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ADHD高校生が薬をやめて語った「薬のない自分」#18

息子は小学2年生からADHDの薬を服用していました。

高校生になって薬をやめたとき、頭の中が今までとは違う状態に陥ったといいます。


こんにちは。
ADHDの夫と、ADHDと双極性障害を併発した息子を支えて25年 
2児の母(๑˃̵ᴗ˂̵)   はれこ と申します。

今日も笑顔でいられる様、noteを書きます!

息子は小学2年生の時にADHDの診断がつき、服薬を開始しました。

忘れ物が減り、授業にも集中しやすくなり、私たち親子は長い間その薬に助けられてきました。

高校1年生で双極性障害の診断を受け、入院することになったとき、ADHDの薬が中止になりました。
過去のnoteにも書きましたが、その頃から私は不安を感じていました。⇩過去記事

主治医から中止の詳しい説明はありませんでした。
「今は双極性の治療を優先しましょう」

そんな話をされたと思います。

私は医師の判断に従いましたが、心の中ではずっと引っかかっていました。

小学2年生から飲み続けてきた薬です。
やめて本当に大丈夫なのだろうか。

退院して外来通院になってからも、ADHDの薬は再開されませんでした。
診察のたびに気になって尋ねても、主治医は「今の息子さんには必要ないと思います」と話すだけでした。

けれど先生…
以前より物をなくすことが増えたんですよ。
取りかかりも遅くなったし、
集中力が続かず、練習試合の時もボンヤリしてるし、勉強が思うように進まない日もあるんですよ。

だから正直、薬を再開した方が良いのではないかと思うんです!!

医師には上手に伝えられないまま冬が来ました。
野球部の活動は屋外練習から室内トレーニング中心になり、体を動かす量が減りました。

その状況を主治医に伝えたところ、期間限定でADHDの薬の再開が認められました。
そして春になり、再び活動量が増えると薬は中止になりました。

その医師の采配を見て、ようやく分かりました。
ADHDの薬は単純に集中力を高めるためだけの薬ではなく、双極性症状を不安定にさせてしまう場合があるため、慎重に使わなければならない薬らしいのです。

息子自身はどう思っているのだろう。
ある日、思い切って聞いてみました。

「ADHDの薬、また飲みたい?」

すると息子は少し考えてから答えました。

「集中力が上がるなら飲みたい気持ちはあるよ」

やっぱりそうか。
私はそう思いました。
ところが息子は続けます。

「でも、自分でも工夫したら何とかできそうな気もするから、今は飲まなくても良いかな」

私は少し意外でした。
そして息子は、今まで聞いたことのない話をしてくれました。

「あの薬さ、飲むと脳が制御されてるのが分かるんだよね」

私は思わず息子の顔を見ました。
そんなふうに感じていたなんて知りませんでした。
さらに息子は言いました。

「俺、小学2年生から飲んでるでしょ。だから薬を飲んでない状態って、今が初めてなんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、私はハッとしました。
ずっと不安だったのは私です。

薬をやめて大丈夫なのか。
困らないのか。
失敗しないのか。

そんなことばかり考えていました。
でも息子にとっては違いました。

薬を飲んでいる自分”しか知らなかったのです。
だから今は、“薬のない自分”を知っている途中なのかもしれません。

「この状態をどう扱ったら良いのか分からないんだよね」

息子はそう言いました。
でも、その表情は決して困り切ったものではありませんでした。

むしろ新しい自分と向き合っているように見えました。
そして最後にこんなことを話しました。

「小学生や中学生の頃は飲んでて良かったと思うよ。自分ではどうしたらいいか分からなかったし。でも今の年齢なら、飲まなくても何とかなりそうな気がする」

その言葉を聞いて、私は息子の成長を感じました。
ADHDの特性がなくなったわけではありません。
忘れ物もするし、物もなくします。
勉強の取りかかりだって遅い日があります。

それでも、自分がどこで困るのかを理解し始めています。
どう工夫したら良いのかを考え始めています。
年齢とともに理性が育ち、自分自身をコントロールする力も少しずつ身についてきているのだと思いました。

そういえば最初に日本でADHDの薬が発売された時、適応年齢は18歳未満でした。
成人は入ってなかったんです。
現在は使用可能になりましたが、当初ADHDの薬は理性でコントロールしにくい年齢に対しての治療薬だったのです。

成長とともに学び、理性が脳を制御できる様になるとADHDの薬は徐々に出番が減るのかもしれません。

ADHDの主人も一時、服薬してましたのでこう話をしてます。
「閃かなくなった。考えられなくなった」と…
制御されてると同じ様な感覚でしょうか?

目指すべきは完璧な人間ではありません。

忘れ物をしないことでもない。
常に集中できることでもない。
自分にはこういう特性がある。
だからこう工夫しよう。
困ったときは助けを求めよう。

そうやって自分自身を理解しながら生きていけることです。

そっか。
息子は今はADHDの症状よりも双極性の治療を優先する時なんだね。
無理に服用させる必要はなかったんだね。

息子が「薬のない自分」と出会って、何かを得てくれたらいいなと思いました。

〜最後に〜
今回のnoteは決して薬を批判するために書いたわけではありません。

息子は双極性障害を発症していなければ、きっと今でもADHDの薬は継続していたでしょう。

ADHDの薬はとてもいい薬です。
服用していたから、息子は乗り越えられた事が沢山ありました。

本来なら飲めてたはずの薬が、容易に飲めなくなった息子だから、どうやって乗り越えていくかを考えざるをえなくなったのです。

現在服用されてる方は安心して服用して下さい。
私も息子は飲んでた方が楽に過ごせたと思ってます。

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