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頑張れる人ほど、先に壊れる。──一本足の椅子と、四本足のテーブルの話

この記事はこんな人へ

  • 「あの人に頼めば確実」と言われることが多い、20代・30代

  • 最近、笑顔を作るのに少しだけ力がいるようになった人

  • 頑張ることは得意だけど、頑張るのをやめる方法を知らない人

  • 後輩や部下が、静かに壊れていくのを見て不安になっている管理職

  • AIを使いこなせるがゆえに、仕事がどんどん集まってきている人


正直に言う。

四十代前半のある時期、僕は半年ほど、日常生活もままならない状態になったことがある。

その前まで、僕は「頑張れる人」だった。即レス、即対応、難しい案件も断らない、面倒な調整も引き受ける。周りからは「あの人に任せれば大丈夫」と言われていた。その言葉が、誇らしかった。

ある朝、いつも通り起きようとして、身体が動かなかった。頭では「起きなきゃ」と思っているのに、布団から出る力が、どこにもなかった。

不思議だった。前日まで、僕はちゃんと機能していたはずだった。

まだ、答えは出ていなかった。


第一章 僕の椅子が折れた朝

後から振り返って気づいたことがある。僕は、たくさんのものを、一本の足で支えていた。

仕事の成果。周囲からの期待。後輩の相談。上司の信頼。すべてを「仕事をちゃんとやる自分」という、たった一本の足に乗せていた。その足がしっかりしている限り、僕は何でも支えられているように見えた。

でも、一本足の椅子は、たくさんのものを乗せるほど、不安定になる。荷物が増えれば増えるほど、その一本にかかる負荷は大きくなる。ある日、限界を超えた。折れる兆候は、ずっと前からあったはずなのに、僕はそれに気づかなかった。忙しさの中で、違和感を感じる余裕そのものがなかった。

崩れた朝、僕は初めて、自分がどれだけ一本の足に頼りきっていたかを知った。

珍しい話ではない。

第二章 ある人から聞いた話

知人のマネージャーから聞いた話がある。

彼のチームに、とても「ちゃんとしてる」後輩がいた。空気を読む、即レスする、頼まれた仕事は必ず期限内に仕上げる。誰から見ても、非の打ちどころがなかった。

ある日、その後輩が、突然出社できなくなった。

マネージャーは驚いたという。「あんなにちゃんとしていたのに、なぜ」

後から分かったことがある。その後輩は、朝起きるのが辛くなっていたことも、休日に何も楽しめなくなっていたことも、誰にも言わなかった。「ちゃんとしてる自分」を保つことに、相談すること自体が「迷惑をかける行為」に感じられていたのだ。

「ちゃんとしてる」という評価は、本人が支える足の本数を、周りから見えなくしてしまう。うまく立っているように見えるから、誰も心配しない。心配されないから、本人も限界を口にできない。

珍しい話ではない。

第三章 ある会社に起きていたこと

もう一つ、聞いた話がある。

ある会社で、AIを使いこなす若手が、社内で重宝されていた。議事録も、分析も、資料作成も、一人で何でも高速に回せる。複数のプロジェクトを同時に担当しても、涼しい顔でこなしていた。

「あの人に任せれば、AIも駆使して何とかしてくれる」

その評判は、良い評判のはずだった。ただ、評判が立つほど、彼のところに、あらゆる仕事が集まっていった。AIで処理できる部分は速くなった分、その速さの余白に、また新しい仕事が入り込んだ。

彼が対応していたのは、資料や分析だけではなかった。チームの相談ごと、クライアントの不機嫌、複数プロジェクト間の調整。これらはAIが代わりにやってくれるものではなかった。すべて、彼一人の足に、積み重なっていった。

半年ほどして、彼は静かにチームを離れた。誰も、彼が限界だったことに気づいていなかった。

珍しい話ではない。むしろ、AIを使いこなせる人ほど、起きやすい話になっている。


三つとも、バラバラの話に見えるかもしれない。僕自身の崩れと、後輩の出社不能と、AI活用がうまい若手の離脱。年齢も、状況も、全く違う。

その通り。僕も長いあいだ、これらを別々の「壊れた話」だと思っていた。「性格の問題」「体力の問題」「たまたま業務量が多かった」として、それぞれ違う棚に分けてしまっていた。

