量子重力経路積分には時間は残らない。
時間を遡ると、この宇宙は1つの時空特異点から生まれていたという解が、一般相対論のアインシュタイン方程式にはあります。これがいわゆる「ビッグバン解」です。ホーキング博士と彼の共同研究者であるハートルさんは、そのビッグバン宇宙も、実は量子的な無の揺らぎから生まれたという理論を提唱していました。古典的なアインシュタイン方程式の解に現れた時空の特異点は実は存在せず、宇宙の始まりは虚時間で書かれる経路積分法で記述され、図1の右側のように時空特異点自体が存在していないというシナリオです。この仮説は、「無からの宇宙創成」とも呼ばれます。

彼らの量子宇宙の定式化は、いわゆる量子重力理論の1つに当たります。そして、量子重力理論で記述される宇宙には「時間は存在しない」ともよく言われます。これについては下記記事をご覧ください。
今回は、量子力学の経路積分法の見方から、具体的に「時間は存在しない」の意味をみておきましょう。
まず古典的な一般相対論では、図2のように、1つの決まった重力場で宇宙の時空は記述されます。この重力場は4次元計量テンソルgで与えられますが、現在我々が見ている宇宙の空間的自由度は、そのgの3次元部分の計量テンソルhで指定されます。

この古典的な理論では宇宙の時間の流れは1つに決まっており、時間は存在しています。ところがホーキング博士たちは、図3のように、様々な形の時空の量子的な重ね合わせで、この宇宙の歴史を記述すべきだと主張をしたのです。すると、異なる形の各時空ごとで、時間の流れ方が全く違ってしまいます。「時間」という概念は、1つの時空を指定して、はじめて曖昧さなく定義できるものなのです。

この量子的な時空の重ね合わせの結果として、宇宙の波動関数から時間が消えることが、経路積分法でも理解できます。それを見るために、まず普通の点粒子の量子力学における経路積分法を復習しておきましょう。時刻t=0からt=Tまでの時間領域での、質量mの自由粒子の作用は(1)式で与えられます。

ここで最終時刻t=Tでの粒子の位置xを指定しておき、また時刻t=0は適当な初期波動関数で指定をされているとします。簡単な例として、時刻t=0にx(0)という位置に粒子がいた場合の自由粒子の古典軌道を図4に描きました。

量子力学の経路積分法では、図4の古典軌道に以外に、図5のような同じ境界条件を満たす勝手な軌道を全て考えます。

そして、時刻t=Tでの粒子の波動関数は、以下の(2)式の経路積分で評価されるのです。

この積分(∫Dx)は、境界条件を満たすあらゆる軌道x(t)についてexp(iS[x(t)])を計算して足し合わせることを意味しています。こうして得られる波動関数ψ(T,x)は、きちんと(3)式のシュレディンガー方程式を満たします。

ここまでが、普通の粒子での経路積分法の復習です。次に量子宇宙の経路積分を考えます。我々の時空の空間部分は3次元ですが、この空間次元を0にした簡単なモデルを考えると、上で述べた粒子の経路積分が役に立ちます。空間的な広がりがないのが点粒子なので、上の点粒子を時間だけを持った1+0次元時空とみなすのです。
この1+0次元時空ですが、その経路積分は本物の粒子の場合とは異なります。時間は、この宇宙の外には存在しません。観測者が見る「現在」の宇宙を記述する波動関数Ψ(x)は、宇宙の始まりから現在までの様々な時間間隔の寄与の量子的な寄与の足し合わせとなります。そのため、(3)式の両辺を時間Tで積分をして、(4)式にします。

この(4)式の左辺は積分されて、積分領域の境界値になりますが、ハートルさんとホーキング博士の理論では、この値は零であるとします。そこで、

と置くことで、つぎの方程式が得られます。

この(6)式で注目すべき点は、波動関数の引数の時間が入っていないことと、その結果として方程式に時間微分も現れないことです。これが「量子重力では時間は存在しない」と言われる理由です。今は簡単のために1+0次元時空で量子重力の経路積分法を考えましたが、実際の1+3次元時空できちんと定式化をすると、(6)式は有名な(7)式のウィーラー=ドウィット方程式に拡張をされます。

宇宙のハートル=ホーキング波動関数は、この(7)式と運動量に関する拘束条件を満たし、そして時空特異点がないという無境界条件(no-boundary boundary condition)を課したものとして定義をされます。
「時間は存在しない」とは、量子時空全体としての外部時間は存在しないという意味ですが、もちろん各宇宙の中の観測者の固有時間は存在します。この観測者の時間概念を使って、量子宇宙の時間概念を再構成する試みも、現在多数議論されています。宇宙は観測者が見るものとして定式化されるのが、結局は自然とも言えます。この観測者重視の立場は、量子重力理論の前世紀の捉え方を大きく変えていく可能性があるのです。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます。