知るメモ|2月12日【小惑星「エロス」への着陸をした日】|探査機NEARが刻んだ「史上初」の伝説~実は探査機に着陸機能なんてなかった?
2001年2月12日。
今からちょうど25年前の今日、人類は初めて「小惑星」への軟着陸を成功させました。
その探査機の名は、「NEARシューメーカー(NEAR Shoemaker)」。
この偉業の特異な点は、この探査機が「着陸するように設計されていなかった」という事実にあります。
着陸脚(ランディングギア)もなければ、衝撃吸収エアバッグもない。
あるのは繊細な観測機器と、展開されたソーラーパネルだけ。
これは、本来のミッションを完遂した後の余生において、NASAのエンジニアたちが物理法則と計算だけを武器に挑んだ、「制御された不時着」の記録です。
◆当時の宇宙開発において、小惑星は「未知の領域」
1. 小惑星エロスへの旅路
1996年に打ち上げられた探査機「NEAR」は、地球近傍小惑星「エロス(433 Eros)」の周回探査を目的としていました。

エロスは長さ約34km、ジャガイモのような形をした岩塊です。
NEARはエロスの周囲を約1年間周回し、約16万枚以上の画像を撮影。
小惑星の形状、地形、組成について、当時の教科書を書き換えるほどの詳細なデータを地球に送り続けました。
そして2001年2月。
探査機は燃料の限界を迎え、ミッションは終了しようとしていました。
通常であれば、そのまま通信を絶ち、宇宙のデブリとしてエロスを回り続けるのが定石です。
2. 「どうせ終わるなら、行けるところまで」
しかし、ミッションチームはここで大胆な決断を下します。
「探査機を表面ギリギリまで降下させ、超高解像度の画像を撮ろう。そして、そのまま着陸を試みよう」
それは無謀な賭けではなく、冷徹な計算に基づいた「ボーナス・ミッション」でした。
もちろん、NEARには着陸機能はありません。
もし速度を落としきれなければ、機体は砕け散ります。
彼らが目指したのは、スラスター(推進器)噴射で限界まで減速し、時速数キロメートルという、人間が歩くような速度で表面に「そっとぶつける」ことでした。
3. 秒速1.8メートルの「制御された墜落」
2月12日、運命の降下が始まりました。
約4時間をかけて、NEARはエロスへと近づいていきます。
探査機は高度120メートル地点で最後の画像を撮影しました。

そこには、切手サイズの石ころまで判別できるほど鮮明なエロスの地表が写っていました。
そして、運命の接触。
最終的な接触速度は、推計で秒速1.5〜1.8メートル(時速約6km前後)。
大人が早歩きする程度のスピードでした。
管制室のモニターには、着陸予定時刻を過ぎても、探査機からのビーコン信号が輝き続けていました。
「まだ生きている!」

