良い商品なのになぜ売れない? ヒトはスペックではなく物語に金を払う
良い商品なのに、なぜ売れないのか!?を紐解く
「伝える」から始める経営シリーズ
前回、『良い商品なのになぜ売れない? 』の中で、味は舌ではなく脳で感じている、という話をした。今回はその続きで、さらに奇妙な実験から始めよう。
2009年、アメリカのジャーナリストが「重要性のオブジェクト」と名づけた実験を行った。
フリーマーケットで仕入れた平均1.25ドルのガラクタ――プラスチックの馬、古い木槌、壊れかけの置物――に、プロの作家が創作した短い物語を添えてネットオークションに出品したのである。
結果はどうなったか。合計129ドルで仕入れたガラクタは、約3,600ドルで売れた。およそ28倍。
商品は何ひとつ変わっていない。変わったのは、そこに「物語」が添えられたことだけだ。
念のため言っておくと、これは詐欺ではない。
物語は創作だと明示されていた。買い手は騙されたのではなく、物語込みの価値に、自らの意思で金を払ったのである。
なぜこんなことが起きるのか。
答えは、またしてもわたしたちの脳の設計図にある。
ヒトが文字を発明したのはせいぜい5千年前だが、焚き火を囲んで物語を語り合ってきた歴史は、その何十倍も長い。
数字やスペックを処理する能力は脳にとって「後付けのアプリ」にすぎず、動かすには多大なエネルギーを要する。
一方、物語は脳の「標準装備」だ。
登場人物がいて、困難があって、それを乗り越える――この型に情報が流し込まれた瞬間、脳は勝手に引き込まれ、勝手に記憶し、あろうことか勝手に感情移入までしてくれる。
スタンフォード大学の研究によれば、物語は単なる事実の羅列より最大22倍も記憶に残りやすいという。
前回のコラムにおいて、顧客の脳内に「存在」することが勝負だと書いた。だとすれば、22倍記憶に残る形式を使わない手はないだろう。
ところが、である。
日本の中小企業のホームページを開くと、そこに並んでいるのはたいてい「創業○年」「業界シェア○%」「ISO取得」といった数字の行列だ。
誠実さの表れではあるのだが、脳科学的にいえば、これは顧客の脳が最も処理を嫌がる形式で自己紹介しているに等しい。
真面目な会社ほど物語を「盛る」ことを嫌い、スペックで勝負しようとする。その結果、真面目な会社ほど忘れられていく。皮肉な話である。
では、物語などない普通の会社はどうすればいいのか。
安心してほしい。物語は「つくる」ものではなく「掘り出す」ものだ。しかも埋まっている場所は、だいたい決まっている。
あなたの会社の沿革欄である。
「昭和52年、二度目の工場火災から再建」――この一行の裏には、必ず誰かの決断と葛藤がある。
「平成8年、主要取引先の倒産により新分野へ進出」――これなど、困難と転機を備えた完璧な物語の原石ではないか。
創業者がなぜその商売を始めたのか。一番苦しかったとき、なぜやめなかったのか。社内では「昔話」として扱われているこれらの記憶こそ、28倍の値がつく資産なのだ。
大事なのは、立派である必要はまったくない、ということ。
むしろ失敗や回り道こそが効く。完璧な主人公に感情移入する観客はいない。わたしたちが応援したくなるのは、転んで、迷って、それでも立ち上がる人間だけである。
中小企業の歴史は、たいていそういう物語でできているはずだ。
高い金を払ってキャッチコピーを外注する前に、まず創業者か古参社員に一時間、昔話を聞いてみるといい。
ブランディングの第一歩は、案外そんな地味な作業だったりする。
(加々本裕樹)
次回予告
良い商品なのに、なぜ売れないのか!?を紐解く 「伝える」から始める経営シリーズ…次回は、掘り出した物語を「誰に」向けて語るか、という話をしよう。「お客様は全員大切です」という美しい建前が、なぜ伝わらない発信の元凶になるのか。ここにも、ちょっと痛い真実が待っている。
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