お母さんをがっかりさせたくない」と45年間思い続けた、あなたへ 前編
真由美さん(仮名・47歳)は、最初のセッションで、少し困ったように笑いながらこう言いました。
「母を嫌いなわけじゃないんです。むしろ感謝しています。大切に育ててもらいましたから。ただ……電話が鳴って画面に『母』と出ると、出る前に一度、深呼吸をするんです。45年間、ずっと」
深呼吸。たった一秒の、小さな儀式です。本人も長いあいだ、それを癖だと思っていたそうです。でも癖ではありません。あれは、鎧を着る音です。
この感覚に、心当たりはないでしょうか。
母親を憎んでいるわけではない。世間で言う「毒親」とは違う。感謝もしている。それなのに、母と話したあとは決まってどっと疲れている。母の「あなたのためを思って」という言葉が、なぜか胸の奥に小さな石のように残って、夜になっても溶けない。
憎める相手なら、話は簡単なのです。距離を置けばいい。難しいのは、優しい母です。優しい母への違和感は、行き場がありません。口に出せば「贅沢な悩み」と言われ、自分でも「私が気にしすぎなだけ」と処理してしまう。こうして違和感は、誰にも校正されないまま、45年間、原稿の中に残り続けます。
真由美さんの物語
真由美さんは、地方都市の教育熱心な家庭の長女として育ちました。母は専業主婦で、娘の教育に人生の多くを注いだ人でした。
母のやり方には、特徴がありました。命令をしないのです。代わりに「提案」をする。
高校を選ぶとき。「あなたが決めることだけど、お母さんは公立の方が伸び伸びできると思うな」
大学を選ぶとき。「東京も いいけど、女の子は近くの国立の方が安心じゃない? あ、でも、あなたが決めることよ」
就職のとき。「その会社、聞いたことないけど大丈夫? お母さんは地元の銀行とか、堅いところがいいと思うけど……まあ、あなたの人生だからね」
お気づきでしょうか。すべての提案に「あなたが決めることだけど」という枕詞が付いています。だから真由美さんは、反抗のしようがなかった。命令なら反抗できます。でも提案は、断ると「せっかく考えてくれた母を傷つける」構図になる。
真由美さんは、ほとんどの提案を受け入れて生きてきました。公立高校に行き、地元の国立大学を出て、母が安心する会社に入った。結婚相手を紹介したときの母の第一声は「いい人そうね。お母さん、安心した」でした。真由美さんは今でもその言葉を覚えています。嬉しかったからではありません。「安心した」と言われた瞬間、自分の結婚が「母を安心させる事業」の一部になった気がしたからです。
それでも、大きな不満はありませんでした。失敗のない、堅実な人生。母の提案は、実際おおむね正しかったのです。だから問題にも見えなかった。
45歳の異変
異変が起きたのは、45歳の時です。
長年勤めた会社で、部署の統廃合がありました。真由美さんの仕事は残りましたが、その騒動の中で、大学時代からの友人に誘われたのです。二人で、小さな仕事を始めないか、と。内容は、彼女が20年の実務で培った経験がそのまま活きるものでした。
「話を聞いた夜、眠れなかったんです。怖くて、じゃないんですよ。ワクワクして眠れないなんて、何年ぶりだろうって」
人生で初めての、誰の提案でもない「自分の企画」でした。彼女は事業計画のメモを作り、貯金を確認し、夫にも相談しました。夫の返事は「やってみれば」。あと一歩でした。
そして彼女は、母に電話をしました。報告のつもりでした。許可を取るつもりなんてなかった——と、本人は言います。
母の返事は、一言でした。
「今から? もったいない。お母さんは心配だな」
責めてもいない。反対とすら言っていない。ただ「心配だ」と言っただけです。
企画は、そこで止まりました。あれから2年。真由美さんは今も同じ会社にいます。友人は別のパートナーと事業を始め、うまくやっているそうです。
ここで重要なのは、止まった理由です。母に反対されたから、ではありません。あの電話のあと、真由美さんは一人で考えたのです。「母を心配させてまで、やることなのか」と。そして自分で、止めた。
「結局、私には覚悟がなかったんだと思います。母のせいにしたら、母がかわいそうですから」
セッションでこの言葉を聞いたとき、私は編集者として、赤ペンを置いて言いました。それは違う、と。
この原稿の奇妙な点
真由美さんの47年間を一本の原稿として最初から読み直すと、奇妙なことに気づきます。
この物語、主人公が一度も自分でプロットを決めていないのです。
高校も、大学も、就職も、結婚のタイミングさえも。そして最後の「挑戦しない」という決断までも。すべての意思決定の場面で、判断基準はただ一つでした。「母がどう感じるか」。彼女の原稿の全ページに、薄く母の筆跡が透けている。45年前に母が書いた下書きの上を、真由美さんがなぞり続けてきた原稿なのです。
しかも巧妙なことに、この下書きは「あなたが決めることだけど」というインクで書かれているため、一見すると本人の自筆に見える。本人ですら、自分で決めてきたと思っている。だから「覚悟がなかった」と、失敗の責任だけは自分で引き受けてしまう。
**下書きは他人の筆跡なのに、責任だけ自筆。**これがこの原稿の、いちばん不公平な点です。
そしてもう一つ。彼女を止めた「母を心配させてまでやることなのか」という問い。この短い一文の中に、実は重大な論理の混同が隠れています。
母が心配する。それは事実です。
では、その心配は——誰の課題でしょうか。
後編では、この45年ものの下書きに、赤字を入れていきます。使う道具は、二千年前のローマの哲学者たちが遺した、シンプルで冷徹な二本のペンです。
この編集室について:考え方の全体像は固定記事「なぜ、占っても幸せになれないのか?」にまとめています。
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