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行政が本気でマッチングアプリ作ってみた|第3話 自縛霊

市場革命~恋愛「特権階級」転落

アマが本格稼働した社会において、日本のあちこちで極めて興味深い現象が観察されるようになった。

かつて「自由恋愛市場」という名の戦場で、華やかに立ち回っていたはずの恋愛強者たちが、一瞬にしてその存在感を失ったのである。

……アマのAIは過去の膨大な離婚の事例を読み込み、ディープラーニングしている。
交際中でも、既婚者でも、裏切りの兆候が感知される……例えばパートナー以外の異性と頻繁に連絡を取合い、パートナーへの欺瞞を相談し始める等……と、容赦なくログが蓄積されていく。
そうなると、欺瞞をしかける側のアマの画面が、「警告画面」に染まっていくのだ。
自業自得である。このままでは、容赦なくパートナーから損切りされるだろう。
もちろん、パートナーのデバイスに「欺瞞」のログが示されることはない。

それを回避したければ、自らの行動を改めるしかない。そうすれば、「誠実ログ」により元に戻るだろう。……それでも、元に戻るまでは、薄氷を踏む日々になるだろう。……
「警告画面」をパートナーに見せられるだろうか?
絶対に見られてはならない。当然、挙動不審になるだろう。

男女が出会う最初の一歩において、「相互のアマのステータス画面を提示し合うこと」が、新たな世界の絶対的なスタンダードとなった。そのとき、かつての恋愛強者は「処刑」された。

画面に表示されるのは、スコア(点数)ではない。
蓄積された行動履歴から弾き出された、冷徹な「区分(カラーコード)」である。

  • ブルー(五月晴れの空): 誠実な傾向が強いと判定された者。

  • オレンジ: 親切で、人柄が穏やかであると判定された者。

  • 黄色: 虚言癖、あるいは行動に不審な乖離がある者。

そして、最悪の色とされ、社会から最も忌み嫌われているのが――

  • 漆黒(ブラック): 「他人を都合よく利用し、冷酷に切り捨てた」と判定された者。

当然、役所は色について「仕様によりランダムに割り振っています」という公式説明を繰り返した。
もちろん、そんなものは真っ赤な嘘である。

ユーザーの経験則がSNSで集積・解析され、その色の持つ意味は瞬く間に共有された。

一部の商売人が、さっそく「アマ攻略本」なるものを出版したが、まったく売れずに業界の笑いものとなった。
アマの運用者とユーザーが最も忌み嫌う「欺瞞のテクニック」を売ってどうする。
そんな攻略本仕込みの付け焼き刃を使った者は、システムのアルゴリズムによって行動の不自然さを見抜かれ、容赦なく黄色や漆黒へと叩き落とされていくのだ。

そんな馬鹿なものを買って読む暇があるなら、アマの自由記入欄に日々の趣味でも書き、心から人生を楽しんでいる、人柄がにじみ出る言葉を、自分なりに綴った方がよほどマシだった。

出逢いの場に、もはや猶予はない。

スマホを持っていない者は、地雷。

デバイスにアマをインストールしていない者も、地雷。

そして、何らかの理由をつけて画面を見せようとしない者も、等しく地雷。

かつて派手な交際を繰り返し、事あるごとに「異性遍歴の数」を誇って他者へマウントをとっていた人々は、このシステムによって一網打尽にされた。

滑稽なこともあった。
自称「恋愛強者」である。脳内の異性との性愛を語っていた連中である。
そんな彼らの色は、ブルーかオレンジ。
嘘が暴かれた訳だが、これらは本人が嗤われれば済むことで、たいしたことではない。

歪んだマウントも発生していた。黄か黒の表示を「遍歴」の証拠とする一群だ。

閉じたコミュニティの中だけで通じるような、鼻くそのようなもの。
コミュニティの外からは、まったく相手にされない程度の自慢。

アマが容赦なく弾き出す「パートナーからの不快感のシグナル」や「蓄積された関係のノイズ」によって、彼らは一瞬で「不良物件」の烙印を押され、社会の表舞台から駆逐されていった。

外見がどれほど誠実に見えようとも、過去に複数回、何人もの異性と親密な関係を持っていた者は、別離の際に相手に与えた苦痛のログによって、どうしても判定が下がりやすい傾向にあった。

アマの忠告を無視して数年間、同棲生活を続け、結局は結婚しなかったカップルも同じであった。より有責とされた方は漆黒の画面となり、残された方も忠告を無視した愚か者のそしりを免れず、捨てられた悲しみに加え、ブルーとオレンジの画面には当面の間、戻れない。

