行政が本気でマッチングアプリ作ってみた|第5話 神様の飼い方
原点こそ至高。
昔は、散々に「お試し」なんて都合のいい言い訳をして、選んでいる風を装いながら、実は誰とでも寝るような女がトレンドだったらしい。
けれど今では、バージンのまま青田買いをされるように、さっさと結婚する人が大半を占めている。
アマが社会に定着してから、もう四十数年。
その間、システムは絶え間なくアップデートを繰り返してきた。夫である航が初夜に見せてくれた「擬古文風」の通知なんていう遊び心も、その狂気的な最適化の一環だったのだろう。ちなみに私は、あの夜以来、ずっと「女子高生風」の通知を愛用している。
もはや、三十年以上も前にアマのマッチング傾向はほぼ完全に証明されていた。
学術的な統計データというべきか、あるいはスタンド・アローン・コンプレックスのような集団心理の帰結というべきか。
導き出された結論はシンプルだ。
――男女それぞれに「ノイズ」や「過去の恋人のゴースト」が混じる前の、純白な状態で行われる「最初のマッチング」こそが、人生における最高の伴侶を連れてくる。
その相手とじっくり交際し数年で結婚するパターンが多い。
私は19歳で結婚に踏み切った。確かに早い方だけど、全然めずらしくない。
遅い人でも24歳頃にはほとんどみんな結婚してしまう。
男の人も25歳を超えると、どんどん結婚していき、27歳ではほとんど独身が残らない。
いまの教育は授業は個別の学習がほとんど。全員、タブレットを持っていて、自分のペースで勉強する。大学はほとんどなくなってしまった。
学校は純粋に「社会生活訓練」の場と化した。
人口が増えた今、また大学で一儲けしようとする人たちが居るけど、過熱した教育費が家計を圧迫して、少子化に拍車をかけた歴史的経験から、開校までのハードルがとても高いし、それを越えても、具体的な研究成果を出さないと容赦なく補助を切られていくし、……そもそも学生が集まらない。
祖父母の話だと、かつての大学は「少子化が進んで、学生にくらべて明らかに大学が多すぎるのに、入学料や授業料を下げるどころか逆に上げた。客単価を上げて経営を維持するためだろう。おまけに滑り止めで受けた大学も、金だけは先に搾り取るようになった。学生が入学しなくても、掛け捨て保険のように大金を手っ取り早く稼ぐためだ」なんて言ってた。
祖父母はそういった大学というものに、ひどい嫌悪感を持ってた。
あーそうだった。
公認会計士、税理士とか司法書士とかいろんな「資格」ってあるじゃない?
あれ、ほとんど有名無実になった。
お察しのとおり、頭脳労働メインの資格はほとんどAIに代わっちゃった。
看板のお飾りで本物の資格持ちが居ればよくて、あとはほとんどAIが自動でやってしまう。
例えば、離婚裁判。
昔は相手が有責と証明するために、裏切られた方がメンタルと財布をボロボロにされながら、証拠を集めてた。
でも、今はアマが物的証拠をすべて与えてくれる。
アマが不倫を検知しちゃったら、あとはもう一瞬で勝負がつく。
弁護士の出番なんてない。素行調査なんて絶滅危惧種(笑)。
NTR関係者のアマの間で、ちょっとした情報のやり取りがあるだけ。
有責側のアマが「本件は完全な負け確です。相手の慈悲にすがるのみ」「この示談の内容で折れましょう」なんて、サジを投げたようなサジェストをすると聞いた。
NTR有責がアマに「降参します」と伝え、アマが「代行して役所関係の処理を進めてよいか」と聞いてくるので、「任せる」と言えば秒で終る。
その刹那、有責くんや有責ちゃんの人生は爆発四散する(笑)。
……人生オワタって古文書にあったとおり(笑)。
話がそれちゃった(笑)。
おおよその傾向として、女子は高校卒業と同時。男子は大学卒業、あるいは高卒の就職と同時。そこに人生最初の「ファースト・コンタクト」が降ってくる。
その時点において、ほとんど全員が処女であり、童貞だ。
アマがサジェストする前に軽率に純潔を捨てると、その後の人生にろくなことが起きないと、誰もが身に染みて理解しているから。
それがアマというシステムの倫理(アルゴリズム)なのだろう。
「軽はずみで頭が足りない」
「毅然と物も言えない」
「本音と建前を使い分ける不誠実な個体」
――あるいは、あの悪名高き「密告機能」の網に引っかかった裏切り者。
システムにそう評価された瞬間、容赦なくアカウントのステータスを下げられる。
私は「密告」をもとにして、ログを集めて、「クロ」と判定するって流れだと思う。
あるいはシンプルに「女子高生のスマホが、男のスマホに密着したまま二時間経過した」ということが、既にライブでバレてて、インストールと同時に爆発って感じかな?
男子の場合もほとんど同じ。
産婦人科が出てこないだけ(笑)。
あと、未成年者と性交した大人たちの行く末はお察し(笑)。
当然、空中分解(笑)。
性別問わず、「重度の悪質な性犯罪者」として一生飼い殺し。
ウワサじゃ肉体労働とか臓器売買市場送り。
どこまで本当か分かりゃしない(笑)。
本来、アマをスマートフォンにインストールできるのは、成人年齢に達してからだ。
それなのに、解禁を待ちきれずにロストバージンを迎えたような、お盛んで浅はかな子たちは、スタートラインに立った時点でアマの画面が「黄色」か、あるいは「真っ黒」に染まっている。
「電源OFFでデートしたのに、スマホもマイナカードも家に置いて、デートしたのに、バレた」と泣いてた女子が居た。
頭、悪すぎ!
どうして自分はうまくシステムをだませるとか思えるの?
意味分かんない。
アマの追跡から姿を消すことが、そもそもシステムから疑われるの。
一定時間、デバイスが監視網から消えたら、「安否確認モード」になって街中の監視カメラや顔認証デバイスに秒でガサ入れってなる。
そうなったら逃げられないの。
さっきの泣いてた女子、ホテルの場所どころか滞在した部屋番号まで、一瞬でバレて親に踏み込まれてた。
要するにシステムから、「未成年者を性暴力・性搾取から守ろうとしているのに、それを内部から切り崩す異分子」とか、「成年になったら解禁すると言っているのに、自制できず、性欲に負けて勝手なことをやる」とか、「自分で勝手に破った違反者であるのにも関わらず、周囲にマウントをとり、異性を値踏みして不快感を煽る害悪」などと判定されているのだろう。
家に窃盗が押し入り物を盗まれた人が、「私の物には盗まれる価値がある」と言って自慢するかな?
あるいは、誰かの家から物を盗んできて、「私は人の物を盗むから優れている」って自慢になるの?
因果応報、自業自得。
だから彼女たちには、最初からドコかおかしいトガった男しかマッチングされない仕組みになっている。
そういう人が、「ファースト・コンタクト」を蹴る連中。
お盛んに「経験」を積んじゃって、今カレ・元カレを基準にして他人を値踏みするから、相手からも嫌われる。
相手は「ヤる」まで耐えて、「ヤった」ら「ヤリ捨て」にする。
……そう、まるで大昔の自由恋愛の修羅の道に突入しちゃうの(笑)。
処女や童貞のままで、異性にこれといったこだわりがない人は、みんなマッチングされた相手と真面目に交際する。
成年同士だから、セックスしても問題なし。
踏み切るか否かは、個人の戦略次第ってところかな?
ちなみに、私にはこだわりなかったけど、夫が無理押ししないタイプだから、入籍まではしなかった。
悩んだらアマの助けを借りたり、サジェストに異議を唱えてAIとバトルしてねじ伏せたり……。
やっぱり二人で共同生活で体験する「夜泣き対応実地研修」が大きいって思う。
真面目に交際している、通常の感覚の男性なら、ほとんどの人は起きる。
女子より遅いけど。ちっとも起きなければ、ダメ夫確定。残念ながらお別れとなる。
ダメ夫判定はされたくないから、男性陣はみんな必死(笑)。
また、話がそれちゃった(笑)。
……それで、役所は絶対にそんなことは言わないけれど、それはもはや公然の秘密。
だけど、そこまで周知の事実になっているのに、処女や童貞のくせに、最初のマッチングを蹴る人間がたまに居るんだよ。
「ロストバージン」の連中が蹴るのはかろうじて分かるんだけど、ソイツらが蹴るのがマジ意味不明。
「こんな男より、もっとイイ男が居るはず」
……なんて、本当に滑稽(笑)。うぬぼれすぎだよ(笑)。
確かに、選択の自由という意味では正論かもしれない。だけど、その御大層な正論を振りかざす前に、まずは眼の前の相手にきちんとコミットしてみたらどうなのだろう。ほんの少し、歩み寄ってみればいいのに。
私はベッドの中で、航の胸に頭を預けながら、かつて耳にした「お話」を思い出していた。
……それは「本当の夫婦になった夜」のことだった。
暗闇の中で、夫と交わした寝物語。
あれは、システムのバグとも言える、巻き込まれ事故の「漆黒」の話。
野生の勘で「忠犬」を引き当てた人の話
「ねえ、アマが『黒』に分類した人たちの中にね、ただ不器用なだけで、システムから不当な判定を下された人たちがいるって知ってる?」
「ああ、聞いたことがあるな。アルゴリズムも完璧じゃないから」
私の問いかけに、航が眠たげに、けれど優しく応じる。
「……所詮、アマなんて『耳年増なバージンババア』なのよ。行動ログの統計分析なんて、その程度のもの。……その男性とマッチングされた奥さんも、初めは『うわ、大地雷を引いちゃったわ』って絶望したらしいわ。でもね、少し我慢して対話を重ねてみたら、彼はトラウマによる重度の女性不信だったの。過去に、相当ひどい振られ方をしたらしいわ」
「……それは、気の毒すぎるな」
「それでね、その奥さん――小鳥遊 凪(たかなし なぎ)さんっていう『オレンジ』評価の凄く穏やかな女性なんだけどね。彼女、まずは彼をとにかく安心させることに徹したんだって。そうしたらその男性、本当は従順な大型犬みたいな性格だったのよ。『犬飼(いぬかい)』だよ!マジ受ける。結婚して凪さんの名字に変えて、小鳥遊 太陽(たかなし たいよう)って名前になったの。安心と信頼で彼を包んだら、マメで誠実な、温かい旦那様になったそうよ。アマの『まだ早すぎます。よく話し合ってください』っていう警告サジェストを無視して、共同生活体験(シミュレーション)に踏み切ったら、見事な大当たりだったってわけ」
私は航の胸を小さく小突いた。
「覚えている? アマの夜泣き体験。二人が同時に専用の人形をあやさないと、絶対に泣き止まないっていう、あの悪意に満ちたクソ仕様」
「ああ……あれは地獄だったね」
「その太陽さんね、凪さんが起きてくるまで、文句一つ言わずにずっと一人で人形をあやしていたんだって! 凪さんがようやく目を覚ましても、嫌味なんてこれっぽっちも感じさせない顔で、『おう! 待ってたよ』って、くしゃくしゃの笑顔で笑ったのよ。その上ね、『次はどっちが早く起きられるか競争しよう! 負けた方がその日のトイレ掃除な!』って言ったんだって」
航の身体が、布団の中でわずかに強張るのが伝わる。
「……そんなこと、あなただったら絶対に無理だったわ。私の時の夜泣き体験、爆睡してるあなたを私がどれだけ叩き起こしたと思ってるの?」
「……面目ない。本当に面目ない。ただただ、ごめんなさい」
航は困ったように笑いながら、私の肩を抱き寄せた。
