【ファンタジー小説】第八話 台風予報と無謀な作戦『今日も魔女の住む森で 機械仕掛けのワンダーランド編』
鉄バクテリアの異常繁殖事件からひと月もすると、ぬいぐるみたちはもとの元気な姿に戻りました。
魔女の家ではいつもの夕食後のソファーでくつろぎタイムです。
魔女がスマートフォンの画面を見ながら、洗濯物を干しているヒグマとシロクマに言いました。
「なんか、明日の夜から台風みたいよ。しかも、大型のやつ」
「台風か、飛ばされないように気をつけないと」
と、ヒグマ。
「わたしたちって軽いもんね」
と、シロクマ。
「外に出られないんだったら、家でパーティーしよう!明日の朝から街に買い出しに行ってくるよ。荷物持ちに先生を連れて」
そして次の日。
台風が近づく、どんよりと風の強い空の下。
魔女と先生は、買い物をしに朝から街へ出かけました。
魔女は運転してきた車をおねえちゃんの薬局兼住宅の駐車場に止めると、ショッピングセンターへ行くために先生と一緒にバスに乗りました。
「先生、見た?バスの運転手、ロボだったよね」
「はい、見ました。AIロボの需要は急速に拡大していますね」
魔女は窓枠に肘をつき、不満そうに街を眺めました。
「大好きなパン屋さんの店員もAIロボ、行きつけの歯医者さんの歯科衛生士もAIロボ。みなさ~ん、魔法の世界は消滅の危機に瀕していますよぉ~」
「そのうち、魔女という職業もAIロボに置き換わるかもしれませんね」
「マジ!?」
「冗談です」
魔女は先生の後頭部をぺチンと叩きました。
ショッピングモールは台風前の買い出しのためか、買い物客でごった返していました。
「人、凄いいっぱいだね。早く買い物すませちゃおう」
魔女が歩き出し、通路の壁に貼られた『超合金ハリケーン・ベア等身大立像、港で開催中!』という大きなポスターの前を通り過ぎた時のことです。
ふと魔女が振り向くと、先生はそのポスターの前に立ち止まり、青空にそびえ立つ巨大なロボの姿を水色のランプの瞳でじっと見つめていました。
「先生!」
魔女が声をかけると、先生はハッとしたように小走りで追いかけてきました。
「私、超合金ハリケーン・ベアに憧れているんです。皆さんに愛されて、愛する人を守る強さを持っています」
「まぁ、かっこいいよね。私は操縦してみたいな……でも、迷子になっちゃうからちゃんとついてきてね」
アパレルショップの前を通りかかると、魔女は明るい声を上げて店先のマネキンが着ている超合金ハリケーン・ベアがデザインされたTシャツを指差しました。
「あのTシャツ、先生にプレゼントするよ!」
魔女はマネキンの周りに並べられている同じデザインのTシャツを、よく見えるよう顔の前で広げました。
「かっこいいね!私も買う。お揃いにしちゃおう!」
魔女がTシャツのサイズを確認するために振り向いた時、先生の姿はそこにありませんでした。
「……先生?」
辺りを見回しましたが、先生はどこにも見当たりませんでした。
魔女の脳裏に一抹の不安がよぎりました。
魔女は先生を探しながら、急ぎ足で戻りました。
「やめて!うちの子を離して!」
魔女の心臓がドクンと跳ね上がりました。
あの時、先生と初めて会った時と同じような光景が魔女の目に飛び込んできたのです。
泣き叫ぶ小さな女の子をがっちりと腕に抱え込む先生。
その瞳の水色のランプは不規則に明滅し、ジジッと小さなノイズを鳴らしました。
そして、悲鳴を上げながらその子を取り戻そうとする母親らしき人の姿。
すでに先生は三人の警備員に取り囲まれていました。
捕まれば確実に今度こそスクラップにされることは明らかでした。
魔女は無意識のうちに叫んでいました。
「先生、逃げて!!」
魔女の声に反応した先生は抱えていた女の子をそっと床に下ろすと、一瞬だけ悲しげに明滅する瞳で魔女の方を振り返り、警備員たちの隙を突いて人混みの中へと駆け出しました。
魔女は必死に先生のあとを追いかけましたが、人の群れが邪魔で追いつけず、とうとう見失ってしまいました。
警察よりも、誰よりも先に先生を見つけなくてはいけません。
さもなければ、もう二度と先生に会うことはできないからです。
こんな唐突に、さよならもなしに。
魔女はショルダーバッグからスマートフォンを取り出すと、助けを求めるためにおねえちゃんへ電話をかけました。
「もしもし、そうとうヤバいことになった……先生がまた子供を守ろうとして暴走しちゃって」
「それで」
「それで、先生は子供を離してどこかへ逃げた……捕まったらスクラップにされちゃう」
少し間があってからおねえちゃんが言いました。
「すぐに警察が動くだろうし、ネットニュースに流れるだろうね」
魔女は唇をかみ、振り絞るように言いました。
「何か方法は無いの……」
「あるよ」
「ある?」
「あんたたちが作った紫の霧増幅装置をフル稼働させて、紫の霧を台風の雲に混ぜる。そして、その雲が風に流されて街にたどり着いたら……街に紫の霧入りの雨が降る」
あまりにも突飛なアイデアに唖然とする魔女の開いた口が塞がらないでいるうちに、おねえちゃんは静かに、けれど絶対的な自信を持って更に畳みかけました。
「大丈夫、すべて上手くいく。あたしの魔法の特殊能力で」

