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チームは、仲良しごっこではない。#44

― 左利きから見た、右巻きの世界 ―

一昨日、あるグループで、すごくいい時間があった。

それぞれが個人のワークをしている。
やっていることは、自分の課題だ。
自分のテーマだ。
自分で向き合うしかないものだ。

でも、不思議とその場には、チームのような空気があった。
励まし合う。応援する。
分からないところを教え合う。
誰かがつまずいたら、自然と声がかかる。
誰かが迷っていたら、自然と手が伸びる。

でも、それだけではなかった。

時には、厳しいことも言う。
ただ気を遣って、「いいですね」「大丈夫ですよ」と
言い合っているだけではない。
その人のためを思って、あえて耳の痛いことも伝える。

そこに、なんとも言えない一体感があった。

今日は、チームとは何かについて書いてみたい。


チームは、仲良しグループではない。

チームというと、みんな仲がいいことだと思われがちだ。
雰囲気がいい。揉めごとがない。笑顔が多い。空気がやわらかい。

もちろん、それも大事だ。
でも、それだけではチームとは言えない気がする。

仲がいいだけなら、それは仲良しグループだ。

チームは、目的に向かう集団だと思う。
同じ方向を見ている。
それぞれの役割は違っても、向かっている先が同じ。
だから、ただ優しいだけでは足りない。

時には、耳の痛いことも言う。
時には、見て見ぬふりをしない。
時には、「それは違うんじゃないか」と伝える。
それができるかどうか。
そこに、チームと仲良しグループの違いが出るのだと思う。


一枚岩という言葉の危うさ。

組織ではよく、「みんなで一枚岩になろう」という言葉が使われる。
僕も、この言葉自体は嫌いではない。
同じ方向を見る。
バラバラにならない。
力を合わせる。
そういう意味では、とても大事なことだと思う。

でも、少し危うさもある。
一枚岩という言葉の裏で、本音を言わないことが
正解になってしまうことがある。
波風を立てないことが、チームワークだと勘違いされることがある。

周りの顔色を見て、いいことだけを言う。
相手に嫌われないように、耳ざわりのいいことだけを言う。
それで表面上は、まとまっているように見える。

でも、それは本当にチームなのだろうか。
僕は、少し違う気がしている。
それは一枚岩ではなく、
ただ波風を立てないようにしているだけかもしれない。
本音が出ない組織は、静かに見えても、強いわけではない。

言うべきことを言えない空気は、少しずつ場の体温を下げていく。


本当の優しさは、時に厳しい。

一昨日のグループで感じたのは、
本当の優しさは、ただ甘やかすことではないということだった。
励ますことは大事だ。
でも、励ますだけでは足りない時がある。

本人が逃げている時。
本当は分かっているのに、見ないふりをしている時。
言い訳で自分を守ろうとしている時。
その時に、「大丈夫、大丈夫」だけでは、
その人のためにならないことがある。

そこで、あえて言う。
「それは少し違うと思う」
「そこは向き合った方がいい」
「今のままだと、もったいない」
もちろん、言い方は大事だ。
相手を傷つけるために言う厳しさは、ただの攻撃だ。

でも、その人の未来を本気で思って言う厳しさは、
優しさの一つなんじゃないかと思う。
本当の親切とは、
相手が聞きたいことだけを言うことではないのかもしれない。
時には、相手にとって必要なことを、嫌われる覚悟で渡すことでもある。

厳しいことを言う時に大事なのは、正しさをぶつけることではない。
相手が前に進める形で渡すことだ。
優しさだけのチームは、ぬるくなる。
厳しさだけのチームは、冷たくなる。
優しさと厳しさの両方がある時、チームには熱が生まれる。


誰か一人の熱だけでは、チームにならない。

もうひとつ感じたことがある。
誰か一人が頑張っているだけでは、チームにはならない。
リーダーだけが頑張る。目立つ人だけが頑張る。できる人だけが引っ張る。それは、組織としては成り立つかもしれない。

