会社は、続くようにはできていない。#43
― 左利きから見た、右巻きの世界 ―
会社は、続くのが当たり前ではない。
むしろ、放っておいたら続かない。
今日は、この少しシビアな話を書いてみたい。
僕は、父がつくった会社を継いだ。軽量鉄骨の会社だった。
創業から46年続いた会社を、自分の代で引き継いだ。
そして、自分の代で廃業した。
46年。
短くはない。むしろ、会社としては長く続いた方なのかもしれない。
でも、それでも終わる時は終わる。
この経験をしてから、僕は会社というものを、
組織というよりも生き物に近いものとして見るようになった。
会社は、生き物に似ている。
会社は生まれる。育つ。大きくなる。傷つく。病気になる。
そして、場合によっては終わっていく。
人間と違って、何歳で終わると決まっているわけではない。
100年続く会社もある。200年続く会社もある。
中には、1000年以上続いている会社もある。
でも、それは特別なことだ。
ほとんどの会社は、何もしなければ、どこかで止まっていく。
勢いがある時は、気づかない。
売上がある時も、気づかない。
人がいる時も、気づかない。
でも、時代は変わる。
お客さんも変わる。
市場も変わる。
技術も変わる。
働く人の価値観も変わる。
その変化に、少しずつ合わなくなっていく。
最初は、小さなズレだ。
ほんの少しの違和感。
でも、そのズレを放っておくと、やがて会社の体温が下がっていく。
会社は、急に冷たくなるわけではない。
少しずつ、熱を失っていく。
強い会社が残るわけではない。
強い会社が残るわけではない。
大きい会社が残るわけでもない。
頭のいい会社が残るわけでもない。
変化を感じ取り、自分を変えられる会社が残る。
これは、会社だけの話ではないと思う。人も同じだ。
昔うまくいったやり方を、ずっと握りしめていると、
いつかそれが足かせになる。
かつての成功体験は、頼もしい。
でも、時代が変わった後も同じように通用するとは限らない。
昨日までの正解が、今日も正解とは限らない。
だから、会社は変わらなければいけない。
でも、ここが難しい。
ただ変わればいいわけではない。
変化に飛びつくことと、変化を選び取ることは違う。
流されることと、変わることは違う。
時代に合わせることは大事だ。
でも、世の中に全部合わせればいいわけではない。
AIが流行っているから、とりあえずAI。
SNSが流行っているから、とりあえずSNS。
サブスクが流行っているから、とりあえずサブスク。
それは、適応ではなく、ただの反応かもしれない。
流行を追いかけるだけの会社は、
環境が変わるたびに、また走らなければいけない。
いつも後ろから追いかけることになる。
それでは、芯が残らない。
会社に必要なのは、流行に乗ることではなく、見極めることだと思う。
何を変えるのか。
何を変えないのか。
何を足すのか。
何を削るのか。
何を残すのか。
ここを見誤ると、会社は少しずつ自分を失っていく。
変わらなければ、時代に取り残される。
でも、流されすぎれば、その会社である意味がなくなる。
この間に立つことが、経営なのだと思う。
会社は、静かに沈む。
会社が怖いのは、急に終わることではない。
静かに弱っていくことだ。
もちろん、突然の倒産もある。
でも多くの場合、会社は少しずつ沈んでいく。
お客さんが少しずつ減る。
問い合わせが少しずつ減る。
人が少しずつ辞めていく。
現場の空気が少しずつ重くなる。
会議の言葉が、少しずつ過去形になる。
「昔はよかった」「前はこうだった」「あの頃は売れた」
そういう言葉が増えていく。
でも、数字が一気に悪くなるわけではない。
だから気づきにくい。
ゆっくり沈んでいる船は、意外と揺れが少ない。
乗っている人は、まだ大丈夫だと思ってしまう。
気づいた時には、もう水が足元まで来ている。
廃業を経験して、僕はそれを身にしみて感じた。
