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AIを一つしか使わない人ほど、結果が中途半端になる。──ワンマンバンドと、バンド編成の話

この記事はこんな人へ

  • ChatGPT、Gemini、Claudeのどれか一つだけを使っていて、なんとなく限界を感じている人

  • AIに長文の資料を作らせたら、後半で話がズレていった経験がある人

  • 「AIをもっと活用しなきゃ」と思いつつ、使い分けの基準を持てていない人

  • プロジェクトの適材適所の配置は得意なのに、AIには同じ発想を持ち込めていなかった人

  • これから複数のAIを併用してみたいけれど、何から手をつければいいか分からない人


正直に言う。

ある提案書を、僕は一つのAIだけで作ろうとしたことがある。

情報収集も、アイデア出しも、十五ページの本文執筆も、全部同じAIに任せた。序盤は、悪くなかった。論点も整理されていたし、文章も読みやすかった。

でも、七ページ目あたりから、様子がおかしくなった。三ページ前に書いていた主張と、微妙に違うことを言い始めた。用語の使い方も、少しずつブレていった。気づいたときには、前半と後半で、まるで別人が書いたような提案書になっていた。

僕は、その日の夜遅くまで、後半をほぼ書き直すことになった。

なぜ、こんなことになったのか。AIの性能が足りなかったのか。それとも、僕の頼み方が悪かったのか。

まだ、答えは出ていなかった。


第一章 僕は、一人に全部を背負わせていた

書き直しながら、僕は考えていた。

このAIは、決して能力が低いわけじゃない。会話も、発想も、要約も、どれも十分に優秀だった。ただ、十五ページ分の論理を、最初から最後まで一貫して保ち続けるという役割は、そのAIが一番得意とする仕事ではなかった。

僕は、情報収集にも、発想にも、長文の構造化にも、同じ一人に頼っていた。まるで、ボーカルもギターもドラムも、一人のミュージシャンにやらせようとするようなものだった。器用な人なら、ある程度はこなせる。でも、どこかで、必ず綻びが出る。

僕が見ていたのは、AIの性能の限界ではなかった。役割を分けずに、一人に全部を背負わせていた、僕自身の設計の限界だった。

珍しい話ではない。

第二章 ある人から聞いた話

知人のコンサルタントから聞いた話がある。

彼は、最初に使い始めたAIに、とても愛着を持っていた。使い慣れているし、癖も分かっている。だから、契約書の細かいレビューのような、厳密な論理精度が求められるタスクも、同じAIにずっと任せていた。

ある日、そのAIが見落とした条項の解釈違いに、彼は提出直前になって気づいた。幸い、大きな問題にはならなかった。ただ、彼はその時、初めて気づいたという。「自分は、このAIが得意なことも、苦手なことも、ちゃんと見極めずに、ずっと同じ相手に頼り続けていた」

慣れた相手に頼るのは、心地いい。でも、心地よさと、適材適所は、別の話だった。

珍しい話ではない。

第三章 ある会社に起きていたこと

もう一つ、聞いた話がある。

ある会社で、AI活用を強化しようという話になり、あるチームは、すべてのタスクを複数のAIに同時に投げて、出力を比較する運用を始めた。

最初は、丁寧なやり方に見えた。比較すれば、一番いい答えが選べる。理屈の上では、そうだった。

ところが、しばらくすると、チームの作業時間はむしろ増えていた。毎回、複数の出力を読み比べ、どれが優れているかを議論する時間が、積み重なっていった。AIを使っているはずなのに、AIを使う前より忙しくなっていた。

「比較すること」自体が、いつのまにか目的になっていた。誰に、何を任せるかを最初に決めていれば、必要のなかった手間だった。

珍しい話ではない。むしろ、真面目にAI活用に取り組む組織ほど、起きやすい話だ。


三つとも、バラバラの話に見えるかもしれない。僕の提案書と、知人の契約書レビューと、ある会社の比較運用。状況も、関わった人数も、全く違う。

その通り。僕も長いあいだ、これらを別々の失敗談だと思っていた。「頼み方が悪かった」「相性の問題」「やり方が丁寧すぎた」として、それぞれ違う棚に分けてしまっていた。

