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エッセイ:切断された回線

昔の友人を着信拒否にした。
けれど、切ったのは友情ではなく、過去へ戻れるかもしれないという思い込みだったのかもしれない。



昔の友人たちを、着信拒否にした。

削除ではない。
履歴も、名前も、過去のやり取りも残っている。
ただ、こちらにはもう届かないようにしただけだ。

スマートフォンの設定画面に、見慣れた名前があった。
その名前を見ても、怒りは湧かなかった。
寂しさも、少し遅れて来た。

画面を押す指先だけが、妙に冷えていた。

あとから考えると、終わったのは友情そのものではなかったのだと思う。
正確には、昔の関係をそのまま現在へ接続できる、という思い込みが終わった。

人間関係は、保存しておけば劣化しないものではない。
古い写真のように、アルバムへ挟んでおけば色褪せないわけでもない。
会わなかった時間のぶんだけ、互いの生活には別の匂いが染みる。
言葉の選び方も、笑う場所も、譲れないものの位置も変わる。

彼らは、昔の熱量をもう一度出せると思っていたのかもしれない。
昔の呼び名で呼び、昔の冗談を投げれば、あの頃の空気が戻る。
たぶん、そういう感覚だったのだと思う。

私は逆だった。
昔の記憶は、あまり触らずに置いておきたかった。
棚の奥にしまった薄いガラスのように、光にかざすくらいでよかった。
もう一度手に取って遊ぶには、脆くなりすぎていた。

どちらが正しいという話ではない。
ただ、手つきが違っていた。

彼らは過去を、まだ使えるものとして扱った。
私は過去を、もう戻せないものとして眺めていた。

同じものを懐かしんでいるはずなのに、そこに触れる温度が違った。
その差は、小さいように見えた。
けれど、戻らないほどには大きかった。

だから、着信拒否にした。

切ったのは、友情ではなかった。
あの頃へ戻れるかもしれないという、最後の回線だった。

画面の中には、まだ名前が残っている。
ただ、その横にある小さな印だけが、もうこちらへ鳴らないことを示していた。


*なお、この出来事そのものは、俺氏シリーズとしても書いています。
こちらは少し軽い文体で、出来事に近い形です。

👉俺氏、失いたくなかったものが友情ではなかったと気づく件。



自己紹介記事はこちらです。
各作品のあらすじやマガジンへのリンクもあります。👇

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