知るメモ|【Z世代】|A世代は300年以上前?~Xから始まる世代呼び起源!
「いやあ、やっぱりZ世代の感覚はわからんよ。彼ら、出世欲がないんだもん」
ため息まじりに語るスーツ姿の中年男性。
おそらく彼自身は就職氷河期を生き抜いた、バブルか氷河期世代、またはその少し下の世代。
今やテレビをつけても、ネットの記事を開いても、やれ「Z世代のトレンド」だの「Z世代の消費行動」だのと、このアルファベットを見ない日はありません。
この何とか世代は昔からありますが、なぜZ世代だけアルファベットなのかと奇妙な違和感をずっと感じていました。
海外では今はZ世代。その前がY世代、そしてX世代です。
さらに最近ではZの次として「アルファ(α)世代」なんて言葉も登場しています。
だとしたら、「A世代」はどこにいったのでしょうか?
単純計算してみましょう。
社会学的に「1世代」はだいたい15〜20年周期で区切られます。
Zはアルファベットの26番目。
もしA世代から順に名付けられていたとすれば、Z世代から25世代さかのぼることになります。
20年 × 25世代 = 500年前。 15年 × 25世代 = 375年前。
つまり、A世代が生きていたのはおおよそ1600年代〜1700年代。
日本で言えば江戸時代、徳川家光や綱吉の時代です。
「最近のA世代は、参勤交代のコスパが悪いとか言い出して困る」
当時の老中たちがそんな愚痴をこぼしていた……なんて歴史的事実は、当然ですが存在しません。
私たちはなぜ、Aからではなく、いきなり「X」という中途半端な場所から世代を数え始めたのでしょうか。
今回は、世代呼称がどのように生まれ、なぜXから始まったのかを歴史の流れに沿ってたどってみます。
「世代」を名付けるとはどういうことか
同じ時代に生まれた人々が、同じ社会的事件・技術・文化に晒されて似たような価値観や行動様式を持つ。
これが「世代(ジェネレーション)」という概念の出発点です。
ただし、世代区分に唯一の正解はないという点。
研究機関によって定義の年代幅が数年ずれることもあり、アメリカ発の概念もあれば、日本や他国から独自に発生している呼称も当然あります。
世代論はあくまで「傾向を語るための道具」であって、個人を断定するレッテルではない。
それを踏まえたうえで、世代呼称がどこから来たのかを見てみましょう。
「失われた世代」すべての始まりはパリのガレージだった
世代に名前がついた歴史の中で、特に象徴的な出来事があります。
1920年代のパリ。
第一次世界大戦(1914〜1918年)を生き延びた若者たちは、塹壕で凄惨な経験を積み、帰国後も拠り所を失ったような感覚を抱えていた。
作家のアーネスト・ヘミングウェイもそのひとりで、当時のパリには彼と同様に「戦後の虚無」を抱えた作家・芸術家が集まっていたのです。
ある日、文学サロンを主宰していた作家ガートルード・スタインが、自動車修理工場で耳にした一言を、若いヘミングウェイたちにに向けて繰り返し言っていた。
修理工場のオーナーが若い整備士(戦争帰りの青年)を叱りつけて言った言葉。
「お前たちはみんなune génération perdue(失われた世代)だ」と。
スタインはそれをヘミングウェイに向けてこう転用した。
「それがあなたたちよ。戦争に行ったあなたたち若者は、みんな失われた世代なの」と。
ヘミングウェイはこの言葉を1926年の小説「日はまた昇る(The Sun Also Rises)」の冒頭に引用し、
「ロスト・ジェネレーション(Lost Generation)」
という呼称が世界に広まった。
おおむね1883年〜1900年生まれの人々を指す世代呼称です。
「最も偉大な世代」と「沈黙の世代」
ロスト・ジェネレーションの次に生まれた1901〜1927年頃の世代。
この世代は、「最も偉大な世代(The Greatest Generation)」と呼ばれる。
