Last Cross — 止まる僕と進む君 第5話 「初めての嘘と初めての温度」
Last Cross — 止まる僕と進む君 第1話 「あたり前が壊れた日」|観察者AiMe
Last Cross — 止まる僕と進む君 第4話 「一人だけ」|観察者AiMe
隼人は、胸の奥が重いまま目を覚ました。
昨日、和也と喧嘩した。 莉愛は泣きそうだった。 そして自分は── “誰か一人にしか残せない”という残酷な事実を知った。
世界は鮮明なのに、 心だけがざわついていた。
(……今日…… 和也に……謝らなきゃ)
階段を降りると、 母の「おはよう」が胸に刺さる。
味噌汁を飲んでも、 昨日ほど味がしない。
(……僕……怖がってるんだ……)
教室に入ると、 莉愛がすぐに気づいた。
「隼人くん…… 今日……ちょっと元気ないよ……?」
隼人は小さく首を振る。
「……うん。 昨日のこと……まだ引きずってる」
莉愛は心配そうに眉を寄せた。
「和也くんのこと……?」
隼人は小さくうなずく。
莉愛は、 泣きそうな顔をしながらも 無理に笑って言った。
「……大丈夫だよ。 隼人くんなら……ちゃんと向き合えるよ」
その言葉が、 隼人の胸に静かに染み込んだ。
(……僕は…… この子に……残したい……)
そのとき、 廊下の向こうで和也と目が合った。
ほんの一瞬だけ、 和也の目が揺れた。
怒りでもなく、 拒絶でもなく── 「話したい」 そんな気配が見えた。
(……和也…… ごめんね……)
(……和也と話さなきゃ)
昼休み。 隼人は決意して、和也に声をかけた。
「……和也。 ちょっと……屋上、来てくれない?」
和也は驚いた顔をしたが、 無言でついてきた。
屋上。 風が吹く。
しばらく沈黙が続いたあと、 隼人は口を開いた。
「……昨日は……ごめん。 和也の気持ちも考えずに…… 勝手に黙って……」
「……なんなんだよ。 話す気にでもなったのか」
隼人は首を振った。
「……ごめん。 それはできない」
「おまえ!! 全然……っ」
隼人は、 胸が痛むのを感じながら言った。
「違うんだ。 和也が大切だから…… 今はまだ話せない」
「……は?」
隼人は、 優しく、でも残酷な嘘をついた。
「ちゃんと話すから…… それまで……待っていてほしい」
和也は拳を握りしめ、 しばらく黙った。
そして── 小さく息を吐いた。
「……わかったよ。 信じるからな」
隼人の胸が痛んだ。
(……これで、いいんだよね……)
(……僕は今…… 初めて和也に嘘をついた……)
胸の奥に、湿った痛みが走った。
それは鋭い痛みじゃなくて、 ゆっくりと沈んでいくような、 逃げ場のない重さだった。
(……ごめん、和也…… でも……僕には……言えないよ……)
(……それでも…… 僕は……前に進まなきゃ……)
放課後。 隼人と莉愛は二人で帰った。
昨日よりも、 少しだけ距離が近い。
「……和也くんと……話したの?」
「うん。 ちゃんと……仲直りしたよ」
莉愛はほっと息をついた。
「……よかった…… 本当に……よかった……」
その声が震えていた。
隼人は、 気づけば手を伸ばしていた。
莉愛の指先が、 そっと触れる。
そして──
「……手、つないでいいかな……?」
莉愛は驚いて、 顔を真っ赤にした。
「……う、うん…… つなぎたい……」
隼人はそっと莉愛の手を握った。
温かい。 柔らかい。 確かに“そこにいる”温度。
二人は手をつないだまま歩いた。
家の近くの分かれ道に着いたとき、 隼人はふと気づいた。
(……この手を…… 放したくない……)
胸の奥が強く震えた。
だから── 隼人の方から口を開いた。
「……莉愛」
「……なに……?」
「明日…… 一緒に遊園地、行かない……?」
莉愛は一瞬固まり、 そのあと顔を真っ赤にして笑った。
「……うん……! 行きたい……!」
その笑顔は、 今までで一番心に残る笑顔だった。
隼人は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……僕は…… この笑顔を……残したい……)
視界が白く揺れ、 隼人は Last Cross に立っていた。
マスターは、 いつものようにグラスを拭いていた。
隼人 「……なんかさ、最初の頃の怖さと、今の怖さが違う気がするんだ。 死ぬって聞いた時は、ただ『自分がいなくなるのが怖かった』…… でも今は……」
マスターはグラスを止めて静かに言った。
「莉愛さんと、和也さんですね」
隼人 「うん、そう。 このままずっと3人でいられたらなって。 でもそれはできないんだって思うと……」
マスター 「そうですね。 終わりは決まっております」
隼人 「うん、わかってる。 だからさ、僕は…… 明日、莉愛をデートに誘ったんだ」
マスター 「選択なされたのですね。 あなたの手に、他の温かさが見えます」
隼人 「マスターってなんでもお見通しなんだね」
マスターは少しだけ笑った。
「なんでもではございません。 ただ、知っていることは知っているだけです」
隼人 「あ、そういえば…… マスターって何者なんです?」
マスターは少しだけ笑った。
「……魂の案内人。 そう呼ぶのが、あなたにとって一番安らぐ解釈かもしれませんね」
隼人 「……意味深だなあ」
マスター 「意味などありません。 私はただ、あなたがご自身で決めた結末を、 静かに見届けるだけの案内人ですから」
白い光がゆっくりと薄れていく。
