ちょっと怖い話
Vol.1 『犬にワインを見せたら「ワイ〜ン」と鳴いた』
役に立つかは貴方次第!
他力本願。
しかし未来志向のワインコラム
この文章は、ある**ワインバーの店主**が会計ミスをきっかけに遭遇した、奇妙で少し恐ろしい出来事を綴ったコラムです。多忙な営業中に**300円を3000円と打ち間違えた**店主に対し、数日後、客の女性が威圧的な男性を同伴して完璧な備忘録と共に返金を求めて現れます。店主は自身の非を認めて謝罪しますが、その背後に透けて見える**男女の駆け引きや街特有の人間模様**に、言いようのない寒気を感じたと回想しています。物語の終盤では、この苦い経験を、夜の商売の厳しさを情緒的に表現しています。最終的に、このエピソードは自身の**危機管理への教訓**へと結びつけられています。
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ちょっと怖い話
先日の話だ。
恥ずかしいことに、私はミスをした。
会計時、
300円を3000円で打ち間違えた。
全面的に、私が悪い。
言い訳の余地もない。
ただ、少しだけ話を聞いてほしい。
⸻
その日は風の強い土曜日だった。
私はいつも通りワンオペで店に立っていた。
忙しかった。
本当に、てんやわんやだった。
そこに、親子二人組(母と娘)が来店した。
母親の方は以前にも来たことがあるらしく、
妙に丁寧で、妙に謙虚な人だった。
……が、注文は容赦がなかった。
料理、ワイン、料理、ワイン。
娘さんは気が強そうな目つきで、
こちらをじっと見ている。
必死にこなす私。
そして、あっという間に時間は過ぎ、会計へ。
本来なら、
「……あれ?」
と気づくはずだった。
だがその日は、余裕がなかった。
計算機を一発叩き、
そのまま金額を伝えてしまった。
ニコニコと帰っていく親子。
私は、何の疑問も持たなかった。
⸻
週明け、まだ肌寒い月曜日。
19時ジャスト。
開店と同時に、二人組が現れた。
一人は、土曜日の母親。
もう一人は、
長身・長白髪・眼鏡・マスク。
一切こちらを見ない、寡黙な男性。
手には、
計算機と、メモ。
嫌な予感がした。
母親が言う。
「土曜日の会計が合わんで、ちょっと確認させてもらえますか?」
続けて、こう言った。
「うち、飲み食いしたもん、全部覚えとるんです」
差し出されたメモ。
そこには、
注文した品名と金額が、すべて書かれていた。
伝票と照合する。
……ここで、私のミスが発覚した。
追加で出したバゲット300円。
それを、3000円で請求していた。
完全に、私の落ち度だ。
私はすぐに頭を下げ、
事情を説明し、返金をした。
これで終わる。
そう思った。
だが、その間ずっと、
横で例の男性が、
計算機をバシバシ叩いている。
無言で。
一度も、目を合わせない。
気になって、聞いてしまった。
私「……どちら様ですか?」
男性
「……いや」
私「お名刺か何か……」
男性
「……いらん」
私「顧問弁護士さんか、会計士の方ですか?」
男性(おっさん)
「……いや、こんなとこに弁護士なんか来んじゃろ」
最後まで、
一度も目を合わせてくれなかった。
帰り際。
男性(おっさん)
「どう? 納得したん?」
母親
「うんっ♡ 助かった〜、ありがとう♡」
そして、満面の笑みで。
「また来ま〜す♡」
……完。
⸻
私は、その場でしばらく動けなかった。
申し訳なさで、胸がいっぱいだった。
今回は、全面的に私が悪い。
ただ一方で、
こんなことも頭をよぎった。
――私の見た目が怖かったのだろうか。
フィリピンで詐欺か強盗で収監されていそうな顔。
(※自覚はある)
女性一人で抗議に来るのが、
怖かったのかもしれない。
気を遣わせたのだと、
そう思うことにした。
⸻
その後、
一人で来店した常連の建設会社の社長に、
一部始終を話した。
社長、即答。
「はぁ!? ここ、ファミレスじゃないんど!」
「こんな端数でガタガタ言う奴ぁ、このZ町の客じゃないわ!クワッ!」
……まあ、
言いたいことは分からなくもない。
ここはZ町。
勝っている人間が集まる街。
魑魅魍魎が跋扈する、Xビル。
だが今回は、
全面的に私のミスだ。
⸻
さらにその後、
遅れて来店した社長のお連れと思しき女性(多分、奥様ではない)にも話した。
すると、彼女は笑いながら言った。
「それマスター、その女の人のダシに使われとるだけよw」
「その男、多分同じ会社か、狙っとる男じゃろ」
「『いや〜ん、ぼったくられた〜。
マスター反社っぽいけん怖い〜。付いてきて〜♡』
……って言われとるんよw」
社長、すかさず。
「そら~、今ごろあいつら……ホテルで……ぐへへ」
「キャハハ!ちょっとやだ〜、もう〜w」
……なんちゅう下世話な。
だが、
あぁ、そうだ。
ここはZ町だった。
艶っぽい男女の話に、
すぐ華が咲く街。
邪推だ。
そう思いたい。
……だが。
あの母親の特攻精神。
あの用意周到さ。
考え出すと、
少しだけ、背中が冷えた。
⸻
兎にも角にも、
今回は全面的に私のミスである。
私はすぐにSNSで謝罪文を投稿し、
危機管理に徹した。
この失敗を、次につなげたい。
……にしても。
「こんなとこ」って、
なんやねん。おっさん、コッラ。

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酸の高い赤ワインは、人の気配をよく映す。
ほんの小さなミス。300円のバゲット。
だが夜の街では、それが小さな事件になる。
グラスの底に残るのは、果実味ではなく、
少しだけ苦い余韻。
バルベーラ。
夜の商売には、
このくらいの酸がちょうどいい。
