「会社として」と語る若手と、「まず自分は」と動く五十代の話
プロローグ
正直に言う。
ある若手が「会社として、こうあるべきだと思います」と真っすぐな目で語ったとき、私は一瞬、「なんか気持ち悪いな」と思った。
特に、その直前に別の部下の件で少しショックを受けていたこともあって、心の中の余裕がほとんど枯渇していた。だから反射的に、「会社のために、ねえ」と、少し冷めた目で受け止めてしまった。
これは、認めるのが恥ずかしい反応だ。相手は悪意があるわけではない。むしろ真面目で、正しいことを言っている。それなのに、こちらは引いてしまう。なぜ自分は、若手の真っすぐさに対して、こんなに居心地の悪さを感じるのか。
しばらく考えて、私は気づいた。これは「最近の若い奴は変だ」という話ではない。彼が変なのでも、私が冷たいのでもない。
ただ、見えている景色が、まったく違うのだ。
この記事は、「会社」という言葉をめぐって世代間で生じるすれ違いを、どちらかを悪者にせずに構造として切り分けてみた記録である。
第一章 「変になった」を切り分ける
結論を急がず、まず切り分けたい。
「最近の若い世代は変になった」という言い方は、処理として非常に効率がいい。原因を世代という変数に押し込めば、それ以上考えなくて済むからだ。だが、二十年PMをやってきて思うのは、変わったのは世代の中身ではなく、会社との距離感のほうだ、ということである。
人間そのものが世代ごとに別の生き物に進化したわけではない。同じ人間が、会社という存在をどれくらいの距離で見ているか、その初期設定値が世代によって大きく違う。距離感が違えば、同じ「会社」という言葉も、まったく別の意味でロードされる。
たとえば、四十代後半から五十代の会社員には、「会社なんて所詮、生活のため」という感覚を持つ人が多い。会社のために命をかけるわけではないが、かといって会社に理想を求めるわけでもない。ある意味、冷めている。
この冷め方には、理由がある。炎上プロジェクトも見た。リストラも見た。合併で組織図が一夜にして書き換わるのも見た。理不尽な異動も、納得のいかない評価も、信じていた人の裏切りも見てきた。要するに、会社という巨大システムが、いかに頻繁に再起動され、いかに簡単に構成変更されるかを、嫌というほど観測してきた。
だから、「会社のために」と言われると、むしろ少し引いてしまう。これは冷淡なのではなく、長期の稼働ログを大量に蓄積した結果として、過剰な期待を自動的に抑制する保護機能が働いているだけだ。
一方、若い人の中には、会社を「正しい場所」「理想を実現する場所」「社会を良くする場所」として見ている人がいる。そして、「会社としてこうあるべきです」と、あるべき論を真っすぐ語る。これは悪意ではない。むしろ真面目さの表れだ。
つまり、変になったのではない。会社というシステムに対する信頼の初期値が、世代によって高く設定されているか、低く設定されているか、それだけの差なのだ。
第二章 見えている景色が違うだけ
面白いのは、五十代から見ると、その真っすぐな真面目さが、ちょっと危うく見えることだ。
なぜなら、こちらは理想と現実のギャップを見すぎてきたからだ。組織の矛盾、人の弱さ、正論が通らない場面、正しさだけでは動かない政治。そういうものを散々観測してきた。だから「会社のために」と熱く語る人を見ると、つい「そんなに会社を信じて、大丈夫か」と心配になってしまう。理想に全リソースを張って、現実とのギャップでクラッシュする若手を、何人も見送ってきたからだ。
だが、ここで重要なのは、この心配が一方通行ではない、ということだ。
逆に、若い人から見れば、五十代のおじさんは「冷めている」「シニカル」「当事者意識が低い」ように映る。理想を語らず、リスクばかり指摘し、「まあ、そう簡単にはいかないよ」と水を差す存在。彼らから見れば、私のほうこそ、組織を諦めた敗北者に見えているかもしれない。
つまり、どちらが正しいという話ではない。
これは、同じ景色を別の解像度で見ている、というより、そもそも別の位置から別の景色を見ている、という構造だ。若手は入口に立っていて、これから組織の理不尽を観測していく。こちらは出口寄りに立っていて、すでに大量の理不尽をログに蓄積している。立っている場所が違えば、見える地形が違うのは当たり前だ。
ここを「どちらが正しいか」の問題にした瞬間、対話は勝ち負けになり、必ず誰かが悪者になる。だが、これは正誤の問題ではなく、観測地点の問題なのだ。
第三章 「会社として」という主語の構造
ただ、私が世代論を超えて少し気になっているのは、「会社として、こうしてほしい」という言葉そのものである。
