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気管切開の決断を支えたもの|ALS当事者が受け取った厳しさと優しさ【第2話】


決断の先で受け取った優しさ


こんにちは。

よりそいさん|すれ違い翻訳室 です。


シリーズを初めて読む方は、

気管切開を決断するまでの経緯を書いた第1話からお読みいただけます。


▶︎【第1話】ALS当事者が気管切開を選んだ理由|何年も逃げた私の決断


2023年9月26日、私は気管切開術を受けました。

その決断に至るまで、私は何年も逃げてきました。

それでも最後には、自分の命と向き合い、気管切開を選びました。


今振り返ると、そこにたどり着けたのは、

多くの方が支えてくれたからだと感じます。


今回は、気管切開の決断を支えてくれた方々と、

その過程で受け取った優しさについて振り返ります。



厳しく、冷たい口調の中にあった優しさ


気管切開を決断できずにいた8月下旬。


難病チームの先生が、厳しく、冷たく感じる口調で決断を迫りました。

その言葉を受けて、私は気管切開を決断しました。



手術を終えた後、先生の言葉を振り返る中で、ふと感じたことがあります。

先生は、あえて厳しく決断を迫る役割を担ってくれたのではないか。


日々、命と向き合っている人だからこそ、

より真剣に向き合ってくれたのではないか。


当時は、厳しく、冷たく聞こえた言葉でした。


しかし、私のことを考えた上での言葉だったのだと、

後になって感じました。


柔らかい言葉をかけることだけが、優しさではないのかもしれません。


あの厳しさも、

私のことを真剣に考えた上での言葉だったのではないかと

受け止めています。



気持ちを引き出してくれた看護師さん


気管切開を決断した後、一人の看護師さんが病室を訪ねてくれました。


看護師さんは、私の中にあった気持ちを引き出してくれました。

そして、一緒に泣いてくれました。


2017年4月にALSと診断されてから、

病気のことでも、それ以外のことでも、

私が涙を流したのはこのときだけです。


あれから、だいぶ時間がたちました。

この出来事を振り返って、学んだことがあります。


重大な決断をするときには、

相手の感情を吐き出すことも大切だということです。


決断には、身体の状態や医学的な説明だけでは整理できない気持ちも

伴います。


その気持ちを誰かに引き出してもらい、受け止めてもらう。

その時間も、私には必要だったのだと思います。



職場、実家、そしてお墓へ


8月下旬、私は主治医と難病チームの先生方に強くお願いしました。


どうしても、お世話になった職場へ挨拶に行きたい。

実家へ帰りたい。

お墓参りに行きたい。


先生方は、緊急時の体制を整えた上で、特別に外出を許可してくれました。


妻の運転で、まず職場へ挨拶に行きました。

その後、実家に寄って休憩し、父親に挨拶をしました。

そして、お墓参りをして病院へ戻りました。


外出中は、ずっと息切れしていました。

体力も落ち、残っている余力も本当に少なくなっていました。

自分がギリギリの状態にいることを、ようやく自覚した日でもあります。


それでも、職場へ挨拶に行き、父に会い、

お墓参りをすることができました。


私の強い希望を受け止め、

緊急時に備えて外出を許可してくれた先生方には、今も感謝しています。



決断してから残した自分の声


以前の私は、「声を残しておくといい」と言われても、

録音することができませんでした。


声を残そうとすると、

これから起きるかもしれない変化が次々と頭に浮かび、

怖くなってしまったからです。


症状がまだ軽かった頃には、リハビリの方と一緒に、

「コエステ(iOS)」という声の生成アプリで、一度だけ録音しました。

「コエステ」は、2026年7月現在も私の端末で使えています。


そして、気管切開を決断して気持ちを切り替えた後、

声を振り絞って携帯電話で録音しました。

(アプリではありません)


病気について調べることさえ怖かった私ですが、

気管切開を受ける前に、自分の声を残すことができました。

それも、気管切開を決断した前後に起きた、私の中での変化でした。



数十年ぶりに会った幼馴染


2023年9月。


気管切開が決まった直後、

幼馴染が仕事を終えてから面会に来てくれました。


数十年ぶりの再会でした。



顔を見た瞬間、心が温かくなったことを今でも覚えています。


私は、勇気をもらったのだと思います。


おかげで、その日から強い気持ちで過ごすことができました。

そして2023年9月26日、私は気管切開術を受けました。



振り返ると、多くの人に支えられていた


あの決断は、私一人の力だけでたどり着けたものではなかったと感じます。


決断を引き出し、私の強い希望を受け止め、

特別な外出のために緊急時の体制を整えてくれた先生方。


気持ちを引き出し、一緒に泣いてくれた看護師さん。


足を止めて話を聞き、親切に対応してくれたHCUの看護師さんたち。


明るく、親切に接してくれた一般病棟の看護師さんや介護助手さんたち。


身体の状態を支えてくれたリハビリの先生方。


温かいメッセージをくれた友人たち。


会いに来て、勇気をくれた幼馴染。


温かい言葉で励まし、送り出してくれた職場の仲間たち。


いつものように送り出してくれた父。


通院でたくさんお世話になった、明るく楽しい親族の方々。


そして、子育てをしながら私を支え、応援してくれた妻。


今振り返ると、本当に多くの方に助けていただいたのだと感じます。

心から感謝しています。


気管切開という重大な決断の前には、恐怖も迷いもありました。


その一方で、人の厳しさの中にある優しさや、

感情を吐き出すことの大切さ、

そばにいてくれる人の温かさを知る時間でもありました。


私は、多くの方に支えてもらいながら、気管切開を選びました。



最後まで読んでくださった方へ


重大な決断を支える方法に、一つの正解はないと思います。


現実を伝えること。

気持ちを吐き出せる時間をつくること。

決断の前にかなえたい希望を確認すること。

ただ、そばにいること。


どの関わりが必要かは、その人や状況によって異なります。


だからこそ、

決断だけを急ぐのではなく、

その人が今何を感じ、

何を必要としているのかを一緒に確かめることが大切なのだと思います。




気管切開を選んだ後、私には新たな決断が待っていました。


食事再開後の誤嚥性肺炎と、転院先で繰り返した窒息。

その経験から、私は今度は自分から声門閉鎖術を希望しました。


第3話では、

最初の手術から私の気持ちがどう変わったのかを振り返ります。


▶︎【第3話】気管切開後も続いた唾液の誤嚥|私が声門閉鎖術を選んだ理由


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



よりそいさん|すれ違い翻訳室




私自身のことについては、自己紹介の記事もご覧ください。






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