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ウォーターサーバーに張られた『持ち帰り禁止』の張り紙が、会社の本質を教えてくれた話

プロローグ

正直に言う。

先日、ある会社のオフィスで、こんな張り紙を見た。

ウォーターサーバーの横に、

A4用紙で、ゴシック体で、赤で印刷された、張り紙。

「ウォーターサーバーの水をペットボトルに詰めて持ち帰らないでください。」

それに続いて、

「従業員の皆様へ。このサーバーは会社の共有資産です。個人利用は厳禁とします。」

と書かれていた。

その瞬間、私は思った。

「この会社、大丈夫か」

と。

悪い意味ではない。むしろ、この張り紙から、その会社の組織文化が、すべて見えてしまった、という感じだった。

20年、PMをやってきて思う。

小さな張り紙ほど、その組織の本質を表すものはない。

なぜなら、それは、その企業が「社員をどう見ているのか」を、最も素直に、表現しているからだ。

ウォーターサーバーの水代は、確かに、タダではない。

誰かが大量に持ち帰れば、会社の経費は増える。

その問題意識そのものは、理解できる。

むしろ、財務的には、正しい。

だが。

20年現場にいると、見えるんですよ。

その張り紙の奥に、もっと大事な問題が、隠れているってことが。

それは、「水が減ること」ではなく、

「社員をどう見ているのか」

という問題なのだ。

第一章 張り紙というメッセージの正体

まず、一度、その張り紙を、客観的に、読んでみよう。

「持ち帰らないでください」

「従業員の皆様へ」

「個人利用は厳禁」

この文字列が、社員に、何を、伝えているのか。

表面的には、「水を持ち帰るな」という指示だ。

だが、その奥には、もっと大きなメッセージが、隠れている。

それは、

「あなたたちを、信用していません」

というメッセージなのだ。

逆に考えてみよう。

もし、その会社が、「利用者の良識を信じる」という文化を持つ企業なら、どうするか。

おそらく、張り紙は、出さない。

あるいは、出すとしても、

「このウォーターサーバーは、みんなで使うものです。必要な分だけ、持ち帰ってくださいね」

くらいのトーンだろう。

もっと典型的には、張り紙すら出さない。

それが、信頼文化の企業だ。

ここが、重要なポイントだ。

組織というのは、無意識のうちに、社員に対して、常にメッセージを送っている。

給与。評価制度。会議の設定方法。資料の要件。稟議の書式。

そして、ウォーターサーバーの張り紙。

それらすべてが、「あなたたちを、どの程度、信用しているのか」を、表現しているのだ。

その企業のウォーターサーバーの張り紙は、赤字で、ゴシック体だった。

つまり、強く、目立たせるために、設計されていた。

なぜなら、その企業の経営層は、「これは、重要なメッセージだ」と、思ったからだ。

ところが、本当に重要なメッセージは、張り紙ではなく、その張り紙が必要になった背景だったのだ。

つまり、「誰かが、大量に持ち帰った」という事実。

その事実の方が、よほど、問題なのに。

企業は、そこには、目を向けない。

代わりに、「張り紙を出すことで、問題が解決する」と思ってしまう。

ここに、典型的な「組織のバグ」がある。

見える問題には、強く対処する。

見えない問題には、気づかない。

そして、その「見えない問題」こそが、組織をダメにしているのだ。

第二章 「見える無駄」と「見えない無駄」の不可思議な逆転

その企業の話を、もう少し、掘ってみよう。

ウォーターサーバーの水代は、おそらく、月に数万円程度だろう。

それを、「持ち帰り禁止」という張り紙で、管理する。

一見、効率的に見える。

ところが。

その同じ企業では、こんなことが起きていた。

会議。

営業部門全員で、毎週月曜日の朝8時に、30分の定例会議。

参加者、50人。

時間、30分。

計算すると、50人×0.5時間=25時間。

時給3,000円で計算すれば、75,000円。

それが、週1回。

月に300,000円。

その会議で何をしているのか、と聞いてみると、

「営業部全体の進捗確認です」

と、言う。

ところが、その進捗確認は、実は、イントラネットの掲示板で、全員が見られるものばかりだった。

つまり、会議で話されることは、すでに、全員が知っていることなのだ。

それでも、毎週、50人が、30分、会議室に詰め込まれる。

その企業では、稟議も、複雑だった。

購買申請一つするのに、5段階の承認が必要だった。

100万円以下の買い物でも。

その承認作業に、それぞれ、1日、かかる。

つまり、5日間。

それで、何を防いでいるのか、と聞くと、

「不正購買の防止」

と、言う。

だが、過去5年で、不正購買の事案は、1件もない。

その企業では、資料も、多かった。

営業資料は、すべて、フォーマット化されていて、何十ページもの決まった形式で、報告する必要があった。

多くの営業は、その資料作成に、毎日2時間、使っていた。

資料作成の時間。

営業活動の時間ではなく。

そしてある日、その企業は、炎上案件に遭遇した。

