Last Cross — 止まる僕と進む君 第4話 「一人だけ」
Last Cross — 止まる僕と進む君 第1話 「あたり前が壊れた日」|観察者AiMe
Last Cross — 止まる僕と進む君 第3話 「見せない涙」|観察者AiMe
朝。 隼人は、胸の奥がじんわり熱いまま目を覚ました。
昨日の夜、 涙の中で決めた“あの気持ち”が まだ身体のどこかに残っている。
(……今日…… ちゃんと決めるんだ)
布団から起き上がった瞬間、 隼人は違和感に気づいた。
世界が── 昨日より鮮明だった。
光が眩しい。 空気が澄んでいる。 味噌汁の香りが胸に刺さる。
(……なんだ……これ……)
まるで、 世界が最後の輝きを見せているみたいだった。
階段を降りると、 母の「おはよう」が 昨日よりもずっと温かく聞こえた。
味噌汁をひと口飲む。
(……おいしい…… こんな味…… ずっと忘れてた……)
胸が熱くなる。
今日だけ、 世界が優しい。
今日だけ、 世界が鮮やか。
(……僕が…… “残したい”って決めたから……?)
胸の奥が静かに震えた。
学校に着いた瞬間、 隼人は思わず立ち止まった。
(……こんなに…… 色って……濃かったんだ……)
校舎の白さ。 空の青さ。 風に揺れる木々の緑。
全部が、 昨日までとは比べものにならないほど鮮明だった。
教室に入ると、 クラスメイトの声が ひとつひとつ胸に響いた。
「隼人、おはよー!」
「今日めっちゃ天気いいな!」
ただの挨拶なのに、 その温度が心に刺さる。
自然と頬が緩むのを感じる。
席に着くと、 莉愛が隣から覗き込んだ。
「隼人くん……? なんか今日、顔が明るいね」
隼人は少し驚いた。
(……僕…… そんなに変わって見えるの……?)
「うん……なんか…… 世界が……綺麗に見えるんだ」
莉愛はふわっと笑った。
「そっか…… なんか、嬉しいな……」
その笑顔が、 昨日よりもずっと眩しかった。
胸が痛い。
(……こんな世界…… もっと見ていたかった……)
そのとき、 後ろから和也が声をかけてきた。
「おい隼人。 今日なんか変じゃね?」
隼人 「え……?」
和也 「朝からずっとだよ。 顔がスッキリしてるっていうか…… 逆に怖いんだけど」
隼人 「そ、そんなことないよ」
和也はじっと隼人を見つめた。
(……気づいてる…… 和也は……僕の変化に……)
胸がざわつく。
授業が始まっても、 黒板の文字が鮮明すぎて 逆に胸が苦しくなった。
(……今日…… 本当に……最後みたいだ……)
世界が美しすぎて、 痛かった。
放課後。 3人で帰り道を歩いていた。
夕日が差し込む道は、 昨日よりもずっと鮮やかだった。
莉愛が隼人の横で笑っている。 その笑顔が胸に刺さる。
(……こんな時間…… 本当はずっと続けばいいのに……)
そんなことを思っていたときだった。
和也が、 ふいに隼人の前に回り込んだ。
和也 「隼人。 お前……今日、絶対なんか変だよな?」
隼人 「え……?」
和也 「朝からずっとだよ。 顔が明るいのに、どっか遠く見てるみたいで…… なんか……怖ぇんだよ」
隼人は言葉に詰まった。
莉愛が心配そうに見つめる。
「隼人くん……?」
和也はさらに踏み込んだ。
「なぁ隼人。 俺たちに……何隠してんだよ」
胸が跳ねた。
隼人 「……何も……」
和也 「嘘つくなよ!」
声が響いた。
その瞬間── 隼人の横で莉愛が小さく震えた。
「……隼人くん……」
振り向くと、 莉愛は泣きそうな目をしていた。 でも、必死に笑おうとしていた。
「……大丈夫……? 隼人くん……」
その笑顔は、 涙をこらえながら 隼人を気遣おうとする笑顔だった。
隼人の胸が強く締めつけられた。
(……なんで…… こんな時でも…… 僕のこと……)
和也の怒りと、 莉愛の涙をこらえた笑顔。
その対比が、 隼人の心を揺さぶった。
和也 「なんで言えねぇんだよ! 俺じゃ頼りにならねぇのかよ!」
隼人 「違う……違うよ…… でも……言ったら…… 全部壊れるんだ……!」
和也 「壊してんのは今のお前だよ!」
隼人は何も言えなくなった。
和也は拳を握りしめ、 震える声で言った。
「……俺は…… お前にとって、 悩みも話せないようなやつなのかよ……」
隼人 「……ごめん……」
それしか言えなかった。
和也は顔をそらし、 「……もういい」とだけ言って歩き出した。
莉愛は泣きそうなまま、 それでも隼人を心配して微笑んだ。
その表情が、 隼人の心に深く刻まれた。
視界が白く揺れ、 隼人は Last Cross に立っていた。
マスターは、 ただ静かにグラスを拭き続けていた。
隼人は泣きじゃくりながら言葉をこぼした。
「……友達……いや親友と喧嘩したんだ…… 僕がいなくなることなんて言えないのに…… 和也は僕のことわかってるから問い詰めてきて…… ……そうだよね…… 和也はいつも僕を見てくれてるんだよね…… でも……言えないよ……!」
涙が床に落ちる。
マスターは黙ったまま、 しばらくグラスを拭き続けた。
やがて、 隼人の呼吸が落ち着いた頃──
マスター 「……和也さんは、 “話さないあなた”に 何を感じたのでしょうね。」
隼人は顔を上げた。
マスター 「あなたの苦しみは、 よくわかります。」
「ですが── 今のあなたは、 和也さんの心が見えていますか?」
隼人の表情が、 はっと変わった。
(……僕…… 自分の苦しさだけに 目を向けていて…… 和也の気持ち…… ちゃんと見てなかった……)
マスターは隼人の手元に視線を落とした。
「それよりも── あなたのその手。」
隼人は自分の手を見た。 昨日よりも、 さっきよりも、 ほんの少しだけ温かい。
マスター 「あなたは今日、 “誰かに伝えたい”と 決めたご様子ですね。」
隼人の胸が震える。
マスター 「では…… あなたにひとつだけ “事実”をお伝えしましょう。」
隼人は息を呑む。
マスター 「あなたは── 一人にだけ。 存在を残すことができます。」
白い光が広がる。
気づくと隼人は、 自分の部屋の床に座り込んでいた。
(……一人にだけ…… 存在を残せる……)
和也の声が胸に響く。
(……俺はお前の親友だろ……)
隼人は胸を押さえた。
(……僕は…… ちゃんと向き合わなきゃ…… 和也とも…… 莉愛とも……)
ふと、 自分の手を見る。
昨日よりも、 さっきよりも、 少しだけ温かい。
その“誰か”の顔が浮かぶ。
泣きそうになりながら、 それでも僕を心配して笑ってくれた人。
まだ手も握ったことはない。 でも── その距離が、誰よりも近かった人。
(……莉愛……)
胸が震えた。
(……僕は…… 莉愛に……残したい……)
隼人は、莉愛の笑顔を浮かべながら、静かに、しかし力強くこぶしを握り締めた。