着陸ギアのないNEARは、2枚のソーラーパネルの先端と、バス(探査機本体)の底面を地面につき、まるで三脚のようにバランスを保って、エロスの砂地(レゴリス)の上に鎮座していたのです。
4. 着陸後の「ボーナスタイム」
奇跡は、着陸したことだけではありませんでした。
機体は無傷で通信機能も生きていました。
当初の計画では、着陸の瞬間に通信は途絶えるものと思われていました。
しかしNEARは、その後2001年2月28日まで、約2週間にわたってデータを送り続けたのです。
特に、ガンマ線分光計が、地表の元素組成に関する貴重なデータを送信し続けました。
周回軌道からでは得られない、「直接地面に置いた」からこそ得られる高精度のデータです。
NASAはこの期間を延長し、探査機が寒さで機能を停止するその瞬間まで、データの受信を続けたのでした。
5. 後世へ遺したもの
NEARシューメーカーのこの成功は、小惑星探査における重要な節目となりました。
「微小重力の小惑星であれば、専用の着陸脚がなくても、精密な制御で着陸が可能である」
この事実は、その後の小惑星探査ミッション(例えば日本の「はやぶさ」や米国の「オシリス・レックス」など)において、小惑星表面へのアプローチ計画を立てる上での重要な実証データとなりました。
設計の外側に挑み、最後の一瞬まで科学的成果を搾り取ろうとしたNEARシューメーカー。
その機体は今も地球から遠く離れたエロスの表面で、静かに眠り続けています。
◆小惑星「エロス」の命名の由来は?
小惑星「エロス(433 Eros)」の命名の由来は、ギリシャ神話に登場する「愛と性の神エロス(エロース)」です。
1. なぜ「男性神」の名前がついたのか?
エロスが発見された1898年当時、小惑星には「女性の名前をつける」という慣習がありました(例:ケレス、パラス、ジュノーなど)。
しかし、エロスはそれまでに発見された多くの小惑星とは異なる性質を持っていました。
火星よりも内側の軌道に入り込み、地球に接近する軌道を持っていたのです。
これは当時としては非常に珍しい発見でした。
そこで、天文学者たちは「特別な軌道を持つ小惑星には、これまでの慣習(女性名)を破り、男性の名前をつけよう」と決めました。
これが、エロスという男性神の名が選ばれた理由です。
2. その後の傾向と現状
エロス以降、特定の軌道グループ(アモール群、アポロ群、アテン群など)の代表的な小惑星に神話由来の男性名が付けられたため、「特殊な軌道のものは男性名」という傾向が生まれた時期はありました。
しかし、現在は以下のような運用になっています。
神話由来が推奨されるが、性別は問わない:
地球近傍小惑星の命名には、主に「神話」から名前を取ることが推奨されていますが、現代では男性神に限らず、女性神や神話以外の名前も数多く採用されています。実例:
イトカワ(日本のロケット開発の父・糸川英夫氏に由来。神話ですらなく、人名)
リュウグウ(浦島太郎の「竜宮城」に由来)
ベンヌ(Bennu)(エジプト神話の不死鳥。性別の概念とは別)
4179 トータティス(ケルト神話の神。男性神です)
3. 小惑星「エロス(Eros)」と、日本語(現代日本語)で使われる「エロス(エロチック、性的なこと)」という言葉の関係
両者は同じ語源を持つ「兄弟」のような関係ですが、使われ方のニュアンスが異なります。
1. 語源はどちらもギリシャ語の「Eros」
どちらも、ギリシャ神話に登場する愛の神「Eros(エロース)」が語源です。
小惑星のエロス:
神話の「愛の神」としての名を、天文学的な命名慣習(前述の「特別な軌道の星に特別な名を」という流れ)として採用したもの。日本語のエロス:
ドイツ語や英語を経由して入ってきた外来語で、主に「性愛」「肉体的な愛」や、そこから派生した「性的な魅力・表現」を指す言葉として定着したもの。
2. 本来の意味は「生命の根源的なエネルギー」
日本語で「エロ」と言うと、どうしても成人向けの文脈が強くなってしまいますが、神話や心理学(フロイトなど)における「エロス」はもっと広い意味を持っています。
エロス(生の本能): 結びつき、創造し、生命を維持しようとするポジティブなエネルギー。
タナトス(死の本能): 破壊や死へ向かうエネルギー。
この「生の本能」という側面を知ると、NASAが砂漠のような宇宙の中で、初めて「生命の母体」になりうる天体(小惑星)にこの名を冠した星を選んで着陸したことに、少しロマンチックな意味を感じることができますね。
◆探査機の名前に込められた敬意
探査機「NEARシューメーカー」の「NEAR」は「Near Earth Asteroid Rendezvous(地球近傍小惑星ランデブー)」の略ですが、着陸成功後にNASAは、この探査機の名前を正式に「NEARシューメーカー」と改名しました。
シューメーカーとは?
惑星の形がモコモコしているから、シュークリームから取った・・とかではないです。
これは、彗星・小惑星研究の第一人者であり、エロスの研究にも貢献した天文学者ユージン・シューメーカー博士(1997年没)を称えたものです。
「クレーターは衝突でできる」ことを証明
今でこそ当たり前ですが、かつて月のクレーターや地球の大きな穴(アリゾナのバリンジャー・クレーターなど)は、「火山の噴火跡」だと思われていました。
シューメーカー博士は、現場の地質調査から「これは巨大な隕石が衝突してできたものだ」と科学的に証明しました。
これにより、宇宙における「衝突」が天体の進化にどれほど重要かを世界に知らしめたのです。
シューメーカー・レヴィ第9彗星の発見
1994年、木星に衝突して世界を驚かせた彗星「シューメーカー・レヴィ第9彗星」の共同発見者でもあります。
「天体が他の惑星に衝突する瞬間」を人類が目撃したこの出来事は、それまでは可能性として語られるだけだった、地球への天体衝突が現実の問題として、地球防衛(惑星防衛)の重要性を広く認識させるきっかけとなりました。
月面葬プロジェクト
シューメーカー博士は、もともと「月の上で最初の地質調査を行う人間になりたい」という強い願いを持っていました。
しかし、1960年代初頭にアジソン病(副腎機能不全)と診断されます。
当時の基準では、この持病があると宇宙飛行士の選考には通らず、彼は自ら月へ行く(アポロ計画)夢を断念せざるを得なくなりました。
その後、1997年シューメーカー博士が事故で急逝した際、彼の教え子であり親友でもあった惑星科学者キャロライン・ポルコ博士が「彼の遺灰を月に届けられないか」とNASAに提案しました。
当時、NASAは月探査機「ルナ・プロスペクター」の打ち上げを控えており、この提案を受け入れます。
民間の宇宙葬サービス会社「セレスティス(Celestis)」が協力し、世界初の月面葬プロジェクトが動き出しました。
1999年7月31日。
ミッションの最後に、ルナ・プロスペクターは月の南極にあるクレーターへ意図的に衝突させられました。
この時、探査機に搭載されていたポリカーボネート製の小さなカプセルには、シューメーカー博士の遺灰の一部が納められていました。
現在も彼は、「月面に埋葬された唯一の人間」として、月の地表で眠っています。
◆まとめ
探査機が「本来の設計」に縛られず、最後の一滴の燃料まで使い切って地表を目指したように、シューメーカー博士もまた、月へ行く宇宙飛行士の夢を断たれた失意の底から新たな役割を見出し、宇宙への情熱を燃やし続けました。
私たちは、ついつい「自分にはそんな機能(才能)はないから」「もうリソース(時間や予算)がないから」と、自ら限界を決めてしまいがちです。
しかし、2億キロ彼方で静かに眠る探査機は、私たちにこう語りかけているような気がします。
「設計図通りにいかない人生こそ、誰も見たことのない景色に辿り着ける」
のかも?
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次回は「長野冬季オリンピック」について少し書いていますので、お時間あれば読んでみてください。
日々の出来事から日記代わりにいろいろ書いています。
前回の記事も時間がありましたら読んでみてください。
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