🔶私の好きな奈良:手向山八幡宮 菅原道真が詠んだ紅葉 東大寺の鎮守社 立絵馬
令和8年、2026年が始まりました。
みなさん初詣には行かれましたでしょうか?
神社では、その年の干支に因んだお札や破魔矢などの縁起物を手に入れられる方も多いと思います。
神社には大きな絵馬が掲げられていることも多いですね。
干支の描かれた絵馬を買って、裏側に「合格祈願」など、願いを書いて奉納する方もいらっしゃると思います。
ところで今年は午年(うまどし)です。
今年は各神社で絵馬にもまさに「うま」の絵が描かれていますが、タイトル写真の手向山八幡宮には、午年以外の年でも馬の絵が描かれた特徴的な形の絵馬があります。
手向山八幡宮は東大寺大仏殿のすぐ東側の鳥居をくぐって坂を登ったところにあり、東大寺二月堂や法華堂に隣接しています。
749年創建と大変古い歴史があり、東大寺大仏の守護神として祀られている重要な神社です。

手向山八幡宮の鳥居が見えてくる
今回は、この手向山八幡宮について書いてみます。
歴史
743年に詔を出し、大仏の建立を進めていた聖武天皇ですが、予想外に金の調達が進まないなどの困難に直面していました。苦境の中で聖武天皇は、神の助けを借りようと、行基を伊勢神宮に、橘諸兄(たちばなのもろえ)を宇佐八幡宮に派遣したとされます。
746年、747年と勅使が宇佐八幡宮を訪れ、願いが叶うように祈りを立てていたところ、八幡神から殿内に奉仕する女禰宜(めねぎ:巫女)を通じて、「黄金は唐・天竺にもとめるに及ばず、陸奥国金華山にあり」との託宣があったといいます。
託宣どおりに陸奥国から金がもたらされ、無事に大仏の完成を迎えました。
聖武天皇は、宇佐八幡宮に勅使として派遣されていた諸兄に、感謝の言葉を読ませました。そして宇佐宮には願いが成就したお礼として初物の純金の延べ棒を供えました。
聖武天皇は大仏開眼式への八幡神の神幸を願って参議・石川年足(いしかわのとしたり)と侍従・藤原魚名(ふじわらのうおな)らを遣いとして送りました。749年12月、八幡神とお供の女禰宜・大神杜女(おおがのもりめ)は紫の神輿を奉じて奈良に入りました。
西から来た八幡神が通った門が、東大寺の北西にある転害門(てがいもん)です。

この転害門は、東大寺に創建時から残る数少ない建造物の一つです。
こうして東大寺八幡宮(手向山八幡宮)は宇佐八幡宮の分霊社として勧請され、これが全国に八幡宮が分霊鎮祀されるはじめとなったと言われています。
社殿は当初は大仏殿付近に祀られましたが、1180年の平重衡の兵火によって大仏殿と共に焼失してしまいました。
東大寺大勧進職の重源によって仮殿が建てられた後、1197年に社殿が再建されました。この時に御神体として快慶によって作製されたのが、現在は東大寺勧進所(かんじんじょ)の八幡殿に安置されている僧形八幡坐像(国宝)です。衲衣(のうえ)をまとい、数珠と錫杖を持って蓮華座に座る写実的な像です。
像のお姿は東大寺ホームページをご参照ください。
その後社殿は、1250年に北条時頼によって現在地に移されました。このときに背後にある手向山に因んで、手向山八幡宮と命名されました。手向山は昔から紅葉の名所として知られ、平安時代に菅原道真が「このたびは 幣もとりあへず手向山 紅葉の錦 神のまにまに」と詠んだ古今和歌集の歌は、百人一首などでも有名ですね。
社殿は1642年に火災で焼失しましたが、1691年に再建されています。
なお神社創建以来、鎮守社として東大寺に属してきましたが、1871年の神仏分離の際に東大寺から独立しました。このときに僧形八幡坐像も東大寺に移され、毎年10月5日の転害会(てがいえ)に開扉されます。
転害会
手向山八幡宮の祭礼の中心は、10月5日の例祭、転害会です。
八幡神を宇佐から勧請した際の行列の様子を再現したものと伝えられます。
この祭礼では、東大寺転害門を御旅所として3基の神輿(しんよ)を擁した渡御(お渡り)を中心に神供・祭式が行われ、渡御行列の途次には田楽や舞楽などを奏したといわれます。
古くは天皇の使を派遣して執行する勅祭でした。
手向山八幡宮には、神輿や唐鞍(からくら)、舞楽面や装束、楽器類、そして転害会に関連する画巻、工芸、彫刻、歴史的資料が数多く伝存しています。
紅葉の季節の手向山八幡宮の動画が、朝日新聞のYoutube公式チャンネルにアップされていました。
2017年、新しい神輿が完成した際のお披露目の動画です。
新調された神輿が転害門まで往復する「お渡り」は、2019年に60数年ぶりに復活しました。
情報は、手向山八幡宮のFacebookのページでも発信されています。
本殿・祭神
正面の楼門(正門)に近づいてみると、中に参拝所が見えます。