かつての同棲は、アマがサジェストする「共同生活試行制度」に完全にとってかわられた。

メディアがかつて持て囃した「恋多き女」というキラキラしたイメージは完全に瓦解し、今やそれは、単なる「薄汚くて、手垢のついた存在」として忌避されるようになった。

「恋多き男」の末路は、さらに悲惨であった。
彼らはもはや人間としてカウントされず、社会的な「バグ(欠陥品)」として扱われるようになった。

皮肉なことに、これら自称・恋愛強者たちの内面は、驚くほど脆かった。
彼らはシステムによる冷酷な格付けに耐えきれない。

アマから紹介された相手と、運良く順調そうに交際をスタートできたとしても、彼らの内側には常に「ゴースト」――すなわち、お互いの過去に存在する元カレや元カノの幻影が巣食っていた。

ゴーストに怯え、相手に対し本音では不快感を覚えながらも、彼らは決して関係を破棄できない。
なぜなら、ここでまた関係をリセットすれば、次はさらに低質なユーザーしかサジェストされないという、底なしの無間地獄が待っているからだ。


アマには実質的な「デフォルトの密告機能」が存在していた。

画面の隅には、常に以下の文言が添えられている。

――『精度を高めるため、ご存じの情報をおよせください。虚偽の内容でない限り、何らの責任を問われることはありません』

かつて彼らによって尊厳を蹂躙され、嘲笑され、青春を搾取され、玩具にされた元パートナーたちの怨念が、このフォームを通じて一切の容赦なく書き込まれていく。
元恋愛強者たちは、自らのアマの画面が黄色から漆黒に変色していくのを、ただ指をくわえて傍観するしかなかった。

彼らの自滅に対し、誰も同情などしない。
わざわざ口に出して嘲笑うこともしない。
ただ、SNSという地獄の底で、今日も静かに叩かれ、消費され続けているだけである。

このシステムはバージョンアップを重ね、やがて少子化の真の元凶であるマスコミにまで静かに牙を剥いた。

業界人はアマをインストールしない。
というか、できないのだ。
インストールした瞬間、かつて使い潰した社員や、玩具のように弄んだタレントからの告発ログが紐付き、画面が真っ黒に染まるからだ。

テレビ、新聞、SNS――あらゆる媒体に対し、アマは事実ベースで淡々とユーザーにリテラシー補助の通知を送り続けた。

『不安を煽るだけの情報です』
『商品の宣伝です』
『あきらかなデマです』
『コメンテーターの個人の感想です』
『確かに事実ですが、個人の能力を超えています。一喜一憂する必要はありません』

メディアはニュースやグルメ番組しか放送できなくなっていった。
視聴率の長期低落傾向はまったく収まらず、停波と放送免許の必要性が真剣に議論され始めていた。

とあるアカウントのBANをめぐる顛末


アマのアカウント管理は都道府県の担当である。

ある日、県はある女性のアカウントをBANした。

正真正銘の裏切りのログに基づく、ルーチンとしての速やかな処理。

とある県のある中核的な地方機関に、今日もまた若すぎる社会的死をとげてしまった怨念が襲来しようとしていた……。


「アマが止めてくれたらしなかったのよ! 未遂の段階で、どうして通知してくれなかったの!? 私の人生を返してよ、わーーーん!!」

平日の午後、某県地方機関の総合窓口の手前で、一人の女がヒステリックに絶叫していた。

かつては「自由恋愛市場」の勝ち組として、華やかなブランド品を身にまとっていたであろう面影は、今や見る影もない。
髪は乱れ、目は血走り、狂ったように受付の仕切り板を叩いている。

彼女の名は、吉川美緒(よしかわみお)。31歳。元既婚者。
アマの「サイレントモード」の仕様に嵌められ、一瞬ですべてを失った。
美貌とモデル級のプロポーションの持ち主。
「吉川美緒」マイナス「美貌と見事な造形の女体」イコール「ゼロ」という等式が成り立つ可哀想な人。

不倫相手との情事が「既遂」に達したまさにその瞬間、アマは美緒自身の通知設定を完全にオーバーライド(強制無視)し、言い逃れのできない音声ログのURL付きで、配偶者、双方の両親、 勤務先会社のコンプライアンス室へ一斉に確定通知をブチ込んだのだ。

(もちろん不倫相手も同様に処置された)