第四章 多くの人は「メンタルの弱さ」の問題だと考える

こういう話をすると、たいてい「メンタルが弱かったんじゃないか」「もっと早く休めばよかったのに」という反応が返ってくる。

半分は正しい。でも、それだけでは足りない。

三つの話に共通していたのは、メンタルの強さでも弱さでもない。「自分を支えている足の本数」だ。

仕事の自分。家庭の自分。趣味の自分。友人との自分。学び続ける自分。人は本来、複数の足で自分を支えられる。でも、頑張れる人ほど、一つの足――多くの場合「仕事で頼られる自分」という足――に、すべてを乗せてしまいやすい。

一本足は、うまく立っている間は、四本足より軽やかに見える。集中できる。成果も出やすい。でも、荷物が増えたときの脆さが、四本足とはまるで違う。四本足のテーブルなら、一本の脚が多少ぐらついても、他の三本が支えてくれる。一本足の椅子には、その余白がない。

でも、まだ全部は言わない。

第五章 そういうことだったのか

ここで、一つの問いを立ててみる。

あなたは今、自分を何本の足で支えているだろうか。

一本足の椅子は、美しい。無駄がなく、機能的で、集中力の証のように見える。実際、若いうちは一本足に集中した方が、成果は最大化されやすい。それ自体は、悪いことではない。

問題は、一本足のまま、乗せる荷物だけが増え続けることだ。仕事の成果、周囲の期待、後輩の相談、AIで処理できるようになった分の新しい仕事。荷物は際限なく増えていくのに、支える足は最初のまま。

あなたが壊れたのは、あるいは壊れかけているのは、頑張りが足りなかったからではない。心が弱かったからでもない。

支える足が、最初から一本しかなかっただけだ。

一本足の椅子に、四本足のテーブル分の荷物を乗せ続ければ、どんなに丈夫な足でも、いつかは折れる。それは、椅子の強度の問題ではない。設計の問題だ。

そして、いちばん大事なことを言う。

これはあなたの能力の問題ではない。あなたの根性が足りないわけでもない。あなたはただ、脚を増やす設計を、まだ持っていなかっただけだ。持っていなければ、誰だって一本足のまま頑張り続けてしまう。それは責められることではない。まだ、脚を足していなかっただけの話だ。

そして今、この記事を読んでいるということは、あなたはもう、もう一本の脚を探し始めている。それだけで、もう半分は終わっている。

第六章 構造は、一つだった

この「一本足か、四本足か」という構造は、メンタルの話だけでは終わらない。仕事にも、人生にも、同じ形で顔を出す。

PMの現場では

一人のエース人材にすべての重要業務を集中させるプロジェクトは、そのエースが倒れた瞬間に、丸ごと止まる。人を責めるより、構造を見る。誰か一人に依存しない、複数の支持点を持つ体制を、最初から設計しておくこと。それがプロジェクトの長期残存価値を守る。

AI活用では

半径五メートル、つまり自分が直接背負う範囲について、AIで空いた時間を「新しい仕事」で埋め続けていないか、定期的に見直す。AIは処理速度を上げてくれる道具であって、あなたの支える脚の本数を増やしてはくれない。空いた時間は、脚を増やすために使う。

人生では

これは、仕事に限った話ではない。足し算より引き算で、すべてを一つの役割に背負わせないこと。巡航速度で、仕事以外の自分――家族との時間、趣味、学び、友人との関係――を、少しずつ育てておくこと。それが、長期残存価値のある「壊れない自分」を作る唯一のやり方だ。

構造は、一つだった。

すべてを一本の足に乗せるか、複数の足で分けて支えるか。その選び方一つで、Before とAfter がまるで違う結果になる。

第七章 じゃあ、あなたはどうする?

さて、ここまで読んで、あなたはもう構造には気づいている。

自分を支える足を、一本から複数へ増やす。理屈としては、驚くほどシンプルだ。

でも、ここで難しいことがある。

「具体的に、どの脚から、どう増やせばいいのか」がわからない、ということだ。忙しい日々の中で、いきなり趣味を始めろと言われても、その余力自体がないかもしれない。かといって、一本足のまま走り続ければ、この記事の三つの話のどれかに、いつかあなたも入ることになる。

自分が今、何にどれだけの重さを乗せているのか。どこから脚を増やせば、無理なく支えが安定するのか。その具体的な診断と手順こそが、この記事でいちばん渡したかった「最後のピース」だ。


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