会社が終わる時は、一つの理由だけで終わるわけではない。
小さなズレが、少しずつ積み重なる。
そのズレを直せるうちは、まだ動ける。
でも、戻れないところまで来てしまうと、もう手当てでは間に合わない。
だからこそ、日々の違和感を見逃してはいけない。
数字を見る。
現場を見る。
人を見る。
お客さんの反応を見る。
そして、会社の気配を見る。
そこに、生存のサインが出ている。
老舗は、変わらなかったから残ったのではない。
長く続いている会社を見ると、こう思う人がいるかもしれない。
変わらなかったから、残ったのだと。
でも、僕は逆だと思う。
老舗は、変わらなかったから残ったのではない。
変えるべきところを変え続けたから、残った。
商品を変えたかもしれない。
売り方を変えたかもしれない。
働き方を変えたかもしれない。
取引先を変えたかもしれない。
でも、全部は変えなかった。
大切にするもの。商いの芯。
お客さんへの向き合い方。
自分たちは何者なのか。
そこは、変えずに残してきた。
そこに、長く続く会社の強さがある。
空間には、会社の生き方が出る。
長く続いている会社には、独特の気配がある。数字だけでは分からない。
玄関に入った瞬間の空気。
社員さんの立ち振る舞い。
お客さんへの言葉づかい。
掃除のされ方。
机の上の整い方。
古いものの残し方。
新しいものの入れ方。
そこに、その会社が積み重ねてきたものが出る。
無理に飾っていない。でも、芯がある。
古いだけではない。でも、軽くもない。
こういう気配は、一日ではつくれない。
広告でつくれるものでもない。
SNSで一瞬バズってできるものでもない。
積み重ねてきた会社にしか出せないものだ。
空間戦略プロデューサーとして、
3,000件を超える空間に関わってきた中でも、これは強く感じる。
空間には、その会社の生き方が出る。
うまくいかない会社の空間は、どこかチグハグだ。
新しいものを入れているのに、何を大切にしているのかが見えない。
昔のものを残しているのに、ただ捨てられないだけに見える。
整っているのに、生気がない。
賑やかなのに、芯がない。
空間には、その会社の生存戦略がにじみ出る。
何を守りたいのか。
何を変えたいのか。
どこへ向かいたいのか。
それが、空間に出る。
だから僕は、空間をただきれいにするものだとは思っていない。
空間は、会社の生き方を映すものだ。
大木ではなく、柳のように。
父がよく言っていた言葉がある。
父が創業した会社は、いわゆるプレハブ屋だった。
そこから僕は、軽量鉄骨を専門とする会社へと変えていった。
その父が、よく言っていた。
「鉄筋コンクリートが大木なら、軽量鉄骨は柳だ」
当時は、建物の構造の話として聞いていた。
でも今思うと、これは会社にも人生にも通じる話だったのかもしれない。
大木は強い。大きく、まっすぐ立っている。
でも、強い風が吹けば、根元から折れることがある。
柳は違う。風に揺れる。曲がる。しなる。
でも、折れない。
これからの時代に必要なのは、大木のような強さだけではないと思う。
柳のようなしなやかさだ。
芯はある。でも、形は変えられる。
大切にするものはある。でも、やり方は変えられる。
届け方を変える。
商品を変える。
働き方を変える。
空間を変える。
言葉を変える。
でも、芯は変えない。
会社が生き残るとは、そういうことなのだと思う。
会社は、続くのが当たり前ではない。
生き残るには、戦略がいる。
環境に合わせること。でも、流されないこと。
変えること。でも、芯は残すこと。
削ること。でも、大事なものまでは捨てないこと。
今日、少しだけ自分の仕事や会社を見てみる。
今、変えるべきものは何か。
逆に、絶対に残すべきものは何か。
その問いを持てる会社だけが、次の10年へ進んでいけるのかもしれない。
「会社を残すとは、形を守ることではない。
芯を残すために、形を変え続けることだ。」
―― 島村拓史
