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🔶私の奜きな奈良埀銬倧瀟 歎代倩皇の倧嘗祭に火燧朚を献䞊 火祭り 癜銬節䌚

今幎は午幎うたどしですね。

60幎に䞀床巡っおくる干支の組み合わせで、䞙午ひのえうたの幎にもあたりたす。

「䞙」ず「午」が共に「火」の性質を持぀こずから、「この幎に生たれた女性は火のように気性が激しく、倫の寿呜を瞮める」等ずいわれ、前回の1966幎には出生数が倧幅に枛少したこずでも知られおいたす。

ただ、これは江戞時代からの蚀い䌝えで、21䞖玀に生きる私たちの殆どは、科孊的根拠のない迷信ず考えおいるず思いたす。

ずはいえ、銬が火の様な情熱を持っおいるずした叀の人のむメヌゞ自䜓には共感できるずころもあり、午幎生たれの人ずしお、織田信長、蔊屋重䞉郎、束䞋幞之助、田䞭角栄、小泉玔䞀郎などの情熱的な人がいるず聞くず、䜕ずなく干支ず性栌に関連がある様にも思えおきたす。

タむトル写真は、奈良県北西郚の生駒垂にある埀銬倧瀟埀銬坐䌊叀麻郜比叀神瀟いこたたいしゃ、いこたにいたすいこた぀ひこじんじゃの石段です。

倩歊倩皇の時代に神蚗に埓っお癜銬の節䌚あおうたのせちえを行ったずころ、病気の銬や牛が蘇ったず䌝わっおおり、叀くから銬の守り神ずしお厇敬されおいたす。

たた、神瀟のご神䜓である生駒山には「朚」が豊富にありたす。
叀代から日本では火をおこすために、火燧杵ひきりねずいう朚の台の穎に火燧杵ひきりうすずいう朚の棒を立おお激しく回転させ、その摩擊熱で火皮を䜜り出しおいたした。

火燧杵ず火燧臌に宿る男女䞀察二柱の「朚」の神さたは、修隓道や陰陜道の圱響を受けながら「火」を叞る神さたずしお信仰されるようになり、ここでは鎌倉時代以前から火祭りが斎行されおいたす。

今回は60幎に䞀床の䞙午の幎に因んで、火ず銬にゆかりの深い埀銬倧瀟に぀いお曞いおみたす。

歎史

埀銬倧瀟の創立幎代は䞍詳ですが、神奈備である生駒山を埡神䜓ずし、生駒谷十䞃郷の氏神ずしお叀くから祀られおいたした。
神奈備をご神䜓ずするのは倧神神瀟や石䞊神宮ず同様で、日本有数の叀瀟ずしおこの地に鎮座しおいたず考えられたす。

最も叀い幎代蚘述ずしおは「総囜颚土蚘」の458幎条に「䌊叀麻郜比叀神瀟」ずしお登堎したすが、その時代に曞かれた文曞ではありたせん。正倉院文曞の蚘茉では奈良時代にはすでに朝廷ずの関わりがあるこずがわかりたす。

平安時代の延喜匏神名垳では倧和囜平矀郡「埀銬坐䌊叀麻郜比叀神瀟二座」ず蚘茉され、倧瀟に列し、月次・新嘗の奉幣に預るず蚘されおいたす。

平安時代には十䞀の神宮寺があったずされおいたす。本殿は産土神の二座でしたが、鎌倉時代に歊家の守護神である八幡神ぞの信仰が興隆し、五座の八幡神を合せ祀っお、珟圚の䞃座ずなりたした。

明治時代になるず神仏分離によっお神宮寺は廃されお、県瀟に列せられたした。

祭神

先述の通り、二柱の産土神ず、五柱の八幡神をあわせた䞃柱の祭神が祀られおいたす。

それぞれは、生駒山の神である䌊叀麻郜比叀神いこた぀ひこのかみず䌊叀麻郜比売神いこた぀ひめのかみ、八幡神である気長足比賣呜おきながたらしひめのみこず神功皇后、足仲接比叀呜たらしなか぀ひこのみこず仲哀倩皇、誉田別呜ほんだわけのみこず応神倩皇、葛城高額姫呜か぀らぎのたかぬひめのみこず仲哀倩皇の劃、息長宿犰王呜おきながのすくねのおおきみ息長宿犰王神功皇后の父です。

癜銬の節䌚

癜銬の節䌚は、倩皇が癜銬をご芧になり、新幎の邪気を払うずされる宮䞭行事です。

春の象城である「青」ず陜の動物「銬」を組み合わせ、「銬」の力で邪気を払うずいう䞭囜の故事・思想に基づいたもので「あおうた、おうた」ず読たれたした。

平安時代䞭期以降、日本では叀くから神聖芖される癜銬が甚いられる様になり「癜銬」ず衚蚘されるようになりたしたが、「あおうた」の発音はいたも残っおいたす。

珟圚も䞊賀茂神瀟などで神事ずしお受け継がれおいたすね。

春日倧瀟の犰宜が線纂した神道の蚘録「元芁蚘」によるず、倩歊倩皇の時代に悪疫が広がり、銬や牛などの動物が病気ずなった際に、埀銬倧瀟で癜銬の節䌚を行うよう神蚗があり、銬を䞊べお奉玍したずころ銬や牛が蘇ったずされたす。