二十年PMをやっていると、会社という巨大な存在は、実は「誰か」ではない、ということが骨身にしみる。
会社は社長ではない。部長でもない。人事でもない。会社とは、結局のところ、目の前にいる人間の集まりであり、その人間同士をつなぐ配線の総体でしかない。中央に「会社」という意思決定主体が一つ鎮座しているわけではない。それは、分散したノードの集合に、私たちが便宜上つけた名前にすぎない。
ここに、ひとつの構造的な落とし穴がある。
「会社として、こうあるべきだ」という主語の置き方は、巧妙に自分を主語から外してしまう。会社という、誰でもないものに動いてもらおうとする。だから「会社として」という言葉を多用する人ほど、実は自分自身は動かないことがある。要求を、自分という具体的なノードではなく、会社という抽象的なシステムに対して発行している。だが、抽象的なシステムには手も足もない。誰も実行しない要求は、永遠にキューに溜まったままだ。
一方、長く現場にいる人ほど、「会社が」より先に「まず自分はどう動くか」を考える。これは美徳というより、経験的な学習の結果だ。「会社として」と言っても何も動かないことを、何度も観測してきたからだ。動くのはいつも、具体的な誰かの最初の一手だった。だから、主語を会社から自分へ引き戻す癖がついている。
これは、世代の差というより、修羅場をどれだけくぐったかの差なのだと思う。組織が抽象的な主語では動かないと知るには、抽象的な主語に何度か裏切られる経験が要る。それは時間と回数の問題であって、人格の優劣の問題ではない。
第四章 すれ違いを構造として扱う三つの視点
では、この世代間のすれ違いに対して、五十代の側はどう構えればいいか。三つの視点で整理したい。
第一に、若手の真っすぐさを「危うさ」ではなく「初期スペック」として見ること。彼らがまだ組織の理不尽を十分に観測していないのは、欠陥ではなく、単に稼働時間が短いだけだ。ログがまだ溜まっていない。それは、いつかの自分でもある。五十代も昔は、今よりもっと正しくて、もっと熱かった。その頃の自分を思い出せば、若手の真っすぐさは攻撃ではなく、過去の自分との再会として処理できる。
第二に、主語を「会社」から「自分」へ翻訳する手助けをすること。若手が「会社としてこうあるべきだ」と言ったとき、頭ごなしに否定するのではなく、「では、その中で、あなた自身はまず何をする」と問い返す。これは説教ではない。抽象的な要求を、実行可能な最初の一手へとコンパイルする支援だ。主語を引き戻してあげることが、現場でしか教えられない継承になる。
第三に、ショックを受けた日には、無理に構造を見ようとしないこと。今日みたいに気持ちが揺れた直後に、聖人のように「これも世代差ですからね」と達観できなくていい。「なんか気持ち悪いな」と思う日があってもいい。二十年PMをやっていても、こちらも人間だ。感情を抱えること自体は、エラーではない。感情をその日のうちに最終結論として固めないこと、それだけ気をつければ十分だ。構造を見るのは、心が少し冷めた翌朝でも間に合う。
最終章 そのうち分かるよ、と苦笑いできること
「ゆとり世代は変な奴が多い」という結論は、楽だ。だが、それは観測地点の違いを、人格の問題にすり替えているだけだ。
彼らは変なのではない。まだ、組織の理不尽さや、人間の複雑さを、十分に経験していないだけなのかもしれない。そして、それは責められることではない。経験は、時間をかけてしか蓄積されない。ログは、回数を重ねてしか溜まらない。
そして何より、五十代のおじさんも、昔は今よりずっと正しくて、ずっと熱かった。「会社はこうあるべきだ」と、目を輝かせて語っていた時期が、確かにあった。その頃の自分を思い出すと、今は少し苦笑いしながら、「まあ、そのうち分かるよ」と思えるようになった。
この「そのうち分かるよ」は、見下しではない。突き放しでもない。かつて同じ道を歩いた者が、後ろから来る人に向ける、少しだけ先回りした優しさのようなものだ。人を責めるより、構造を見る。世代を笑うより、自分の通ってきた道を思い出す。
ただし、繰り返しておく。今日みたいにショックなことがあった直後なら、「なんか気持ち悪いな」と思う日があっていい。構造を見ろ、相手を理解しろ、と自分に強制しなくていい。
二十年PMをやってきても、最後はやっぱり、人間ですから。
この記事は、いずれ書籍として一冊にまとめたいと考えている思想の、ひとつの断章である。
気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。
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