仕事は好きだった。でも、辞めました。
好きだった仕事を辞めた —— 。
この出来事が、今の私の働き方の原点です。
まず最初に書きたいのは、私がなぜ会社を辞めて、フリーランスという働き方を選んだのかという話です。
大好きだった、けれど
沖縄の大学を卒業した後、新卒で関東のホテルに入社しました。配属されたのはフロントやロビー業務など、お客様と直接関わる部署。業務内容は幅広く、いわゆるオールマイティな部署でした。
仕事は大変でしたが、やりがいもありました。シフト制で夜勤もある不規則な生活でしたが、たくさんの人に頼られ、いろんな人と関わる中で楽しさを感じていたのは事実です。
ただ、その一方で、どこか自分が “道具” として雑に扱われているような感覚を覚える瞬間もありました。
身体が出した答え
異変は静かに、でも確実に体に現れ始めました。
蕁麻疹が出るようになり、月に一度は38℃以上の高熱。
最初は「疲れが溜まっているだけだろう」と思っていました。
でもある月、一番高いときには42℃まで熱が上がりました。
病院の薬も効かず、40℃の熱が1週間続いたとき、ようやく自分の心身に限界が来たと自覚しました。
大きな病院で血液検査や精密検査も受けましたが、原因は結局わかりませんでした。おそらく、不規則なシフトによるストレスに、心と体が適応しきれなかったのだと思います。
部署異動も考え、上司や人事に相談しました。でも当時は人手不足で異動のタイミングも読めず、給与面にも不安があり、深夜手当や残業代でなんとか生活を成り立たせている状況。内勤に異動すればその手当もなくなり、生活はさらに厳しくなる。「それなら、この会社に留まる理由はないな」と思いました。
見切り発車の決断
転職を考え始めたものの、心身の限界を隠しながら働いていたツケは大きく、休みの日は一日中起き上がれないほど体が動かなくなっていました。「転職活動をしなければ」という焦りだけが募る毎日。
そんなある日、ぼんやり考えごとをしていたときに、ふと浮かんだのです。
「もともとやっていた副業の在宅ワークを、本業にすればいいんじゃないか」
会社に属さず、個人で仕事をする。
今思えば、計画的な決断ではありませんでした。
「早く辞めないと、心も体も完全に壊れる。」
その一心で踏み切った、見切り発車の独立でした。
今、思うこと
現在、独立して半年が経ちました。正直、今でも不安はあります。
「この先、収入を伸ばしていけるのか」
「本当に自分なんかがやっていけるのだろうか」
——そんな疑念がふと湧いてくることもあります。
それでも、圧倒的に変わったことがあります。
身体が回復したのです。
蕁麻疹は出なくなり、高熱どころか微熱すら出なくなりました。心にも余裕ができて、自分の中にあったやりたいことや好奇心、向上心が少しずつ戻ってきたのを感じます。この事実だけで、私にとって退職は間違いではなかったのだと思えます。
退職を決めて上司に伝えたあの日から今日まで、後悔したことは一度もありません。
誰にも縛られず、自分の時間を自分で決められる。
この働き方は、私の性に合っているのだと思います。もちろん会社員の頃と違って、自分が動かなければ収入は発生しないし、固定給もない。不安定さに時々心が揺れることもあります。それでも今は、楽しさや好きなことができている嬉しさ、心の豊かさのほうが確かに大きいです。
心に余裕ができたからこそ、もっとたくさんのスキルを身につけて、
フリーランスとして胸を張って生きてきたい。成長したい。と思い行動することができています。
半年前の私は、「会社を辞める」という決断しかできませんでした。
“後先は未来の自分がどうにかする” という考えしか浮かばなかったし、
そう思うことでしか退職から独立という大きな決断を認められない気がしました。
今の私は、「これからどう成長していくか」を考えられるようになっています。
自分の身体の声に耳を傾けたことが、今に繋がり、自分に合う働き方を見つけられた気がします。