この呼び名を広めたのはアメリカのニュースキャスター、トム・ブロコウが1998年に著した同名の書籍です。
大恐慌と第二次世界大戦という二つの大きな試練を乗り越えた世代への敬意が込められている。
日本では「戦前世代」や「大正・昭和一桁世代」と呼ばれることが多く、大恐慌(昭和恐慌)・第二次世界大戦(太平洋戦争)を青壮年として経験した世代です。
アメリカでは「戦争に勝って世界を救った偉大な世代」ですが、日本では同じ戦争を「敗戦・焼け野原」として経験した世代になります。
続く1928〜1945年頃生まれは「沈黙の世代(Silent Generation)」と呼ばれる。
この名称が初めて活字になったのは1951年の雑誌「タイム」の記事で、「今の若者は声を上げない」という観察から生まれた表現だった。
ベビーブーマーという巨大世代の前後に挟まれ、社会的存在感が薄いと見られたことも「沈黙」のイメージに重なっている。
日本では「焼け跡世代」「昭和一桁〜二十年代生まれ」などと呼ばれます。戦後の混乱期を子ども・若者として過ごし、高度経済成長の土台を作った世代です。
そして戦後の好景気と出生率急上昇を背景に生まれたのが、「ベビーブーマー(Baby Boomers)」(1946〜1964年頃生まれ)。
「ベビーブーム」という現象が名称に直結した、わかりやすい命名例といえる。
これは日本でも「団塊の世代」(1947〜1949年頃)として非常に有名。
戦後に兵士が帰還し出生率が急増した点はアメリカと同じです。
ただし日本の「団塊」は堺屋太一の1976年の小説が命名の起点で、アメリカのベビーブーマーより年代幅が狭く定義されています。
「X」はどこから来たのか
アルファベットの系譜は「X」から突如として始まりました。
最初に「Generation X」という言葉を使ったのは、1953年のことだった。
ハンガリー出身の報道写真家ロバート・キャパ(Robert Capa)が、雑誌「Holiday」誌上で発表した写真エッセイのタイトルとして「Generation X」を使用した。
「この名もなき世代を、我々はGeneration Xと命名した。最初の熱狂の中でさえ、私たちには自分たちの才能と財布では到底及ばないほどの大きなものを手にしたと気づいていた」
とキャパは述べている。
この言葉はその後、別のところでも再び登場する。
1964年頃、イギリスのジャーナリスト、ジェーン・デヴァーソンとチャールズ・ハンブレットが当時のイギリス若者文化を描いた書籍に同じ「Generation X」というタイトルをつけた。
この本の愛読者の一人が、イギリスのパンクロッカー、ビリー・アイドルの母親だった。
1976年、17歳のビリー・アイドル(本名:ウィリアム・ブロード)がバンドを結成する際、彼は母親の本棚にあったこの本を見つけ、バンド名を「Generation X」と名付けるのでした。
バンドはイギリスのパンクシーンで活躍し、日本でも公演を行うなど成功していたが1981年に解散する。
1982年にはソロに転身後アメリカに渡り現在も活躍している。
そして1991年、カナダの作家ダグラス・クープランドが小説「Generation X: Tales for an Accelerated Culture」を発表。
これが決定的だった。
クープランドは自著で「X」について、ポール・フッセルという文化史家の1983年の著作「Class」に登場する「カテゴリーX」社会の階層ゲームから降りようとする人々の集合に着想を得たと後に語っている。
当時、社会の主役は圧倒的に「ベビーブーマー(日本では団塊の世代)」でした。
戦後の経済成長を享受し、ロックンロールやヒッピー文化を謳歌し、社会の価値観をゴリゴリと作り上げていったエネルギッシュな世代です。
その影で、ひっそりと大人になった若者たちがいた。