向こうに幣殿(舞殿)
さらに向こうには本殿が見える
正門をくぐると正面に見える建物は、「幣殿・舞殿」として重要文化財に指定されています。

東側が幣殿で、拝殿として使用されることもあり、天皇陛下からのお供え物である御幣物を一時的に納めるための建物です。
西側の舞殿は、宮中伝来の御神楽(みかぐら)を行うための建物です。

(右側に見えるのは幣殿)
本殿は、桁行十一間梁間二間入母屋造の長大な建物で、三間社を三つ接続して、合の間を設けた形です。
八幡宮の主祭神というと、応神天皇(八幡大神)、神功皇后(応神天皇の母)、比売神(ひめがみ)の八幡三神ですね。応神天皇は穏やかな性格だったと伝えられていますが、神功皇后が新羅遠征で勝利して戻った直後に生まれたということから、のちに武術の神として祀られる様になりました。
三神のうち比売神は、宗像三女神(多岐津姫命・市杵嶋姫命・多紀理姫命)の一柱または集合体とされますが、この名称そのものは祭神の妻や娘、土地にゆかりの女神を指す普通名詞的でもあるため、文脈によって指す神様が異なる場合があるので注意が必要です。
手向山八幡宮では、この八幡三神に加え、現在はさらに仲哀天皇、仁徳天皇も祭神として祀られています。
菅原道真の腰掛石と歌碑

本殿の南側には、先に述べた古今和歌集の歌「このたびは 幣もとりあへず手向山 紅葉の錦 神のまにまに」の歌碑があり、手前に石と鳥居があります。
菅原道真は898年の10月、紅葉の季節に宇多上皇のお供で手向山八幡宮に参詣しています。その際に詠んだ歌と言われ、手前の石は道真が腰を掛けた石と伝わっています。
急ぎの旅立ちで、当時の人が旅の際に携えていた「幣袋(ぬさぶくろ)」の準備もできなかったようで、「このたびの旅は急な旅立ちにてお供えの幣帛の用意も出来ておりません。とりあえず、この手向山の美しい紅葉の錦を幣帛として神の御心のままにお受け取り下さい。」といった意味です。
紅葉の季節に訪れると、道真の想いに近づけるかも知れませんね。
立絵馬
さて、冒頭でも述べた絵馬ですが、今年のお正月に境内に奉納されていた絵馬の写真です。裏には願い事が書かれています。

もともとは降雨、止雨などの祈願の際に、生きた馬を神に奉げる「御神馬」の風習がありました。奈良時代に実際の馬の代わりに木や紙に馬の絵を描いて奉納するようになり、これが「絵馬」と起源とされています。
時代が下るにつれ、絵馬に描かれる対象は馬に限らず、病気平癒や合格祈願など人々の願いに応じた多様な絵柄へと広がっていきました。
多くの神社で見かける絵馬は、五角形の家形をしていますね。
諸説ありますが、神社の社殿をかたどったものとする説、日本人にとって家族の安全や繁栄の象徴である家を表すという説などがあります。
手向八幡宮には珍しい「立絵馬」があり、願いを立てて奉納することから「目標を立てる」「軸を立て直す」象徴とされ、運気を整える強いパワーが宿るといわれます。

立絵馬の図柄は、唐鞍の馬飾りを簡略化したものです。
唐鞍とは、中国から伝来した中国風の馬具で、日本の和鞍(わぐら)の原型となった儀礼用・装飾用の鞍です。天皇の即位の儀、行幸、勅祭の儀に参上する勅使が乗る豪華な飾り馬に用いられましたが、後世には儀式や祭礼の行列に限定的に使用されるようになりました。
手向山八幡宮には、八幡三神遷宮の折にしつらえられたとされる唐鞍(国宝)が伝わっており、類例の少ない遺品のうち当初の状態を良く残す華麗な一具は、国宝展などに展示された際に見ることができます。
神社周辺
東大寺大仏殿回廊前を右に折れたところにある鳥居が、手向山八幡宮の正面入り口にあたります。

鳥居をくぐって坂道をまっすぐ上がると、正門(楼門)に至ります。
参道の南側には現在、かつてあった東大寺七重塔の基壇部の整備が行われています。
神社の北側には東大寺法華堂が隣接しています。
写真は北側の結界である鳥居です。


向こうに東大寺法華堂が見える
神社の南側にも鳥居があり、そこから出たところに若草山への登山口があります。

若草山(登山口)

正門の外側には校倉造りの建物が二棟建っており、北側が法華堂の経庫、南側が奈良時代に建てられたとされる手向山八幡宮の宝庫です。

奈良時代の校倉造りの建物で現存するのは、この宝庫以外には、すべて国宝の正倉院正倉、東大寺本坊経庫、唐招提寺経蔵および宝蔵のみで、大変貴重な建物といえます。

紹介した写真でもおわかりいただけると思いますが、手向山八幡宮は、素晴らしい立地にある、きわめて古い歴史をもった神社です。
すぐ隣接したところにある東大寺、春日大社、春日山原始林などがユネスコ世界遺産の構成資産となっており、そのなかでは少し埋もれている感もありますが、近くまで来ていながら素通りしてしまっては勿体ないと思います。
東大寺や若草山などに来られることがありましたら、移動時間ほぼゼロでアクセスできますので、是非この神聖な空気に触れてみてください。
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