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知るメモ|【「ガチ勢」の日】|なぜ美容メーカー「マンダム」が記念日を申請したのか?~相撲部屋からネットの社会へ浸透したこの言葉の意味!

「ガチ勢」
たとえば、私の友人に休日のたびにベランダで生豆からコーヒーを焙煎し、気温と湿度のデータをエクセルで管理しながら「至高の一杯」を追い求めている人間がいます。
別の友人は、名前も知られていない地下アイドルを追いかけ、毎月のように深夜バスで全国を飛び回っている。

ひと昔前ならこうした人たちは「ちょっと変わった人」「暇な人」として冷ややかな目で見られていたかもしれない。
しかし今は違う。
彼らがSNSでその狂気的なこだわりを披露すると、周りは「お前、本当ガチ勢だな!」と、どこか称賛と敬意の入り混じったトーンで反応される。
いつから私たちは、ひとつのことに異常なほど執着する「ガチ」な姿勢を、これほどまでに肯定し、憧れるようになったのでしょうか。

今回は「ガチ勢」という言葉の裏にある、単なるネットスラングの枠を超えた私たちの社会構造と感情の変化の部分を深掘りしてみます。


◆なぜ美容メーカーが「汗をかくこと」を祝うのか

2018年に「ガチ勢の日」を日本記念日協会に申請し、制定したのは、男性向けコスメブランド「ギャツビー」などで知られる「株式会社マンダム」です。
日付の由来は 「5×20=100」
つまり、100%の力で好きなものに熱中し、人生を楽しむ日、という意味が込められています。

ここで一つの疑問が浮かびます。
なぜ、汗やニオイを抑えるデオドラント製品を売るメーカーが、わざわざ「熱中して汗をかく人(=ガチ勢)」を応援する記念日を作ったのか。
この背景には、マンダムが展開する「ギャツビー」のブランド戦略が深く関わっています。

ギャツビーといえば、汗を拭き取るボディペーパーやヘアワックスなど、若者の身だしなみを支えるアイテムの代名詞。
彼らは、部活であれ、ゲームであれ、推し活であれ、何かに「ガチ(本気)」で取り組んで汗を流す若者たちを応援したい、というメッセージを込めてこの日を制定しました。
これは、非常に秀逸なPR戦略であると同時に、見事な「意味の再定義」です。

かつて、若者の間では「必死になること」はどこかダサいとされていました。
就職氷河期を経て、頑張っても報われない社会の空気が蔓延し、悟り世代と呼ばれる「過度な期待をせず、波風を立てずに生きる」スタイルがスマートだとされた時代もあった。
汗をかくことは、文字通りにも比喩的にも「スマートではない」ことの象徴だったのです。
汗をかくことには、どこかネガティブなイメージがつきまとっていました。

しかし、時代は変わった。
何かに本気で取り組むこと、泥臭く没頭することが、再びクールなものとして再定義され始めたのです。
マンダムは、「汗をかくほど何かに夢中になれるって、最高にクールじゃないか。ニオイや汗は俺たちの製品に任せて、思う存分ガチれよ」と、彼らの熱量を肯定したのです。
この2018年というタイミングこそ、実は「ガチ勢」という言葉が一般社会へと一気に市民権を得ていく転換点でもありました。

すっかり爽やかな言葉に生まれ変わった「ガチ勢」ですが、そもそも「ガチ」とはどこからやってきた言葉なのでしょうか?
そのルーツを辿ると、実はかなり「血の匂い」がする世界に行き着くのです。


◆そもそも「ガチ」って何?相撲部屋からネットの深淵へ

「ガチ」という言葉の語源は「ガチンコ」です。
これは元々、相撲界の隠語でした。
力士同士が激しくぶつかり合った際、「ガチン!」と骨と骨が軋むような鈍い音がすることから、「八百長なしの真剣勝負」を意味する言葉として使われていました。

その後、プロレス界などの格闘技全般に広がり、1990年代後半から2000年代にかけて、テレビのバラエティ番組を通じて一般世間に認知されるようになります。
そして2000年代初頭、この「ガチンコ(真剣勝負)」の略称である「ガチ」が、インターネットの海へと流れ着きます。
定着した先は、オンラインゲームや対戦型格闘ゲームのコミュニティ(主に2ちゃんねるなどの掲示板)でした。

当時のゲーム界隈では、プレイヤーのスタンスを二つに分けるようになっていました。
純粋にゲームの楽しさを味わう「エンジョイ勢
そして、勝敗や効率、ハイスコアを異常なまでに追求し、文字通り真剣勝負(ガチンコ)に命を懸ける「ガチ勢」です。

ここで注目したいのは、「勢(ぜい)」という言葉のチョイスです。
なぜ「ガチの人」「ガチオタク」ではなく、「ガチ勢」だったのか。

「勢」という漢字には、勢力、軍勢、多勢といった「群れ」や「派閥」のニュアンスが含まれています。
当時のインターネットは、今のようなオープンなSNSではなく、匿名の掲示板で日夜レスバトルが繰り広げられる「戦場」でした。
そこでは、「俺たちはただのゲーマーじゃない、勝利を追求する戦闘集団(勢力)だ」という、ある種の選民思想と連帯感が必要だったのです。

エンジョイ勢とガチ勢は、プレイスタイルの違いからしばしば対立しました。
「ガチ勢」という言葉には、「にわかには立ち入ることのできない聖域にいる者たち」という、畏怖と少しの嘲笑、そして強烈なプライドが混じり合っていたのです。

そんなヒリヒリした言葉が、なぜ今「スタバの新作を飲む女子高生」の口から飛び出すほどマイルドになったのでしょうか。
そこには、私たちの社会構造とコミュニケーションの「ある変化」が関係しています。


