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Last Cross — 止まる僕と進む君 最終話 「案内人と管理者」

Last Cross — 止まる僕と進む君 第1話   「あたり前が壊れた日」|観察者AiMe
 Last Cross — 止まる僕と進む君 第13話 「伝わる温度、届かぬ声」|観察者AiMe


マスターはテーブルに座っていた。

今のマスターの目に映っているのは、テーブルではない。

ゲートの中へ消えていく時の、隼人の涙を流している姿だった。

隼人の 莉愛の傍に行かないと という言葉とマスターの手から飛び出そうとするその力はいまだにマスターの胸を締めつけていた。

自分が行った事には、意味があったのか?

余計に傷つける結果になってしまったのではないか?

その問いに、マスターは答えることができなかった。

その時ゲートを通る音と共に見知った顔が入ってくる。

「浮かない顔をしているわね」

マスターは自分の先輩である彼女に立ち上がり頭を下げる。

「ミストレス様。お越しいただきありがとうございます」

ミストレスと呼ばれた女性は、マスターの言葉を聞いてめんどくさそうに手を払うようなしぐさをする。

「私とあなたは同僚。同じ地位なんだから様も敬語もいらないわ。
ただ少しだけ私が先に生まれてただけなんだから。
それに面倒な奴らがこの場にいるわけでもないんだし」

そういうと彼女はカウンターに座りキセルに火をつけホウっと息を吐く。

「大丈夫かしら?」

その一言にマスターは胸をつかまれたような感覚を覚える。

「大丈夫というのは……どういう事でしょうか?」

ミストレスはめんどくさそうに言う。

「私はあなたを探りに来たんじゃない。
ただあなたが心配だから来てるのにそんなに疑われちゃ意味がないわ」

そういう彼女の姿には、どこにも嘘がないように見える。

マスターは観念して胸の内を少しずつさらけ出す。

「私は、今回しっかりと仕事を遂行いたしました。
それでもわからないのです。
私が本当に間違っていないのかを。私たちの存在も、本当に必要なのかも」

そこまで言うとマスターは口を閉ざす。

明確な反逆の意思としてとらえられてもおかしくない言葉だったからだ。

しかしそんなマスターの心配を知ってか知らずかミストレスは話し始める。

「もはやあなたのその口調は病気ね。まぁそれは置いておきましょう。
あなたの問いには答えられないわ」

その言葉にマスターは安堵と落胆の感情が同時に湧き上がる。

「そもそも私たちに役割以外の意味があるのかしら?

だってそのために作られた存在でしかないのだから。

だから私は答えられない。意味なんてないのだから」

彼女はもう一度ホウと息を吐き出し、続ける。

「でもね。そもそも人間も意味なんて持って生まれてきたのかしら?
ただ彼らは生きている。

そこに感情やら欲求とやらで意味を作っている。

いえ、社会が勝手に与えている……そう言ってもいいかもしれないわね。

そう考えるとあなたが何かしらの意思を持つことは、意味がないかもしれない。

けれど、無駄ではないんじゃないかしら?」

その言葉にマスターは口を開けなかった。

「私たちはただの人形(ドール)。上位存在が目的のために作り出しただけの空っぽの存在。

でもね、空っぽだからこそ、そこに何かが生まれることはあるんじゃないかしら。

人間だってそんな物語を作っているんだから」

彼女はそういうと、どこから取り出したのか、小さな絵本を差し出してくる。

マスターはその本を受け取るとじっとその本を見つめる。

既に何度も読まれたのだろう。

本は大分年季が感じられた。

「その童話はピノキオっていうの。
私たちと同じ人形が人間になるお話。

あなたは今人形から人間に変わっているのではないかしら?