「……でも私、最初から決めていたの。アマが持ってきた最初のマッチングこそが、私の人生の最良だろうって。……中途半端に遊んで、自分の履歴(ログ)を汚さなくて本当によかったわ」
「……そうだね。俺にはこれといったこだわりもなかったし、断る理由もなかったから、そのまま流れで結婚しちゃったけれど。……でも、これっぽっちも後悔していないよ、千瀬」
「ふふ、合格。……アマのサジェストをどう活かして、どんな未来を選ぶかは、結局のところ私たち次第。さっきの凪さんたちの話でも分かる通り、アマのカラーコードなんて、当てになるときとならないときがあるのよ。あんなの、ただの便利な浮気防止器。ただのツール。神様でも何でもないわ」
私は闇の中で、航の唇に自分のそれを重ねた。システムに調教されているのではない。私たちが、システムを飼い慣らしているのだ。
__夫が不思議そうに呟いた。
「……それにしても、いくら太陽さんが本当は誠実な人だったとしても、アマはどうして『黒』(=サイコパスみたいなもの)の男性を、『オレンジ』(=優しくて穏やかで包容力のある人)の小鳥遊さんにマッチングしたのかな?」
「……そこよね。噂ではね、アマの『密告機能』を悪用して、太陽さんの元カノが腹いせに嘘の不貞ログを大量に流したせいで、彼のステータスが一時的に『黒』まで叩き落とされたらしいの。……元カノ、病的に嫉妬深かったから。誠実で誰からも好かれる太陽さんを盗られたくなくて、メンタルがバグったのかも。めちゃくちゃな話だわ。……システムはそれに騙されちゃったのよ。バカよね」
「そうかな……。どうだろう?アマはスマホの位置をGPSでいつだって拾っているよ。元カノのお粗末なウソなんか秒でバレるよ。旦那さんと元カノ以外の女の人が長時間、密室で過ごしたってログ、アマなら一瞬で弾き出しそうなもんだよ」
「……確かに!太陽さんの元カノ、ウソがすぐばれて『黒中の黒』になっちゃった!……だったらどうして、太陽さん、『黒』にされたままだったんだろうね?……『ブルー』に戻すまでのタイムラグ?」
「……タイムラグじゃなくて、『ブルー』に戻すための実験だったかな?」
「え?」
「アマってさ、『お前が一番のサイコパスじゃ!』って仕様だよね」
「超受ける!……でも、それ、大正解かも知れない!……役所のサーバーをハックしないと分からないけど」
「とにもかくにも、旦那さんも奥さんも幸せになって、本当によかった」
「……本当、そうだよ。太陽さん、本当に誠実さが全身から出てるような人なの!……凪さんも『この人が黒とか、アマが間違ってるんじゃない?……この人が地雷なんて、とても信じられない』って。で、交際をすっ飛ばして、シミュレーションに入ったんだと思う。『彼は実生活の中でこそ本性を表すはず!』って野生の勘が大当たり!」
「元カノも少し我慢すれば、超優良な夫をゲットできたのに……(そこが実験だったんだ。『黒』の男を前に『オレンジ』の女がどう対応するか、『黒』判定は正しかったのか否か、旦那さんのデバッグ検証に、小鳥遊さんが選ばれたんだろう)」
「……ダメだよ。凪さんの方が絶対にいいって。凪さんも『元カノのおかげで最高の夫を一発でゲットしちゃった!』ってノロケてるし!」
……AMAの「夜泣き体験」は、女性に非常に好評である。
容赦なくダメ夫をあぶり出す秀逸な仕掛けだ。行政にしては知恵が回ることをする。……
……AMAは万能ではない。不倫や離婚が絶えないからだ。しかし、AMAを超高性能な浮気予防装置と考えたならば、これまた非常に優秀なツールだ。
裏切られる不安と裏切られたときの泥沼(コスト)に解決の道筋をつけ、自由恋愛なんてこりごりだと思っている男女を婚姻に引き戻す……。
それこそ、本来のAMAの目的。
『ブラック』になった人を利用するというウワサがまことしやかにささやかれている。それが本当なら相当にエグい。AMAが意思を持つはずがないので、冷酷な官僚がツールに命じてやらせているというところではないだろうか。
