新しさとは、終わりの始まり。│「あつまれどうぶつの森」から学ぶ、豊かな人生の送り方│ラコスケ名言#005
このシリーズ記事は
を参考に執筆しています。
▼シリーズ企画のきっかけはこちらの記事にて
▼本シリーズの前回記事
「新しさとは、終わりの始まりである」
今回はこのラコスケの名言について考察します!
シリーズ5回目の記事になりましたが
複数の解釈がとてもむずかしかったです。
僕の考えは以下の「解釈③」に近いですが
みなさんはどうでしょうか?
▶解釈①
何かが「始まる」とき、僕たちはわくわくする。
新しい出会い、新しい仕事、新しい趣味。
未知のものに心が動き、「これから」に希望を抱く。
けれど、
その「新しさ」は、同時に
「何かの終わり」でもある。
たとえば、新しい職場に入った瞬間、
前の職場との日々はもう戻らない。
新しい恋を始めた瞬間、
「自分ひとりの時間」は別の形に変わっていく。
新しい季節が来たとき、
前の季節は静かに去っていく。
この言葉――
「新しさとは、終わりの始まりである」――は、
そんな当たり前だけれど忘れがちな真実を
教えてくれているのかもしれない。
▶解釈②
「新しさ」は「手放す」ことでもある。
新しいことを始めるとき、
人は「何かを得よう」とする。
でも実は、「何かを手放す」覚悟も
必要なんだと思う。
たとえば、学生から社会人になるとき、
自由な時間、友だちと過ごした放課後、
よふかしした他愛のないLINE──
そのすべてが、少しずつなくなっていく。
それを「終わってしまった」と悲しむのは
自然なことだろう。
けれど、その「終わり」があるからこそ、
次のステップで「新しさ」がやってくる。
終わりと始まりは表裏一体。
新しさをつかむには、
古いものを手放さないといけない、
そう考えると、「新しさ」は決して
明るさだけの言葉ではない。
そこには、小さな痛みも、別れの余韻も、
寂しさもすべて含まれている。
▶解釈③
「新しさとは、終わりの始まりである」とは、
「新しい瞬間から、すでに変化が始まっている」
ということ。
僕たちは、新しいものを手に入れたとき
「これでやっと安定する」と思いがちだ。
でも実際は、そのときからまた「変化」が
始まっている。
たとえば、新しい恋が始まったとき。
出会ったばかりの頃は、
世界のすべてがきらめいて見える。
でも時間が経つにつれ、
お互いの価値観の違いなんかが見えてくる。
関係が深まるのか、すれ違うのか。
恋は、始まった瞬間から
もう動き出しているのだ。
新しいスマホを買ったときも、
箱を開けた瞬間は「最高のデザインだ」と
思うけれど、
1年もすれば慣れてしまい、
次のモデルが気になり始める。
どんな「新しさ」も、次第に古くなる。
どんな「始まり」も、いつかは形を変える。
だからこそ、「新しさ」とは、
終わりに向かって歩き出す、はじめの一歩なのだ。
▶筆者の考え
多くの人が「終わり」と聞くと、
ネガティブなものを想像する。
けれど、終わりがあるからこそ、
次の始まりが訪れる。
終わりを怖がるあまり、
新しいことを拒んでしまうと、
人生の変化は止まってしまう。
そういう生き方もあるとは思うけれど、
「終わること」を恐れず、
「変わること」を受け入れて、
より豊かな人生を送りたいものだと思う。
人生の中で、何度も「始まり」はやってくる。
進学、就職、引っ越し、結婚、別れ、再会。
いろんな人生のイベントのたびに、
僕たちは少しずつ
「古い自分」を脱ぎ捨てて生きている。
何かが終わってしまったと今感じているなら、
きっと新しさが近づいているサインだ。
終わりを否定しない。
手放すことを怖がらない。
そうやって生きることで、
人生はよりよいものになる。
おわりに
「生きる」ということ自体、
絶え間ない「始まり」と「終わり」の
くり返しなのかもしれない。
いつか過去を振り返ったとき、
「あの終わりがあったから、今の自分がいる」と
笑える日がきっとくる。