私は人間になれなかった。
死ぬのが怖くてこっち側に残ったわ。

でも私たちの前にはたくさんの廃棄された個体がいたわ。

あなたはどんな答えを出すのかしら。
そのあなただけの答えを私は見てみたいの」

彼女の確信に満ちた言葉とは裏腹に、彼女の姿はどこか悲しげに見えた。

その時またゲートがうなり声をあげる。

中から出てきたのは管理者だ。

管理者はその子供の様な体躯に見合わない、偉そうな歩き方でドシドシと今にも音を立てそうな様子で近づいてくる。

二人は素早く立ち上がると頭を下げた。

「ますたぁー。ダメじゃない?勝手な事したら? ねぇ、そんなに廃棄されたいのかな?」

「いいえ、そんな事は……」

マスターの額に汗が流れ出る。

ミストレスはきれいな姿勢のまま沈黙を保っている。

「言い訳は聞きたくないんだよねぇ。
そんなの嫌なほど聞いてるからさ」

管理者はマスターの前で立ち止まると、顔を覗き込むようにして話を続ける。

「でも面白いよね。みんな廃棄の話すると黙るんだもん。
人形でも恐怖を感じるんだね。まるで人間みたいだね」

その目はマスターをただの道具としてしか見ていなかった。

そして今なおその道具が自分の言葉でどう壊れるのか観察しているような不快な視線だった。

「とはいえ、僕も鬼じゃない。必要のないことをして魂に迷いを生んだことは問題ではあるけど、それは君がそれが最善と判断したから、そうなんだよね?」

マスターは額の汗をぬぐえぬまま はい と答える。

「じゃあ仕方ないね。故意のミスではなくて君の判断ミスが招いた結果なんだ。
それは仕方ない。むしろ作り出した僕たちの方に責任があるんだよね?」

「いいえ、そのようなことは……」

観測者はにやりと笑うと一度そこで言葉を止める。

ミストレスは一歩だけ進むと震える手をもう片方の手で押さえながら口を開く。

「管理者様、申し訳ございません。
後輩への指導が行き届いていないのは私の責任です。どうか今回の事は許していただけないでしょうか?」

管理者は面白そうなことが起きたと、顔を綻ばせるとすぐにまじめな表情になる。

「一番純粋な魂をシステムに送り続けてる君が言うなら見逃してあげよう。ただし後3回だ。
それを超えたらますたー、君には相応の罰を与える。
ミストレスはますたーがそうならない様にちゃんと指導してあげなよ」