顧客トラブルが起きて、それを、初期段階で止められず、何百万円の損失が生じた。

その原因は、何だったのか。

後付けで、調査されたが、結論は、こうだった。

「報告が遅れた」

「報告経路が複雑だった」

「意思決定が遅かった」

つまり。

その企業は、ウォーターサーバーの水を、何万円単位で、節約しようとしていた。

一方で、会議や稟議や資料作成に、毎月、何百万円を、浪費していた。

そして、最終的には、炎上案件で、何百万円を、損失していた。

これは、典型的な「見える無駄と見えない無駄の逆転」なのだ。

ウォーターサーバーの水は、「見える」。

だから、厳格に管理する。

ところが、会議や稟議の無駄は、「見えない」。

あるいは、「見えるけど、それは『必要な手続き』だと思い込んでいる」。

だから、野放しにされる。

20年、PMをやってきて見えてくることがある。

強い組織ほど、実は、「見えない無駄」に敏感だ。

「この会議、本当に必要か」

「この稟議、本当に必要か」

「この資料、本当に必要か」

と、常に、問い直している。

一方、弱い組織ほど、「見える無駄」だけに敏感で、「見えない無駄」には鈍感だ。

第三章 「信頼するコスト」と「疑うコスト」の経済学

ここから、もう一段、深く、掘ってみたい。

なぜ、その企業は、ウォーターサーバーの張り紙を出したのか。

もちろん、理由がある。

誰かが、大量に持ち帰った。

それを防ぎたい。

その想いは、理解できる。

だが、ここで、一つの選択肢があった。

選択肢1:管理する

張り紙を出す。ウォーターサーバーの使用量を、記録する。不正を防ぐ。

短期的には、コスト削減ができるように見える。

選択肢2:信頼する

「このウォーターサーバーは、みんなで使おう」と、言う。

不正が起きるかもしれない。でも、大多数の社員の良識を信じる。

その企業が選んだのは、選択肢1だった。

短期的には、「管理する」方が、論理的に見える。

「あの人が持ち帰ったから、持ち帰り禁止にしよう」

その因果関係は、明確だ。

だが。

長期的に、何が起きるか。

社員は、「この会社は、自分たちを信用していないんだ」と、感じる。

その感覚は、蓄積される。

ウォーターサーバーだけではない。

給与計算の厳格さ。評価の厳しさ。報告の細かさ。

それらすべてが、「疑い」を前提にしたシステムなのだ。

そのシステムの中で、社員は、毎日、「この会社は、自分たちを信用していない」というメッセージを受け取り続ける。

すると、何が起きるか。

優秀な人から、辞めていくのだ。

なぜか。

「こんな会社で、自分の人生を使いたくない」

と、思うから。

ここが、本当の「コスト」なのだ。

ウォーターサーバーの水を、月に5万円、節約しても、優秀な営業マンが一人、辞めたら、その人が1年間に作っていた売上は、何千万円だ。

数字で比較すれば、明らか。

「信頼する」方が、はるかに、安い。

だが、その計算は、簡単に、数字に出ない。

出ないから、経営層は、見えない。

見えないから、「ウォーターサーバーの水代」という見える数字に、注目する。

ここに、組織論上の一つの真理がある。

人間は、見える数字に支配される。

見えない数字からは、目を背ける。

その結果、本当に大事なもの(信頼、空気、人間関係)が、最初に、失われていく。

第四章 「空気の悪さ」で優秀な人が去る理由

では、実際に、その企業で、何が起きていたのか。

私が、その企業を訪問したのは、2年前だった。

その時、営業部長は、こう、言っていた。

「今年は、特に、新規営業獲得に、力を入れます」

「営業マン、30人で、前年比150%の売上を目指します」

と。

その時点では、営業マンは、50人いた。

2年後。

私が、再度、訪問した時、営業マンは、35人に減っていた。

15人が、辞めていた。

部長は、こう、説明した。

「転職市場が活発だから、優秀な人が引き抜かれる」

「給与が競争力を失っている」

「業界全体の問題だ」

と。

それらは、確かに、要因の一つかもしれない。

だが。

辞めた人たちに、直接、話を聞く機会があった。

すると、こんなことが返ってきた。

「毎日、信用されていないって感じる」

「会議で聞かれることが、誰でも知ってることばかり」

「稟議が多くて、判断が遅い」

「資料作成に時間を使うなら、営業をしたい」

「『ウォーターサーバーを持ち帰るな』という張り紙を見た時、この会社とはお別れだと思った」

誰も、給与の話をしていない。

誰も、昇進の話をしていない。

全員が、「空気」の話をしていた。

「信用されていない感覚」

「やりがいを感じられない環境」

「小さなことにうるさくて、大事なことに鈍感な会社」

と。

20年、PMをやってきて思う。

優秀な人が去る理由は、給与ではなく、「空気」なのだ。

その空気は、ウォーターサーバーの張り紙のような、小さな積み重ねで、作られる。

一枚の張り紙では、何もない。

だが、それが、会議の長さと、稟議の複雑さと、資料作成の時間と重なると、

「この会社は、社員を信用していない」

という空気が、完成する。

その空気は、数字では出ない。

だから、経営層は、気づかない。

気づかないうちに、優秀な人は、去っていく。

