昨日、一番おいしかったのは、水だった。
正直に言う。
昨日、一番印象に残ったのは、タコではなかった。
水だった。
乗合船に揺られて、真夏の海に出た。日差しは、思っていたよりずっと強かった。日焼け止めは、朝しっかり塗ったはずだった。それでも、船を降りる頃には、腕がはっきりと焼けていた。
ノンアルコールビールを一本開けて、それでも足りなくて、水を何本も飲んだ。持ってきたペットボトルが、次々と空になっていく。
「多めに持ってきたつもりなのに、全然足りないな」
そう思いながら、ふと気づいた。
普段の生活では、水のありがたさなんて、ほとんど意識しない。蛇口をひねれば出てくるし、コンビニに行けばいつでも買える。
でも、あの船の上では違った。強い日差しの下で、体が本気で欲しがっているものが、はっきり分かった。
思えば、プロジェクトの現場でも、同じことが何度もあった。
信頼も、健康も、時間も、普段はあって当たり前のものとして扱っている。足りなくなって、初めてその価値に気づく。水と同じだ。
ありがたいのは、いつも「足りなくなってから」だ。それが人という生き物の、少し不便な、でも憎めない構造なのかもしれない。
昨日の一杯の水は、この夏、飲んだどんな飲み物よりも、おいしかった。
問題は、人ではない。構造が、人をそう動かしている。
人を責めるより構造を見る。今日も、少し優しくなれる。
©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090
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