Last Cross — 止まる僕と進む君 第11話 「主だけがいない部屋」
Last Cross — 止まる僕と進む君 第1話 「あたり前が壊れた日」|観察者AiMe
Last Cross — 止まる僕と進む君 第10話 「響く声」|観察者AiMe
莉愛は、あふれる涙をぬぐいながら隼人の家へ向かった。 足が勝手にそっちへ向かってしまう。
そこに行けば── 今までのことが全部、何かの悪い冗談で。
泣いている自分を、少し困った顔で迎えてくれるんじゃないかって…… そんな都合のいいことを、まだどこかで信じてしまうから。
夕日は、莉愛の背中を押すように沈んでいく。
まるで“急げ”と言われているみたいだった。
隼人の家に着くと、莉愛は流れる汗をぬぐい、息を整えた。
目の前の呼び鈴に、視線が吸い寄せられる。
これを押せば── 隼人の優しい声が聞こえるはずだ。
そう思った瞬間、指が震えた。
押せない。 まるで、莉愛の望みをあざ笑う“何か”が、指をつかんでいるかのように。
どれくらいの時間、そのままでいたのだろう。
ピンポーン
という音が鳴る。
莉愛は、気づけばボタンを押していた。
呼び鈴の音が消えると、静寂がその場を支配した。 心臓の音だけが、耳の奥で響き続ける。
その時──
中から、ゆっくりと鍵を開ける音がした。
出てきたのは、隼人のお母さんだった。
「あら……莉愛ちゃん……ごめんね……こんな姿で……」
その目は真っ赤に腫れ、声は鼻声のままだった。
「なぜかね……涙が止まらないのよ……大切な誰かがいなくなったような、そんな気がして……こんなの変よね……莉愛ちゃんに言ってもどうしようもないのにね……」
莉愛は指輪のついた左手で自然と自分の胸元をぎゅっとつかんでいた。
「おばさん……隼人くんです。
おばさんの息子さんの隼人くんです。
隼人くんが……いなくなっちゃったんです」
莉愛は祈るように隼人のお母さんを見る。
「はやと……?」
隼人のお母さんは、苦しそうに眉を寄せた。
「わからないわ……私は……そんな人知らないわ……」
そう言いながらも、さっきよりも深い痛みを抱えたように、 目から涙がこぼれ落ちる。
莉愛は震える手でポケットを探り、 隼人の手紙を取り出すと、そっと差し出した。
「これは……隼人くんが私に残してくれた手紙です……これを読めば少し理解できると思います……」
隼人のお母さんは、ゆっくりと手紙を受け取った。 震える指先で封筒を開け、紙を引き出す。
そして── 一行目を読んだ瞬間、 その場に崩れ落ちた。
「この字を……私は知ってるわ……」
震える指で紙をなぞりながら、声が漏れる。
「なんで……
なんで我が子のことを思い出せないのよ…… あの子は……どこにいるのよ……」
隼人のお母さんは、泣き崩れたまま床に手をつき、 震える肩をどうすることもできなかった。
莉愛は、その姿を見て胸が締めつけられる。 指輪のついた左手が、無意識に胸元をぎゅっとつかんだ。
「おばさん……」
莉愛は、涙でにじむ視界のまま、そっと声をかけた。
「私……隼人くんの部屋に入りたいんです」
隼人のお母さんは、ただただ、頷く。
莉愛は頭を下げてその横を通り階段へ向かう。
階段はまるで深淵へ続く道のように暗く、階段を上る莉愛の足に酷く重い圧力をかけていた。
一歩、一歩登っていく。
一段一段息を吐きながら。
莉愛は部屋の前につくと、指輪のついた左手を胸の前に置き一度大きく息を吐きだし、扉を開ける。
莉愛は一瞬だけ口元が緩んだ。
懐かしい匂いがした。
いつもそばにあったのに、もう感じることができないものが、そこにはあった。
家具はある、生活していた痕跡もある、ただ隼人だけがいない。
隼人のいない部屋は、薄暗く、まるで空白になったかのようにそこに存在していた。
莉愛は息をのむ。
力のない足取りで部屋の中へ入り、部屋の中央へ行くと莉愛の足は力なく体を沈めこんでしまう。
「隼人くん……なんで……どこにもいないの……」
届くべき相手がいない、その声は部屋の中に響き渡る。
莉愛が泣き続けていると、ふと視線が机の上へ向く。
開けられたカーテンから刺す冷たい光はそのノートを照らしていた。
莉愛は震える足にそっと力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
立たなければならない──そんな確信だけが、彼女の身体を動かしていた。
莉愛は机に座ると静かにノートを開く。
開かれたページには、6日前の日付が淡く残っていた。
隼人の字で、それは書かれていた。
最初の方には、自分の死への恐怖がたくさん書かれていた。
理不尽な死に対する感情がそこにはあふれていた。
しかし日を追うごとに内容は変化をしていった。
3人で過ごした日常。
その大切さ。
そして後半は莉愛の事ばかりが書かれていた。
短いノートはすぐ読み終わってしまい、莉愛は空白のページをめくり続ける。
部屋の中には莉愛のすすり泣く声と、ページをめくる音だけが響いていた。