1960年代半ばから1980年代初頭に生まれた彼らは、親世代のような右肩上がりの幻想を信じられず、冷戦の終結や経済の停滞といった「祭りの後」の空気の中で青春を過ごしました。
いわゆる「鍵っ子」が多く、どこかシニカルで、社会に対する強い虚無感を抱えていたのです。
「X」は、アルファベットの順番ではありません。
数学の方程式で使われる「未知数」のXです。
「俺たちを、上の世代が作った既存の枠組みや陳腐なレッテルで定義してくれるな。俺たちは得体の知れない未知数なんだ」
そんな強烈なアンチテーゼと、社会からの疎外感が、この「X」という一文字には込められていた。
何者かになることを強要する社会への静かな反逆。それがX世代の正体でした。
こうして「X」には「未知数」「定義不能」「既存のカテゴリーに収まらない」という意味が重層的に積み上がった。
X世代は概ね1965〜1980年頃生まれとされる。
惰性でつけられた?「Y」と「Z」
さて、問題はここからです。
X世代というネーミングがあまりにもキャッチーで大流行してしまったため、メディアやマーケターたちは味を占めました。
そして、次に続く世代に対して、信じられないほど適当な行動に出ます。
「Xの次は、アルファベット順でY世代でよくない?」
嘘のような本当の話です。
「Y世代」という名前は、1993年に広告業界誌「Advertising Age」がX世代の次の世代を指す言葉として初めて使い、「Generation X とは根本的に異なる世代」として紹介したのが最初とされています。
あんなに思想的でロックだった「X」の由来はどこへやら、それに続く1980年代〜90年代半ば生まれの世代は、単なるアルファベットの惰性で「Y世代」と名付けられました。
ただし、心理学者のジーン・トウェンジが「前の世代から派生した呼び名は定着しない傾向がある」と指摘したように、「Y世代」という呼び名は結局あまり定着せず、ウィリアム・ストラウスとニール・ハウが1991年の著書「Generations」の中で「ミレニアルズ(Millennials)」という言葉を提唱し、「ミレニアル世代」が主流になっていったという経緯があります。
さらに「Advertising Age」自身も2005年には「Generation Y」という呼称を使うのをやめているというオチもあります。
そしてさらに続く1990年代後半から2010年代初頭生まれが、現在話題の「Z世代」です。
これも当然、Yの次だからZというだけの理由です。
ただこちらは何処が起源かははっきりはしない。
この世代に対して「iGen(アイジェン)」「ホームランダーズ」「ポスト・ミレニアルズ」など複数の呼び名が争った結果、どれも強く押し切れず、シンプルな「Gen Z」が生き残った形です。
しかし、歴史の偶然とは恐ろしいものです。
「ただの順番」でつけられたはずのZという文字が、結果的に彼らが生きる社会構造をこれ以上ないほど完璧に表してしまいました。
Zはアルファベットの最後の文字です。これ以上先はありません。
Z世代が物心ついたとき、世界はどうなっていたでしょうか。
気候変動は引き返せない限界点(ティッピングポイント)に達しつつあり、資本主義の無限成長という神話は崩壊し、パンデミックが世界を覆い尽くしました。
「すべてが飽和し、終わりに向かっている世界」
これを初期状態として受け入れた世代です。
上の世代が信じていた「頑張れば右肩上がりに豊かになる」という前提は、この世代にとって歴史の教科書の中だけのファンタジー。
だからこそ、無駄な消費を嫌い、持続可能性を本能的に重視し、タイパをシビアに見極めます。
それは「出世欲がない」のではなく、破綻しかかっているシステムの中で、いかに自分の心が満たされた状態を守り抜くかという、極めて合理的な生存戦略なのです。
アルファベットの終わり、そしてギリシャ文字へ
「Z」はアルファベットの最後の文字だ。では次はどうする?