でも、チームとしては弱い。

本当のチームは、一人ひとりが自分ごととして関わっている。

誰かがつまずいたら、自然と手を差し伸べる。
誰かが迷っていたら、自然と声をかける。
誰かが甘えていたら、自然と背中を押す。

それを、誰かに言われたからやるのではない。
自然とやっている。
そこに、チームの一体感が生まれるのだと思う。
誰か一人の熱で動いているうちは、
まだ本当のチームではないのかもしれない。

一人の熱が、周りに移っていく。
そして気づいたら、その場全体が前を向いている。
そういう状態になった時、チームは本当に動き出す。


チームごっこは、静かに見える。

ここでも、左利きから見た、右巻きの世界の話につながる。
右巻きの世界では、チームっぽく見えることが大事にされることがある。
みんなで同じことを言う。
空気を乱さない。
上司に合わせる。
周りに合わせる。
波風を立てない。
一見、まとまっているように見える。

でも、それは本当のチームではなく、チームごっこかもしれない。

本当のチームは、違いがあることを前提にしている。
考え方が違う。得意なことが違う。見えている景色が違う。
その違いを消すのではなく、持ち寄る。
そして、同じ目的に向かって使う。

同じになることではない。
違いを持ったまま、同じ方向を見ること。
違うままで、同じ方向を見る。
それが、本当のチームなんじゃないかと思う。


チームは、空気で分かる。

チームの状態は、やっぱり空気に出る。
これは、空間戦略の話にもつながる。
3,000件を超える空間に関わってきた中で、
いい会社の会議室と、そうでない会議室の違いを何度も感じてきた。

いいチームの場には、独特の熱がある。
誰か一人がしゃべっているだけではない。みんなが少しずつ関わっている。声が出る。笑いが起こる。でも、締めるところは締まる。

甘いだけではない。冷たいわけでもない。
そこにいる人たちが、ちゃんと同じ方向を見ている。
そういう場には、自然と人が前を向きたくなる空気がある。

逆に、うまくいっていないチームの場は、どこか空気が重い。
発言が少ない。顔色を見る。本音が出ない。建前だけが飛び交う。
その場は静かかもしれない。
でも、静かさの種類が違う。

整っている静けさではなく、誰も本音を言えない静けさ。
これを間違えると、組織は少しずつ弱っていく。


チームとは、未来を一緒に引き受けること。

チームとは何か。一昨日の出来事を見ながら、あらためて考えた。
チームとは、仲良くすることだけではない。同じ服を着ることでもない。
同じ言葉を言うことでもない。一枚岩のふりをすることでもない。

チームとは、同じ未来を一緒に引き受けることなんじゃないかと思う。
その人が良くなるために、自分も関わる。
その場が前に進むために、自分も声を出す。
誰かの挑戦を、他人ごとにしない。
励ます。支える。でも、必要なら厳しいことも言う。

そうやって、一人では行けない場所へ、みんなで向かっていく。

同じになるのではなく、違うまま、同じ未来を引き受ける。

それが、チームなのだと思う。


チームは、仲良しグループではない。
一枚岩のふりをすることでもない。
本当のチームには、励ましがある。支え合いがある。
そして必要な時には、その人のためを思った厳しさもある。

優しさだけでは、ぬるくなる。
厳しさだけでは、冷たくなる。
その両方がある時、チームには熱が生まれる。

自分はその場で、ちゃんと声を出せているだろうか。
誰かの未来を、他人ごとにしていないだろうか。

少しだけ、考えてみたい。


「同じになることではなく、違うまま同じ未来を引き受ける。
それが、チームだ。」
―― 島村拓史


この内容は、Stand.fmでも音声で話しています。
文章とはまた少し違う温度で、今回のテーマについて話しています。

よかったら、耳でも聴いてみてください。

▶ Stand.fm「左利きから見た、右巻きの世界

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