結果は一瞬だった。
即座に離婚され、親権を奪われ、会社を解雇され、巨額の損害賠償を背負って文字通り人生が破滅した。

正気を失いかけた意味をなさない叫びを上げつつ、エントランスから庁舎に入った。

そのとき、がっしりした体躯の男がその前に立ちはだかった。
制服を着た役所の守衛である。

「そこを通しなさいよ! あなたたち行政の作ったアプリのせいで、私の家庭は壊されたの! 訴えてやるわ!」

掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ美緒に対し、守衛はバイザーの位置を直しながら、ひどく退屈そうにため息をついた。

「いや、そう言われましてもね。私はただの委託の、雇われガードマンなんで。法律とかシステムの仕様とか言われても『はぁ』としか言えないんですよ。苦情ならあっちのモニター越しにやってください」

守衛が指差したのは、オンライン相談用の無人カウンターに設置された冷たい液晶画面だった。

美緒は這うようにしてそのカウンターへ向かい、画面を叩き割らんばかりの勢いでコールボタンを押した。
画面が切り替わり、映し出されたのは、白髪交じりの、いかにもお役所のベテランといった風貌の50代の男性公務員だった。

胸元には「渡辺」と書かれた名札が光っている。
彼は美緒の凄まじい形相と涙に対しても、長年クレーマーを処理し続けてきた人間特有の、完全に感情の死んだ目(だけど澄み切った目)で応対を始めた。

「はい、この地区のアマ担当・渡辺でございます。どのようなご用件でしょうか」

「アマの仕様についてよ! どうしてっ、どうしてホテルに入った時点とか、未遂の段階で警告してくれなかったの!? サジェスト機能があるんでしょ!? 一線を超える前に止めるのが、少子化対策の行政の仕事じゃないの!?」

吉川美緒の涙ながらの訴えに対し、渡辺は表情一つ変えず、穏やかで平坦な声でマニュアル通りの正論を返し始めた。
心の中で毒づきながら。
(そもそも苦情を言う資格なんて、お前にはまったくねえんだよ!)

「……あのー、『サイレントモード』に設定されたのは、吉川様ご自身で、かつ、ご自身のアマのアカウントだけですよね?……それではお気持ちが収まらないようなので、お付き合いしたします。……アマは婚姻契約における貞操義務の遵守を強制代行するシステムではございません。一線を超えるか否かの選択権と責任は、あくまで成人された個人にございます。システムが事前に通知していれば不貞行為はなかった、というご主張は、法的には通りません

「そんなの屁理屈よ! 泳がせて一発で破滅させるなんて悪意があるわ! 行政の怠慢よ、あなたもそう思うでしょ?!」

「いいえ、まったく思いません」
(……とりあえず、自己破産しとけ。でないと、即座にアングラ性風俗送りだぞ(笑))

渡辺は女の怒号を流すように、ただ事実をリピートする。

「……未遂の段階での介入はプライバシーの過剰侵害にあたります。また、行政が作ったアプリとはいえ、利用規約を理解し、ご自身の意思で承諾された上で使用されておられましたよね?役所がアプリの使用を強制したことがありましたか?どこの役所も強制などしておりません。我々はアプリを作り、公開しただけです。さらに、利用規約の中に強制通知を行う場合が書かれております。安否確認あるいは不法行為という重大な事象の蓋然性が高い場合に限られます」

「だって、だって私、通知は『危機検知のみ』にしてたのよ!? ログを勝手に送信するなんて利用規約違反じゃない! アマが勝手にやったのよ!」

渡辺の瞳がほんの少しだけ開いたように見えた。
(あちゃーコイツ、脳ミソがバグって支離滅裂なこと言い出しやがったよ……アンタ、よく結婚できたもんだよ……!!……あぁ『トロフィーワイフ』ってやつか。……泳がされていただけじゃね?……そうでないと、『黄色』か『黒』の女を妻にする動機、ないよ。少なくとも、俺は絶対に関わりたくないタイプの女だ……こんな女は、遠くから鑑賞するだけに限る……)

「利用規約をご覧になられたでしょう?……え?読んでない?……大人の世界で『読んでないから不利益を被る筋合いはない』というのは通用しませんよ。規約を読み飛ばしたのは、私ではなく、吉川さんですよね?……とはいえ、苦情を仰る方は皆様、そのようなことを言われますので、ご説明致します。……利用規約第18条第4項には要するに『健全な関係が維持されている限りにおいて通知の制限は保障されますが、重大な契約違反が検知された場合は、ユーザーの設定に関わらず強制通知が行われる』ということが明記してあります。こちらも仕様通りでございます。何か他にございますか?」

渡辺はご丁寧に画面を切り替え、規約のPDFファイルを開き、規約の該当箇所をカーソルで示しながら、説明した。

「な、なによそれ……そんなの、そんなの納得いかないわよ! 私の人生を、私の家族をどうしてくれるのよ! あいつら全員にあの音声が送られたのよ!? 分かってるの!?」

