【ファンタジー小説】第九話 ぬいぐるみたちとおねえちゃんの特殊能力『今日も魔女の住む森で 機械仕掛けのワンダーランド編』
魔女が先生を連れて、街へ買い物に出かけた後。
魔女の森では、ぬいぐるみたちがラジオのお天気ニュースを熱心に聞いていました。
【ラジオパーソナリティー】
「リスナーの皆さん、台風に関する緊急のお知らせです。
予想をはるかに上回るスピードで台風が接近しています!
お昼ごろには非常に強い暴風が吹き荒れる危険があります。
不要不急の外出は絶対に避け、今すぐ安全の確保をお願いします!」
すでに魔女の森でも強い風が木々の間を吹き抜け、家の窓はカタカタと震えていました。
シロクマが、バサバサと大きな音を立てて揺れる木々を心配そうに眺めながら言いました。
「日記ちゃん、怖がってるんじゃないかな……」
ウサギも同じことを考えていました。
「僕とヒグマで迎えに行ったらどうだろう?」
ヒグマはすぐに立ち上がりました。
「これ以上、風が強くならないうちに行った方がいいね」
ヒグマとウサギはお互いのお腹をロープで繋ぐと、ふわふわの毛をなびかせながら走っていきました。
ヒグマとウサギが日記ちゃんを連れて家に入ってきたときには、風は木々を激しく揺らし、雨も降り始めました。
「怖いけど、元気出さなきゃ」
シロクマはお昼ご飯に、特製の「こってり濃厚味噌チャーシュー麺」をみんなにふるまいました。
雨に濡れて体の冷えていたヒグマとウサギは、ラーメンから立ち上る温かい湯気に目をキラキラさせました。
「わたしは、お弁当を持ってきたから」
と、日記ちゃんはヒグマのリュックから瓶に入った新鮮なインクをストローでぐびぐび飲むのでした。
お昼ご飯を食べ終えると、フクロウが言いました。
「増幅装置にジェルカプセルを入れないといけないね」
増幅装置には燃料として、毎食後に二つジェルカプセルを入れる必要があるのでした。
ヒグマとウサギが「僕たちで行ってくるよ」と手を上げましたが、フクロウが止めました。
「さっきよりも風が強いからヒグマとウサギの体重だけじゃ飛ばされちゃう危険があるし、それに念のために魔法で風船のようになっている増幅装置と大杉をロープで縛っておきたいから、みんなで協力しよう」
ぬいぐるみたちと日記ちゃんは「おう!」と元気な声を上げると早速準備を始めました。
ヒグマは日記ちゃんの入ったリュックを背負い、肩には輪っかに巻かれたロープをかけ、ウサギとシロクマはジェルカプセルの入ったリュックをそれぞれ背負いました。
リュックを背負えないフクロウは、ちょっぴり寂しそう。
そして、ヒグマ、フクロウ、ウサギ、シロクマは、お互いのお腹をもう一本のロープできつく繋ぐと、激しい風雨の中を身を屈めて一歩一歩進んでいきました。
途中で何度か転びそうになるのをお互いに支えあい、どうにか大杉まで辿り着くと、状況はかなり悪いことがわかりました。
大杉のてっぺんの増幅装置は、地上よりもさらに強い風に襲われていました。
大杉と増幅装置を結んでいたロープはすべて切れ、今や大杉と増幅装置を繋げているのは冷却水用のパイプだけの状態でした。
ぬいぐるみたちは急いで螺旋階段を駆け登りました。
そして、ヒグマが肩にかかっているロープの片方を増幅装置に結び終え、もう一方を大杉の丈夫そうな枝に結ぼうとした時でした。
ひときわ強い風が大杉を揺らし、そのはずみで足を滑らせたヒグマは、とっさに持っていた増幅装置に結ばれたロープを掴むと、宙吊りになって足をぶらぶらさせました。
お互いにつながれているウサギとフクロウとシロクマは枝にしがみつき、強風に煽られて身動きが取れずにいました。
その時、ウサギの耳の中のスマートフォンが鳴りました。
ウサギは器用に長い耳をピクピクと動かして操作し、通話を始めました。
「もしもし、誰!?」
「おねえちゃんだよ。今いそがしい?」
「今、手が離せないの!!」
「やってほしいことがあって、あんたたちが作った紫の霧増幅装置をフル稼働させて、紫の霧を台風の雲に混ぜてくれる?そうすれば紫の霧入りの雨が街に降ると思うから」
「意味わかんないし、危なすぎるよ!」