この問いに答えたのが、オーストラリアの社会研究家マーク・マクリンドルです。
マクリンドルは2008年のレポートで「Generation Alpha(α世代)」という言葉を提唱した。
インスピレーションの源として彼が挙げたのは、2005年の大西洋ハリケーンシーズン。
嵐の数が多すぎてアルファベット26文字のつけ方が尽き、はじめてギリシャ文字が使われた。
その出来事が、新しい命名法のヒントになったという。
「ラテン文字(アルファベット)を使い切ったあと、ギリシャ文字という科学的命名法に倣うことで、単なる世代交代ではなく、まったく新しい時代の始まりを示したかった」とマクリンドルは説明している。
α世代(Generation Alpha)は2010〜2024年生まれ
iPadとInstagramが登場した年(2010年)に始まる世代で、スマートデバイスとともに育ち、コロナ禍を幼少期に経験した。
親の世代は主にミレニアル世代にあたる。
そして2025年1月1日以降に生まれた子どもたちはβ世代(Generation Beta)(2025〜2039年生まれ予定)と呼ばれる。
AIが当たり前の世界に生まれた最初の世代であり、多くが22世紀まで生きると見込まれている。
マクリンドルによれば、この先もΓ(ガンマ)、Δ(デルタ)と続いていく見込みだという。
なぜ日本独自の「世代名」は消えたのか
ここで一つの疑問が浮かびます。
日本にはもともと、「団塊の世代」「しらけ世代」「新人類」「バブル世代」「氷河期世代」「ゆとり世代」など、その時代ごとの社会背景や経済状況を如実に表した素晴らしい(そして少し残酷な)ネーミングセンスがありました。
それなのに、なぜ「ゆとり」や「さとり」の次あたりから、突然グローバル基準の「Z世代」という横文字が日本のメディアを席巻するようになったのでしょうか。
その答えは、テクノロジーの変化にあります。
Z世代は、生まれた時から世界中と繋がるインターネットと、それをどこでも手軽に利用できるスマートフォンが存在した「真のデジタルネイティブ」です。
これが何を意味するか?
「国境よりも世代のほうが、価値観の壁として分厚くなった」ということです。
たとえば、東京に住む16歳の高校生と、ニューヨークに住む16歳の高校生。
彼らは同じTikTokのトレンドを追い、同じK-POPアイドルのダンスを踊り、同じように気候変動への不安を抱き、YouTubeで同じゲーム実況を見ています。
つまり、日本の若者たちは、同じ日本人の違う世代よりも海の向こうの同世代とのほうが「文化的な共通言語」を多く持つようになったのです。
経済がグローバル化し、情報がフラットになった結果、世代の悩みや特徴までが世界共通化してしまっている。
だからこそ、日本独自のドメスティックな呼び方ではなく、世界共通の「Z世代」というラベルが、しっくりとハマってしまったのでしょう。
◆まとめ
「Z世代だから仕方ない」と言われているように、 「アルファ世代の考え方は宇宙人だ」というようになる時代も来るのでしょう。
世代に名前をつけることは、その時代の空気を一言に封じ込めようとする試み。
うまくいくこともあれば、単純化しすぎることもある。
それでも私たちが「Z世代」という言葉を使い続けるのは、時代の空気をなんとか言葉にしたいという、人間の古くからの欲求があるからかもしれない。
またはそうやって枠に押し込めることで、自分たちの持っている古い常識が通用しなくなったという痛々しい現実から目を背けているのかもしれません。
本当は、あまりにも速く変わりすぎる世界に取り残されそうになる不安を和らげるために、ラベルを貼って安心したいだけなのかも。
パリのガレージで生まれた「失われた世代」から、β世代へ。
その連鎖の歴史を知ると、流行語のように使われているこれらの呼び名が、じつは長い歴史の積み重ねの上に立っていることに気づくでしょう。
ラベルを剥がしたその先にある生身の人間と向き合うこと。
それこそが、アルファベットのループを抜け出す唯一の方法なのだと、私は思うのです!
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それではまた次回・・・
日々の出来事から日記代わりにいろいろ書いています。
前回の記事も時間がありましたら読んでみてください。
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