パニックになり、同じ主張を金切り声で繰り返す美緒。

小一時間、美緒は同じ言葉を繰り返した。

彼女の語彙力が完全に底を突き、ただの感情的な叫びへと変わっていくのを、ベテラン公務員の渡辺は見逃さなかった。
すかさず、彼は流れるような手慣れた動作で、会話の幕引きへと入る。

「はい。吉川様のご主張はすべて、すでに伺いました。これ以上、新しい内容の追加は無いようでございますね。では、他にも業務がございますので、これで切らせていただきます。――はーい、失礼します」

ガチャ。

そう言って渡辺が受話器を置く寸前、通信回線が切断される直前のミリ秒の隙間に、スピーカーからノイズ混じりの声が漏れた。

――『いやあ、久しぶりの大物だったな(笑)』

背後の同僚の言葉なのだろうか。
声をひそめて聞いていた同僚が、応対を終えた渡辺を労ったようだった。
その一言を最後に、画面は暗転した。

吉川美緒はその場に崩れ落ちた。
震える手でスマホのアプリを操作しようとしたが、現れた画面にはにログインフォームすら出ていない。

離婚の確定と同時に、彼女のデータはシステムから永久に抹消――アカウントBANされたのだ。

マイナカードに紐付いたアマを、再びインストールすることはできない。
再婚へのハードルは成層圏を越えた。

彼女のスマホの画面には、ただ【本アカウントは利用規約違反により消滅しました】という冷たいシステムエラーだけが光っていた。もはや漆黒の画面ですらない。真っ白な画面である。

周囲の人間は、誰も彼女に同情などしない。
わざわざ口に出して嘲笑うこともしない。
ただ、ゴミを見るような視線を一瞬だけ向け、静かに通り過ぎていくだけだった。

吉川美緒が、この永久BANから生き延びる道はごく僅かしか残されていなかった。
最も堅実な方法は生活保護の受給だ。
しかし、極端な少子化を経て「人口=国力」の思想に塗りつぶされたこの国において、扶養する子のいない寡婦への公的支援は極めてシビアだった。
まさに「生かさず殺さず」の最低ラインにまでその水準は引き下げられている。

だが、針の穴を通すような確率の賭けではあるが、一発逆転の目も残されていた。
能力があまりに突出しすぎているがゆえに人間関係に致命的な欠陥を抱え、アマの画面を漆黒に染めてしまった「異才の者たち」。
彼らの公式な妻の座に収まるという、国家的なリサイクルルートである。

行政はマイナンバーカードに紐づいた行動ログで彼女の動向を完全に捕捉していた。
美緒が社会の底が抜けた闇に堕ち、反社会組織の情婦か管理売春の商品にされかける――まさに危機一髪のタイミングで、ドアの向こうから「それ」は提示された。

まるで、窓口の渡辺のような、感情の死んだ、澄み切った声だった。

「堅気の世界に戻りたいですか?……ならば、世界的な数学の天才になれる素質がある一方、生活能力が欠けている男の妻になりなさい。衣食住や経済的な心配は無用です。あなたの尊厳はある程度、守られます。……条件はシンプルです。彼の身の回りの世話をし、妻としての義務を完璧に果たすこと。……彼のモチベーションを1ミリも削いではいけません。……男に関する手腕なら一級のあなたには、たやすいことですよね?……試行期間は三年間。彼をコントロールし、めざましい成果を出させること。そうすれば、妻で居られる期間が三年間延長されます。失敗したら、次はありません。……アングラの無修正ポルノ動画に送られるお仲間たちの元へ、今度こそお帰りいただくことになります」

「彼はどういう性格なんですか?」

「極端に無口です。太っていて、身なりに無頓着。彼のアマも漆黒です。……悪党ではなく、不器用なだけの、とても穏やかな性格の男性です」

「……やってみせます!……私にチャンスを!」

「……よろしい。行政としても、せっかくの人材を無為に失いたくないのです。……あなたもある意味『有為の人材』です。己の任務を果たし、この世に貢献してください」


その後の彼女に関心を寄せる者は、彼女の居住区域だったところには、誰もいない。

しかし二年後、彼女の夫は精悍な風貌の天才数学者として世界の表舞台に立ち、数学界の最高峰「フィールズ賞」を受賞した。
彼は壇上で、流暢な英語でこうスピーチを締めくくった。

「――私のすべてのインスピレーション、そして最大の功労者は、愛する妻です」と。



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