第四章 多くの人は「AIの性能差」の問題だと考える

こういう話をすると、たいてい「そのAIの性能がまだ低いから」「もっと優れたAIに変えればいい」という反応が返ってくる。

半分は正しい。でも、それだけでは足りない。

三つの話に共通していたのは、AIの性能の差でも、優劣でもない。「一人に、何役も背負わせていたこと」だ。

情報収集も、発想も、文書化も、精度確認も、性質のまったく違う仕事だ。人間の世界なら、僕らは当たり前のように、これを一人に集約させたりしない。営業と、企画と、法務を、同じ一人にすべて任せるプロジェクトチームは、あまり見たことがないはずだ。

でも、AIに対しては、なぜかその発想を持ち込めていない。使い慣れた一つのAIに、性質の違う仕事を、次々と積み重ねてしまう。

でも、まだ全部は言わない。

第五章 そういうことだったのか

ここで、一つの問いを立ててみる。

あなたは今、AIとの仕事を、ワンマンバンドとして進めているだろうか。それとも、バンド編成として進めているだろうか。

ワンマンバンドは、一人が、ボーカルも、ギターも、ドラムも、全部を兼任する。器用な人なら、そこそこの演奏はできる。ただし、どの楽器も「専任のプロ」には敵わない。曲が長くなるほど、複雑になるほど、一人でこなす限界が、静かに顔を出す。

バンド編成は、パートごとに、担当を分ける。ボーカルはボーカルに、ギターはギターに、ドラムはドラムに。各パートが専念できるから、曲全体のクオリティが底上げされる。

あなたの出したAIの結果が中途半端に感じられるのは、AIの性能が足りないからではない。

あなたが、ワンマンバンドとして、一つのAIに全部の役割を背負わせていただけだ。

情報収集に強いAI、発想の壁打ちに強いAI、長文の構造を保つのに強いAI。それぞれ得意な楽器が違う。どのAIも優秀だけれど、優秀さの種類が違う。その違いを踏まえずに、一人に何でも頼めば、どんなに優秀なAIでも、どこかで綻びが出る。

そして、いちばん大事なことを言う。

これはあなたの使い方が下手だったからではない。あなたの努力が足りなかったわけでもない。あなたはただ、AIをバンドとして編成する発想を、まだ持っていなかっただけだ。持っていなければ、誰だってワンマンバンドのまま突き進んでしまう。それは責められることではない。まだ、編成を組んでいなかっただけの話だ。

そして今、この記事を読んでいるということは、あなたはもう、編成を組み始めている。それだけで、もう半分は終わっている。

第六章 構造は、一つだった

この「ワンマンバンドか、バンド編成か」という構造は、AIの話だけでは終わらない。仕事にも、人生にも、同じ形で顔を出す。

PMの現場では

一人のエースに、企画も、調整も、資料作成も、全部を任せるプロジェクトは、いつか必ず綻びが出る。人を責めるより、構造を見る。誰に何を任せるかという配役こそが、PMの本質的な仕事だ。この発想は、AIに対しても、そのまま応用できる。

AI活用では

半径五メートル、つまり自分が日常的に使う範囲で、まず三つの問いを立てる。「これは最新の外部情報が必要な仕事か」「まだ論点が固まっていない発想の仕事か」「長い論理を一貫して保つ必要がある仕事か」。この問いに応じて振り分けるだけで、出力の質は体感で大きく変わる。慣れたAIに何でも頼む前に、一呼吸置いて配役を考える。それだけでいい。

人生では

これは、AI固有の話ではない。僕らは、身近な誰か一人に、相談相手も、愚痴の聞き役も、意思決定の壁打ち相手も、全部を求めてしまうことがある。足し算より引き算で、一人にすべてを求めないこと。巡航速度で、それぞれの役割を、それぞれ得意な相手に、少しずつ振り分けていくこと。それが、長期残存価値のある人間関係を築く唯一のやり方だ。

構造は、一つだった。

一人に全部を背負わせるか、役割ごとに編成するか。その選び方一つで、Before とAfter がまるで違う結果になる。

第七章 じゃあ、あなたはどうする?

さて、ここまで読んで、あなたはもう構造には気づいている。

AIをワンマンバンドではなく、バンド編成として運用する。理屈としては、驚くほどシンプルだ。

でも、ここで難しいことがある。

「具体的に、どのタスクを、どのAIに振ればいいのか」がわからない、ということだ。感覚だけで振り分けても、毎回迷ってしまう。かといって、慣れたAIに何でも頼み続ければ、この記事の三つの話のどれかに、いつかあなたも入ることになる。

情報収集、発想、文書化、精度確認。それぞれの工程を、どの基準で、どのAIに任せればいいのか。その具体的な判断軸と実務フローこそが、この記事でいちばん渡したかった「最後のピース」だ。


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