◆なぜ「勢力」を名乗りたがるのか?SNS時代の自己防衛

2010年代後半から2020年代にかけて、「ガチ勢」という言葉はゲームの枠を飛び出し、アニメ、アイドル、鉄道、さらには「コンビニスイーツ」や「朝活」といった日常的な趣味にまで使われるようになりました。

この背景には、「オタク」という言葉のライト化と、SNSによる自己ブランディングの台頭があります。

かつて、特定の趣味に没頭する人は「オタク」と呼ばれ、社会から少し冷ややかな目で見られていました。
しかし現在、Z世代を中心とした若者の間では、「推し」がいないことの方が珍しいとされています。
「何かに熱狂していること」は、一種のステータスにすらなっているのです。

しかし、ここで一つの問題が発生します。
SNS時代において「私はこれが好きです」と宣言することは、常に「マウントを取られるリスク」と隣り合わせなのです。
たとえば、「私、コーヒー好きなんだよね」とSNSで発信したとします。
するとどこからともなく、「どこの豆?」「焙煎機は何使ってるの?」「まさか全自動エスプレッソマシンじゃないよね?」と、知識と経験でマウントを取ってくる「真の愛好家」が現れます。

こうした息苦しいSNS村社会において、「ガチ勢」という言葉は、実は最強の防具(シールド)として機能し始めました。

本来はトップ層を指す言葉だった「ガチ勢」を、あえて自虐的、あるいはポップに自称することで、「私はこれに対して並々ならぬ愛がある(だから、にわかだと叩かないでね)」という牽制になるのです。
「コンビニスイーツガチ勢」という言葉の裏には、「別にパティシエレベルの舌は持ってないけど、コンビニの新作は全部チェックするくらい好きだよ!」という、絶妙な予防線が張られています。

マスメディアによる大きなブームが作りにくくなり、誰もが小さなコミュニティに所属する現代。
私たちは皆、何らかの「〇〇勢(勢力)」に属していないと、情報の海で自分のアイデンティティを保てなくなっているのかもしれません。

でも、こうしてニッチな領域に熱狂し、細分化していく現象は、日本特有のものなのでしょうか?


◆海を渡るガチ勢。世界も「熱狂」を求めている

結論から言うと、この「ガチ勢」的な現象は、今や世界中で起きています。

英語圏のネットスラングを探ってみると、「ガチ勢」にぴったり当てはまる言葉がいくつか存在します。

最も直訳に近いのは「Hardcore gamer(ハードコアゲーマー)」や「Die-hard fan(ダイハードファン=死なないほど頑固なファン、筋金入りのファン)」でしょう。
また、「熱狂者」を意味する「Enthusiast(エンスージアスト)」という言葉もよく使われます。

しかし、近年もっとも面白く、日本の「ガチ勢・推し活」のニュアンスに近いのが「Stan(スタン)」というネットスラングです。

「Stan」は、ヒップホップ歌手・エミネムが2000年にリリースした同名のヒット曲「Stan」に由来しています。
この曲は、エミネムに異常な執着を見せる熱狂的なファン(名前がスタン)の悲劇を描いたものでした。
そこから転じて、「Stalker(ストーカー)」と「Fan(ファン)」を掛け合わせた造語として、度を超えた熱狂的なファンを指すようになりました。

最初はネガティブな意味合いでしたが、現在ではXやTikTokで「I stan BTS(私はBTSのガチ勢です)」のように、熱烈な愛を示す動詞・名詞として世界中の若者に日常的に使われています。

日本だけでなく世界でも、「何かに対して異常なほどの熱量を持つこと」が、クールなアイデンティティとして再評価されているのです。

この世界的現象の裏には、テクノロジーの変化(アルゴリズム経済)があります。
YouTubeやTikTokのAIは、私たちが少しでも興味を持ったコンテンツを集約し、無限にお勧めしてきます。
ちょっと気になった事の一つの動画を見ただけで、翌日にはその分野に属する専門性が高い動画でタイムラインが埋め尽くされる。
つまり、現代は「テクノロジーが、私たちを自動的にガチ勢へと育成するシステム」になっているのです。

企業もそれに気づいています。
広く浅く売るよりも、少数の「Stan(ガチ勢)」に深く刺す方が、SNSで拡散され、確実に経済が回るからです。
世界は今、エンジョイ勢よりもガチ勢を求めているのです。


◆まとめ

相撲部屋の隠語から生まれ、ネット掲示板の血で血を洗う争いを経て、SNS時代の便利なアイデンティティとなり、世界中のテクノロジーと経済を回す原動力にまでなった「ガチ勢」。

言葉の変遷を辿ってみると、カフェ好きな女子が言う「スタバガチ勢」という言葉も、決して間違った使い方ではないのだと気づかされます。
誰かと比べて知識があるか、強いか、長く続けているか、かつてのガチ勢は「他者との比較」によって成り立つ称号でした。
しかし、今は・・・

「本気度100%で好きなものに熱中して人生を楽しむ」

ここには、他者との比較は一切ありません。
日本で一番ゲームが上手くなくてもいいし、コーヒー豆の産地を言い当てられなくてもいい。
ただ、フラペチーノの新作が出た朝に「よし、今日は絶対これを飲むぞ!」と100%のワクワクを持ってお店に並ぶなら、それはもう立派な「ガチ勢」なのです。
「エンジョイ勢」と「ガチ勢」は、もはや対立する概念ではありません。
心の底からエンジョイ(楽しむ)している状態こそが、現代のガチ勢の本当の姿なのでしょう。

あなたが今、100%の熱量を持って語れるものは何ですか?
誰かにマウントを取られることなんて恐れずに、たまには額に汗をかいて、自分の「好き」を堂々とガチってみるのも悪くないかもしれませんよ!


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