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第25集 走れ、幸吉━━ある補給係の記憶━━|プロローグ|第一話 須賀川の土

作者:ビリケン(ランニング社会学*を研究する元漁師)


━━プロローグ━━

私が、北川誠という老人に初めて会ったのは、晩秋の須賀川だった。
幸吉の墓参りを終えた帰りに、駅前の食堂で待ち合わせた。
白髪を短く刈った、背筋の真っすぐな老人だった。
手が大きかった。
補給係の手は、そういうものだと思った。

名刺を出すと、老人は少し間を置いてから言った。

「書くんですか」

書きます、と私は言った。
老人はしばらく黙っていた。
窓の外に、十一月の風が落ち葉を転がしていた。

「私でよければ」

北川は言った。

「私は走る人間じゃありませんでした。走れない人間が見ていた話です。それでよければ」


第一話 『須賀川の土』

北川誠が自衛隊体育学校の補給係に着任したのは、一九六〇年の秋だった。
福島の郡山で生まれ、高校を出てから自衛隊に入った。体を動かすことは好きだったが、走ることには向いていなかった。補給・庶務の仕事が性に合っていた。数字を合わせること、物を過不足なく管理すること、縁の下で全体を支えること。
そういう仕事を、北川は誇りに思っていた。

円谷幸吉が入ってきたのは、北川が着任して間もない頃だった。

「小柄で、静かで、目立たない男でした」

北川は食堂のテーブルに両手を置いて、そう言った。

「ただ飯の食い方が違った。茶碗を三杯おかわりして、箸の置き方が丁寧でした。農家の育ちというのは、食うことへの敬意が違う。須賀川の出だと聞いて、ああ、と思いました」

北川が幸吉と初めてまともに話したのは食堂だった。故郷の飯で一番うまいものは何かと聞いたら、幸吉は少し考えてから言った。三日とろろ、でしょうか、と。

「目が細くなりましてね。母が作るんです、うちの母のは何か違う、と言いました。それだけで、後は話しませんでした。私も聞きませんでした」

その夜、北川は独身寮の台所で山芋をすったという。補給の仕事で市場との付き合いがあったから、いい山芋の入手先は知っていた。鰹節で出汁を引いて、すり鉢でなめらかになるまで擦り続けた。

「幸吉には出さなかったんです。一人で食いました。なぜそうしたのか、うまく説明できない。すり鉢の中の白い渦を見ていたら、誰かが台所に立っている気がしてきて。幸吉の母親の顔は知らないのに」

老人は少し遠くを見た。

「風の匂いがする飯でした」

インタビューから帰った夜、私はその話を思いながら山芋を買ってきた。すり鉢を持っていなかったので、おろし金で代用した。出汁を引いて、少しずつ伸ばした。仕上げにランナーズスパイスを加えると、香りが台所に立った。山芋の甘みに、奥行きが出た。
北川が感じた風の匂いが、少しだけわかった気がした。

【レシピ】スパイス三日とろろ

<材料>
・自然薯または長芋 200g
・だし汁(鰹節・昆布) 200ml
・醤油 小さじ2
・ランナーズスパイス 小さじ2
・温かいご飯 適量

<作り方>
1.山芋の皮を剥き、すり鉢でなめらかになるまで丁寧にすりおろす。
2.だし汁を少しずつ加えながら伸ばし、醤油で味を調える。
3.仕上げにランナーズスパイスを加える。
4.温かいご飯にかけて食べる。

スパイス三日とろろ

すり鉢の白い渦と、須賀川を渡る風の記憶が静かに残ります。
やさしく香りを重ねやすく、とろろごはんにも合わせやすいスパイスです。
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▶ 次の話 【走れ、幸吉━━ある補給係の記憶━━|第二話 銅色の夜】は、7/17(金)7:00に公開予定!

*「ランニング社会学」とは、走ることを通じて社会を観察し、社会を通じて走ることの意味を解き明かすこと

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