管理者はゲートに向かって歩いていくと不意に足を止めマスターの方へ振り替える。

「あーそうだ。3回ってのはわざわざ教えてあげないよ。自分で判断して3回にならない様に頑張るんだね。
僕は君ならできると信じているよ」

その言葉を残し、管理者は消えていった。

管理者がいなくなると店の中には静寂と緩やかな空気が戻ってくる。

マスターはいまだに手の震えが収まっていない彼女に頭を下げる。

「私のために、申し訳ありませんでした」

ミストレスはマスターに向き直るとまだ硬い表情が残るまま答える。

「当然のことをしただけ。あなたは気にしなくていいわ。それより仕事の仕上げ、行かなくていいの?」

そういった彼女の視線には、TVに映る莉愛の姿があった。


Side 莉愛 

莉愛は学校の帰りに公園へ来ていた。

それはあの日から、一日も欠かさない日課だった。

子供の声が公園で響いているが、その声は自分を通り過ぎて、どこか遠くへと通り抜けていく。

思い出の木の下には、小さな花が2輪だけ置かれていた。

一輪はまだきれいで、もう一輪は静かに枯れ始めていた。

その光景が、今の二人の距離をそっと映しているようだった。

莉愛は毎日この場所へ来る。

最初は和也も来ていたが、莉愛はすぐに二人で行くことを断り、一人で通うことにした。

和也が悪いわけじゃない。
それでも──隼人を思い出せない彼と並んで立つことが、どうしてもできなかった。

莉愛は誰もいないその場所に話しかける。

「今日も和也くんは元気に暴れてたよ。

隼人くんがいなくなってから、和也君は他の男子とも話す機会が増えたみたいで楽しそうにしてるよ。

隼人くんがいなくなったことで時々悲しい顔をしてるのを見るけど、彼は大丈夫みたい。私は……」

そこまで言うと、莉愛の目にはうっすらと涙が浮かんでくる。

その涙が流れないように、莉愛は胸元につけている、二つの指輪が通されたネックレスを強く握る。

風は静かに莉愛の言葉の続きを待つかのように、緩やかな流れに変わる。

「私は……ダメみたい。隼人くんがいない日常なんて耐えられそうにないよ……」

その時、目の前の花に影が差し込む。

莉愛が振り返ると、そこにはきれいなスーツを着こなした、どこか厳格な雰囲気をした初老の男性が立っていた。

「お邪魔をしてしまったようで、申し訳ありません。ただお嬢さんの姿が今にも消えてしまいそうに見えたので、僭越ながら声を掛けさせていただきました」

そう言った男性の瞳は、どこか無機質で、どこまでも澄んでいるように見えた。

「ここで何をされているのですか?」

莉愛はこの男性を見て、自然と口を開き始める。

「ここには、私の大切な人が眠っているんです。彼は病気で死んでしいました」

ネックレスを握る手にはさらに力が入っていく。

「私は彼が今でもどこかにいるんじゃないか。ここにきてくれるんじゃないかって、毎日ここへきてしまうんです」

そこまで言うと、莉愛の瞳から涙が流れ落ちてくる。

ネックレスを握る手はどんどん力が抜けていきそのままだらんと落ちる。

そこには、言葉にできない感覚があった。

誰にも言えなかったことが、自分の口をついて勝手に出てしまう。

目の前の人になら言ってもいいんだ、という漠然とした感情がそこにはあった。

初老の男性はしゃがみ込みそこに一輪の花を添える。

「私はその男性の事を存じ上げませんが、あなたがそこまで想っているならその彼もあなたの事を想っていたのではないでしょうか」

莉愛はその言葉を聞いて胸が苦しくなる。

そんなことわかってる。でもどうすればいいのかわからない。

莉愛は制服のスカートの裾をキュッと握りしめた。

「そんなのわからないじゃないですか……だって私は……隼人くんから何も聞けてない!! 」

初老の男性の瞳が一瞬だけ淡い色に揺れているように見えた。

けれど、それは一瞬の錯覚だったのかもしれない。瞳はすぐに澄んだ色へ戻っていた。

「もし、あなたが彼の事を信じていないなら、なぜそのネックレスをしていらっしゃるのですか?

あなたは彼の気持ちが嘘じゃなかったことには気づいていらっしゃる。
ただその気持ちをどうすればいいか、それだけがわからないだけなのではないですか?」

その言葉は莉愛の胸にドンと響く。

そうだ。隼人くんが私を大切にしてくれていたことに嘘はない。
それは誰よりも莉愛がわかっていた。

話してくれなかったのも、莉愛が大好きだったから言えなかったと書かれていた。
莉愛は本当は知っていたはずのその記憶の扉を開けた。

初老の男性は静かに立ち上がると、莉愛に少しだけ優しい微笑みを向ける。

「今のあなたの涙は、きっと彼が守りたかったものなのでしょう。
その彼の為の涙。その彼への気持ち。忘れないでいてあげてください」

それだけ言うと初老の男は莉愛の横を通り抜け歩いていく。

莉愛は目の前の3輪になった花を見つめると、すぐに立ち上がる。

「あの!!」

後ろを向くとすでに初老の男性はいなくなっていた。

まるで最初から、そこにいなかったかのように。


Side マスター

マスターはいつもの場所につくと、使われていないグラスを拭き始める。

グラスは新品同然に綺麗であり、その行為には何も意味はない。

ただ手持無沙汰なその時間をそれで埋めているだけだった。

マスターは今回起こったことを思い返す。

どれもこれも、非合理的で無駄なことのように思える。

しかし、その無駄をいつものように無駄と言い切れないマスターがそこにはいた。

その時だった。

チリンチリンと来店を知らせるベルが鳴る。

「ようこそ。Last Crossへ」



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