです。近年は、このような観測者の重要性が量子重力理論構築では重要視されるようになりました。
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