見出し画像

双極性×ADHD高校生の息子に過保護な母でした。その理由を見つめ直しました#50

こんにちは。 ADHDの夫と、ADHDと双極性障害を併発した息子を支えて25年 
2児の母(๑˃̵ᴗ˂̵)   はれこ と申します。  

「愛する人のそばで笑う」為に始めたnote。
お陰様で50話書くことが出来ました。

noteを書きながら、自分を見直し
その時々の感情を文字にしてきて50話目。

途中からふと思いました。

私は、高校二年生の息子に対して、少し過保護なのかもしれない。と…

睡眠を気にする。
体調を気にする。
「今日は元気かな」と顔色を見てしまう。

世間から見れば、「高校生なんだから、もう少し任せてもいいんじゃない?」と思われるかもしれません。

実は私自身も、そう思う時があります。

「私は手をかけすぎなのかな。」

ここ最近、そんな問いがnoteを書きながら何度も頭をよぎります。
でも、そのたびに思い出す出来事があります。

息子が、生きることをあきらめようとした日です。

あの日を境に、私の中で「当たり前」は変わりました。

昨日まで笑っていた子が、今日も笑っているとは限らない。
「大丈夫」という言葉だけでは安心できない。
親として、そんな現実を知ってしまいました。

だから私は、小さな変化にも敏感になりました。

よく眠れているかな。
食事はとれているかな。
少し無理をしていないかな。

以前なら気にしなかったことまで、気になるようになりました。

それは「信用していない」からではありません。

「もう二度と、あの日のような思いはしたくない。」
その気持ちが、私を動かしていたのです。

ですが最近はnoteを書きながら、心境の変化も出てきました。

息子も高校二年生になり、自分でできることが増え、もっと「任せてみよう」と思える日が少しずつ増えてきたんです。

守ることは大切です。

でも、守るだけでは子どもは大人になれません
信じて任せることも、親の役目なのだと感じています。

正直に言えば、まだ怖いです。

「大丈夫かな」と思う日は、きっとこれからもあります。

でも、それは弱い親だからではなく、大切な命を失うかもしれないという恐怖を、一度経験してしまったから。

その記憶は、簡単には消えません。

だから私は今回このnoteを書いて、
自分のことを「過保護」と思うのは一旦やめようと思いました。

私はただ、必死だった。
息子に生きていてほしかった。
笑っていてほしかった。

その一心だっただけです。

ですが、そろそろ次の段階に入っても良いのじゃないかと思う様になりました。

「守ること」から、「信じること」へ。

私にとってそれは簡単ではありません。

でも、息子の成長を信じることも、きっと愛情の一つなのだと思います。

いつか、巣立つ日が来た時の為に。

信じて送り出せる準備を進めよう。
それが、この夏のテーマ「自立する夏」

そして、私にとっての自立は
彼が選んだことを信じて見守り、その時に備えて準備をすること。

きっと私の心の流れは
そう進んでいるのだと思います。

もし同じように、「心配しすぎかな」と悩んでいる親御さんがいたら、お伝えしたいです。

その心配の奥には、きっと理由があります。
そして、その理由ごと自分を責めなくてもいい。

大切なのは、昨日よりほんの少しだけ、子どもの力を信じてみようと思えること。

私も、まだその途中です。

きっとこの先も、同じことを悩んで
同じ失敗を繰り返してるかもしれませんが、
私はnoteに書くことで自分を振り返り
その都度前に進んでいきたいと思います。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!