境内には、銬が描かれた石燈籠が1基ありたす。銬ずの関わりが深いこずが䌺えたすね。

埀銬倧瀟のホヌムペヌゞによるず、神瀟所蔵の「生銬倧明神起玀」には癜銬の節䌚に由来しお埀銬倧瀟が絵銬発祥の地であるず蚘されおいるずのこずで、珟圚も埀銬倧瀟では、玠敵なデザむンの絵銬が甚意されおいたす。

写真は埀銬倧瀟ホヌムペヌゞより
https://ikomataisha.or.jp/about/aoumanosetie

火の神

䞻祭神の䌊叀麻郜比叀神、䌊叀麻郜比賣神は、叀代より火を叞る神ずしお信仰されおいたした。歎代倩皇が即䜍の際に行う倧嘗祭だいじょうさいで浄火じょうかをおこすための火燧朚を代々埀銬倧瀟が献䞊する習わしがあり、䞊皇明仁が平成の倩皇に即䜍した際にも䜿甚されたした。

倧嘗祭は、倩皇が即䜍埌、䞀生に䞀床だけ行う最も重芁な宮䞭祭祀で、その幎の新穀を倩照倧神をはじめずする神々に捧げ、自らも食するこずで囜家安寧ず五穀豊穣を祈念したす。
毎幎11月23日に行われる新嘗祭よりもずっず倧芏暡な儀匏です。

平安時代に、宮䞭行事などに぀いお蚘した史料である「北山抄」「元芁蚘」「亀盞蚘」などには埀銬倧瀟の神を「火燧朚神」ず曞いおいたす。

毎幎10月の第2日曜日に行われる䟋祭「火祭り」は、同じく奈良・韍田倧瀟の颚神祭、廣瀬倧瀟の倧忌祭砂かけ祭りで有名ずずもに叀くから朝廷の厇敬を受けおきたした。

前日土曜日の午埌には宵宮祭が行われ、倚くの参拝者が集いたす。

祭の圓日、15時に「神茿枡埡みこしずぎょ」が始たりたす。氏子たちは、拝殿から基の神茿を担いで走っお埡旅所の䞭ぞ入り、すぐに北座ず南座に分かれお神饌をリレヌで運ぶ「埡䟛ごく䞊げ」が始たりたす。

宮叞が倧きな幣を奉じ、倧束明の䞊に登っおススキの穂を立おる「おはな立お」、舞巫女による神楜奉玍、火祭りの勝敗を決める審刀者による匁随べんずり舞」などの珍しい行事が続きたす。

そしお16時ごろ、いよいよ祭りの山堎です。
埡旅所で燃えさかる束明を䞡肩に乗せた「火出し」圹の男性が、「火取り」ず呌ばれる人に束明を枡したす。

次の瞬間、人は競っお段の石段を駆け䞋り、北ず南に分かれお境内の倖ぞず走り去りたす。審刀圹の「匁随さん」が勝者偎の匓矢を倒しお神事は終了したす。

神様にお䟛え物を枡し、神様から火を頂く早さを競うこずで秋の豊䜜を祈るこの火祭りは、各地で祭りの維持が難しくなっおいるなかで、今なお掻気に満ちた玠晎らしい行事です。

生駒垂公匏チャンネルのYoutube動画がありたすので、是非ご芧ください。

境内

神瀟は神奈備である生駒山の東斜面にありたす。

境内案内図

タむトル写真の石段の䞋、北偎に火祭りが行われる広いスペヌスがあり、石段の䞊に本殿がありたす。

石段を登りきるず、拝殿がありたす。

拝殿

その奥には連の春日造桧皮葺の本殿が建っおいたす。

䞭倮に䌊叀麻郜比叀神、その右に䌊叀麻郜比賣神が祀られたす。
そのさらに右に足仲接比叀呜、葛城高額姫呜が順に、䞭倮の䌊叀麻郜比叀神から巊ぞ、誉田別呜、気長足比賣呜、息長宿犰王呜が祀られおいたす。

本殿の北半分

本殿のさらに北には英霊殿があり、この地に称埳倩皇の黄金の䜍牌が埋められたず䌝わりたす。

さらに北偎には、神仏習合の名残ずも蚀える芳音堂があり、神功皇后の本地仏である十䞀面芳音像が祀られおいたす。

芳音堂

この芳音堂に前には、北偎から朚立の䞭を通るスロヌプが続いおいたす。
本殿正面の長い石段を登るのが蟛い方は、こちらからも本殿の暪に至るこずができたす。


最近、䞖界のあちらこちらで森林の火灜が報じられおいたす。
日本も䟋倖ではありたせん。

火はたさに人々が生きおいくために欠かせないものです。
自然ず共存するために、尊敬や畏れを忘れず、倧切に䜿わせおいただきたいず改めお感じる今日この頃です。

火を叞る神である埀銬倧瀟は、䞙午の今幎、特に泚目の神瀟ですね。
機䌚があれば是非ご参拝ください。






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