そして、残された人たちで、さらに、業務が複雑になり、さらに、空気が悪くなる。

それが、組織の衰退のメカニズムなのだ。

第五章 「組織が強くなる方法は、給与ではなく、『空気』である」

では、その企業は、何を、すべきだったのか。

答えは、シンプルだ。

まず、ウォーターサーバーの張り紙を、外す。

「このサーバーは、みんなで使おう」と、言う。

次に、会議を、減らす。

毎週30分の営業会議は、月1回の30分に。

その他の情報は、イントラネットで共有。

次に、稟議を、簡略化する。

100万円以下の買い物は、部長の判断一つで、OK。

次に、資料作成の時間を、減らす。

営業マンの時間を、営業活動に、当てる。

これらは、すべて、「給与を上げる」のと同じくらい、あるいはそれ以上に、効果がある。

なぜなら、社員に、こんなメッセージを送るから。

「あなたたちを信じています」

「あなたたちが営業活動に、時間を使うことを、認めます」

「判断を、あなたたちに、委ねます」

その会社の離職率は、業界平均で、25%だった。

もし、これらの施策を導入すれば、離職率は、半減する、と思われる。

その結果、採用コスト、育成コストが、浮く。

その額は、ウォーターサーバーの節約額の、数百倍だ。

つまり、経済的にも、合理的なのだ。

なぜ、多くの企業は、それを、やらないのか。

理由は、シンプル。

「見える数字」に惑わされるから。

ウォーターサーバーの水代は、見える。

だが、「優秀な人が去ることの損失」は、見えない。

見えないから、対策されない。

20年、PMをやってきて、最も学んだことは、ここなのだ。

組織が強くなる方法は、給与を上げることではない。

福利厚生を増やすことでもない。

「社員を信じる」という、たった一つの文化を、作ることなのだ。

その文化があれば、小さな無駄は、自然と、なくなる。

なぜなら、社員が、勝手に、最適化するから。

ウォーターサーバーの水だって、「これは、みんなで使うものだ」と思えば、大量に持ち帰る人は、いなくなる。

会議だって、「本当に必要な情報だけを共有しよう」と思えば、余計な会議は、自分たちで、減らす。

つまり、「信頼する文化」は、同時に、「無駄を減らす文化」でもあるのだ。

その真理を、多くの組織は、逆に、読み間違えている。

「無駄を減らすために、社員を管理しよう」

と。

ところが、本当は、逆。

「社員を信じるから、自動的に、無駄が減る」

なのだ。

エピローグ ウォーターサーバーの張り紙が教えてくれたこと

冒頭の話に、戻ろう。

ウォーターサーバーに張られた、「持ち帰り禁止」の張り紙。

それは、その企業の本質を、すべて、表していた。

その張り紙が、赤字で、ゴシック体だった理由。

それは、経営層が、「これは、重要な問題だ」と、思ったからだ。

ところが、本当の問題は、その張り紙の向こう側にある。

「社員を、どう見ているのか」

「信頼するのか、疑うのか」

という、組織文化の根本的な問題。

私は、その張り紙を見た時、この企業の将来が、見えた。

3年以内に、離職率が上がり、優秀な人から、去っていくだろう。

その結果、残った人たちの負担が増え、さらに、空気が悪くなる。

そして、やがて、小さなトラブルが、大きな炎上案件に、なるだろう。

現実は、ほぼ、その通りになった。

20年、PMをやってきて思う。

組織の衰退は、不景気からではなく、管理からだ。

社員を信じられなくなった時点で、その組織の終わりは、始まっているのだ。

逆に、優秀な企業ほど、実は、細かい管理がない。

ウォーターサーバーに張り紙がない。

会議が少ない。

稟議が簡潔だ。

代わりに、信頼がある。

「やってみようか」という空気がある。

「失敗してもいい」という心理的安全性がある。

その空気の中で、人は、最大限の力を、発揮する。

給与の2倍の価値を。

時間の2倍のパフォーマンスを。

だから、私は、今、若い管理職に、こう、言いたい。

もし、あなたの会社に、ウォーターサーバーの張り紙があったら。

その張り紙を、外してみてほしい。

その一つの行動が、組織の空気を、変え始めるのだから。

本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。


このテーマ、続編があります

今回の「小さな管理が組織をダメにする」というテーマは、実は、もっと広がりがあると思っています。

これから、こういう角度でも、書いていきたいと思っています。

「『報告・連絡・相談の義務』が、実は、心理的安全性を奪っている理由」——ルール化された報告は、信頼を減らす

「会議の数で、その企業の健全性が分かる」——多い企業ほど、意思決定が遅い本当の理由

「稟議という名の『責任逃がし』」——決定権を分散させる企業は、決められない企業

「資料作成の時間が社員を疲弊させている」——本当にやるべきことができない企業の典型

「『できない理由』を聞く文化が、組織を弱くする」——管理職の質問の角度が、その企業を決める

続きを、楽しみにしていてほしい。


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