あの先生になりたくて#28 1本の電話
ーー15年後ーー
あれからどんな道を歩いても、私の心の中にはいつもあの先生がいた。
夢は一度も揺らがなかった。
私は、あの先生のようになる――。
#28 1本の電話
保育中、一本の電話が幼稚園に入った。
保育園からだった。
「お子さんが熱を出しました。お迎えをお願いします。」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「ついにこの日が来てしまった。」
そう思った。
事情を説明し、早退させてもらえるようお願いすると、園内は一気に慌ただしい空気に包まれた。
当時の園には、小さな子どもを育てながら働く先生はいなかった。そのため、子どもの急な体調不良で職員が早退することを想定した体制は整っておらず、一人担任の幼稚園では「誰がクラスに入るのか」「代わりはいるのか」と職員室は騒然としていた。
最終的には預かり保育の先生が急遽クラスに入ってくださることになったが、なかなかクラスを見てくれる先生も決まらず時間がかかってしまい、多くの先生方に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら幼稚園を後にし、急いで保育園へ向かった。
迎えに行くと、熱でぐったりした我が子が待っていた。
その姿を見た瞬間、それまで職場のことばかり考えていた頭の中が、一気に切り替わった。
ただ熱を出しただけなのに、私は職場に迷惑をかけてしまったことばかり気にしていた。
「この子には何の責任もないのに。」
苦しそうな我が子を抱きしめながら、
「私が働きたいという気持ちに、この子を付き合わせているだけなのではないか。」
そんな思いが込み上げ、胸が苦しくなった。
翌朝になっても熱は下がらず、もう一日休みをいただくことにした。
その日のうちに熱は下がったものの、翌日保育園へ預けるべきか最後まで迷った。
もう少し家でゆっくり過ごした方がいいのではないか。
そう思う一方で、前日の園内の混乱が頭から離れず、私は保育園へ預けて出勤することを選んだ。
私が働きたいなんて思わなければ。
この子は、もっとしっかり元気になるまで家で過ごせたのだろうか。
そんな考えが、頭の中を何度も何度も巡っていた。
出勤すると、先生方に「二日間ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
すると返ってきたのは、
「次はもうないようにしてよね。」
「体調管理をしっかりね。」
「もう休まないでね。」
「途中で帰られて本当に大変だったんだから。」
という言葉だった。
迷惑をかけてしまったことは十分わかっていた。
それでも、子どもの体調は私の努力ではどうすることもできない時もある。
「そう言われても……。」
そんな気持ちを飲み込みながら、「申し訳ありません」「気をつけます」と答えることしかできなかった。
それからしばらくは、保育中に電話が鳴るたび胸が締め付けられた。
「また保育園からではないだろうか。」
そんな不安を抱えながら、毎日を過ごしていた。
その後も我が子は数か月に一度熱を出した。
そのたびに同じように悩み、心は揺れた。
私も、周りの先生たちも、手探りの日々だった。
周りを振り回してしまいながらも、支えられながらも、なんとか一つひとつ乗り越えてきた。
こうして私は、復帰一年目を揺れながらもなんとか最後まで走り切ることができた。
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あの頃を振り返ると、「よく頑張った」と自分を褒める気持ちよりも、「無事に一年を終えられて本当によかった」という安堵の気持ちの方が、今でもずっと大きく残っている。
