【家計の設計】 妻に「物欲がないの?」と聞かれて気づいた、私の買い物のルール
妻と結婚した当初、ふとこんなことを聞かれたことがあります。
「あなたって、欲しいものとかないの?」
私が普段からあまり買い物をせず、
誕生日になっても
「あんまり欲しいものがないんだよなぁ」
とこぼすのを見て、妻は不思議に思ったようです。
その時、私は自分の内面を少し覗き込んでみました。
決して、物欲が完全に欠落しているわけではないのです。
昔から続けているソフトボールの新しい道具は
欲しいし、
人並みにゲームも好きなのでSwitchや
最新の家電だって気になります。
かっこいい服があれば着てみたいとも思います。
では、なぜ妻の目には「物欲がない」ように映ったのでしょうか。
それはおそらく、私の中に
「お金をかけるべき場所」と「そうでない場所」を分ける、はっきりとした線引きがあるからです。
「人生の土台」には、惜しみなく投資する
私は決して、すべてのものに対して最安値を追い求めるようなガチガチの倹約家ではありません。
むしろ、特定の分野には昔からしっかりとお金をかけてきました。
その代表が「寝具」です。
人生の3分の1は睡眠時間が占めています。
睡眠の質が落ちて次の日に疲れが残ってしまえば、その日1日の行動のパフォーマンスが落ちてしまう。
それを一生続けるというのは、人生の設計としてあまりに非効率です。
だからこそ、数万円、時には十数万円かけてでも、自分に合ったマットレスや枕を確保することは、一人暮らしの頃からこだわってきた部分です。
また、「毎日使う家電」も同じです。
例えば炊飯器。私はお米が好きでよく自炊をしますが、
ただお米が炊ければいいという安いものではなく、「毎日ふっくらと美味しく炊き上がる」という機能には喜んでお金を出します。
逆に言えば、使わない機能が満載の最新家電や、分不相応に大きなテレビは必要ありません。
「長く使えて、毎日の生活の土台を底上げしてくれるもの」に対しては、私は迷わずお金を使います。
衝動をコントロールする「未来への報酬システム」
では、日々の買い物はどうしているかというと、ここにも私なりのルールがあります。
それは「その瞬間の衝動」で消費をしないことです。
例えばスーパーで、グラム100円の豚こま肉を買うか、グラム300円の牛肉を買うか。
基本的には豚肉を選びますが、「どうしても牛肉が食べたい」と思う日も当然あります。
しかし私は、「今日頑張ったから買っちゃおう」と衝動的にカゴに入れることはしません。
どうしても食べたいなら、
「この勉強をいつも以上に頑張ったら」
「あの資格試験に合格したら」というように、
未来の行動に対する「ご褒美」として設定するのです。
そこまでして食べたいわけじゃなければ、
買わなければいい。
絶対に食べたいのなら、頑張ればいい。
単なる一時的な欲求を、自分を成長させるための「+αの行動」に変換する。
このシステムのおかげで、私は頑張った実績と美味しいお肉の両方を手に入れることができます。
買い物の基準は「理由付け」に行き着く
なぜ、ここまで理由にこだわるのか。
少し時計の針を戻すと、幼少期のおばあちゃんとの記憶にたどり着きました。
私の家は決して裕福ではありませんでしたが、
おばあちゃんは私にゲームや本をよく買ってくれました。
しかし、何でもかんでも買ってもらうと両親から叱られますし、おばあちゃんも買いづらそうにします。
そこで子供ながらに考えたのが、
「どうすれば気持ちよく買ってもらえるか」という理由付け(プレゼン)でした。
「次のテストで何点以上取ったら買ってほしい」
「学年で何位以内に入ったらお願い」
そうやって、欲しいものを手に入れるための正当な理由を作る癖がついたのです。
「本を読むのは良いことだ」という大人の共通認識を利用して、「勉強のためにこの本が読みたい」と言うと、喜んで買ってくれたのも良い思い出です。
結果として私は本をたくさん読むようになり、
今でも読書が好きです。
「正当な理由がなければ、欲しいものは手に入らない」
幼き日のそんな環境が、今の私の価値観の根底に流れているのでしょう。
「しかるべき時」に、迷わず手に入れるために
このように、私がお金を使う背景には常に「理由」が存在します。
しかし逆に言えば、
「確固たる理由があって欲しい」と思ったものに
関しては、私は特に迷わず買ってしまうのです。
私が普段、無駄なものにお金を使わず、
お金を貯めているのには最大の理由があります。
それは、「本当に欲しいと思った時に、機会を逃さず、諦めることなく手に入れるため」です。
日々の少しの欲望を優先してしまったがために、自分にとって本当に大切なもの、
大きなものを手に入れる機会を逃してしまうとしたら、それほど悲しいことはありません。
その「大切な機会」がいつやって来るかは、
事前にはわからないものです。
しかし、少なくとも私は、しかるべき時に迷わずお金を使えたからこそ、今の生活があると思っています。
後悔のない、静かな暮らし
自分なりの理由を設計してから、モノを買う。
そして、いざという時のためにはしっかり備えておく。
この習慣がもたらしてくれた最大の恩恵は、
「買ったあとの後悔が一切ない」ということです。
ふと部屋を見渡してみても、
「なんでこんなもの買ったんだろう」と首をかしげるものや、
使われずにホコリをかぶっている無駄なものが、私の周りにはほとんどありません。
「欲しいものがない」という言葉の裏には、
実はそんな「思考のプロセス」が隠れていました。
これからも、世間の見栄や一時的な衝動に流されることなく、
自分なりの理由と納得感を大切にしながら、
お金やモノと静かに、心地よく付き合っていきたいと思います。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今日もあなたが自分だけの設計図を描き始める、ささやかなきっかけになれば幸いです☺️