「紫の霧の力があれば、魔女とあたしの魔法で何とかなるから」
ヒグマとシロクマとフクロウには会話の内容は聞こえませんが、ウサギの真剣な様子から、その会話が夕飯のデザートの話ではなく、もっと重大なことだと理解できました。
ウサギは今にも離れてしまいそうな腕に力をこめ、苦しそうに声を絞り出しました。
「何言ってるの!?無理だよ!!今にも増幅装置が飛ばされそうなんだ!!」
「ギィーーー!!」
パイプがきしむ音が鳴り響き、遂に冷却用の鉄パイプが大きな音を立てて外れてしまいました。
ヒグマの掴むロープしか支えのなくなった増幅装置は、ぬいぐるみたちともども空へと舞い上がりました。
「わぁ!飛ばされちゃうよ」
かろうじてシロクマだけが枝にしがみつくことが出来ました。
「おねえちゃん、もう駄目だ!冷却水のパイプが外れちゃった……増幅装置が止まる!爆発するよ!!」
「増幅装置を飛ばしちゃいな!雨雲に突っ込めば冷却もできるし、そのまま街にも紫の霧を運べるでしょ!」
「もうむちゃくちゃだよ!!」
通話を終えたウサギがヒグマに叫びました。
しかし、その叫びは風と打ち付ける雨の音のせいでとぎれとぎれにしか聞き取れませんでした。
「……マ、手を……して!」
ウサギはもう一度全身の力を振り絞って叫びました。
「……クマ、手を離して!!」
次の瞬間、ぬいぐるみたちは嵐の中を空に舞い上がりました。
手を離したのは増幅装置に結ばれたロープを掴んでいるヒグマではなく、大杉の枝にしがみついていたシロクマでした。
「わぁぁ!!」
ぬいぐるみたちは増幅装置とともに雲の中へ突っ込んでいきました。
一番力持ちのヒグマが一匹ずつ引き上げて増幅装置へ続くロープにつかまらせると、それぞれ自力で増幅装置の中へ避難しました。
しかし、危機はまだ去っていません。
ウサギは激しい風圧に耐えながら予備のパイプを集めると、古いものを外し、雨水が直接入るように上向きに取り付け、先端をラッパ型に加工しました。
次に、ウサギはリュックからジェルカプセルを取り出すと、燃料投入口に入れました。
「シロクマのジェルカプセルも入れて」
「うん、わかった!」
シロクマはリュックを下ろし、ジェルカプセルを取り出そうと中を覗きましたが、どこにもジェルカプセルは見当たりませんでした。
「あれ!なくなってる!」
ヒグマのリュックから顔を出している日記ちゃんが、シロクマの背中が紫色に染まっていることに気がつきました。
「シロクマ、背中が紫だよ!きっとリュックの中でジェルカプセルが壊れちゃったんだよ」
シロクマは頭を抱えてしゃがみ込み、ポロポロと涙をこぼしました。
「ごめん……わたしのせいだぁ」
フクロウがふわりとシロクマの頭にとまり、静かな落ち着いた声で言いました。
「シロクマは悪くないよ。あんな状況だったんだもん、仕方ないよ。それに、一つは入ったんだし何とかなるよ」
ぬいぐるみたちはシロクマの周りに集まり、抱きしめたり頭を優しく撫でて慰めてあげました。
「みんな、ありがとう」
シロクマは涙を拭い、にっこりと笑顔を見せました。
フクロウは窓枠に飛び移り、その大きな丸い目で、時折雲の切れ目から現れる地上と風向きを熱心に観察しました。
「風向きはバッチリ街に向かってるね」
「魔女がちゃんとキャッチしてくれるといいね」
元気を取り戻したシロクマが、なんだか楽しそうにウサギに話しかけました。
「どんなふうにキャッチするんだろうね」
ウサギもワクワクが声に出てしまっています。
雲に視界が遮られて不安な時間がしばらく続きました。
ウサギの耳が急にピンと立ち上がり、大きな声で通話を始めました。
「あっ、おねえちゃん!実はちょっとまずいことになってて……。僕たち増幅装置に乗って飛んでるの」
ウサギが今の状況をおねえちゃんに伝えると、ウサギの耳の中からくぐもったおねえちゃんのガミガミ言う声が漏れてきました。
ウサギはあまりのうるささに頭を抱えてしゃがみ込みました。
そんなウサギを見たシロクマが、おねえちゃんに小さな声で話すようにお願いしようと、ウサギの耳元で「おねえちゃん、声が大きいよ!」と叫ぶので、ウサギは目をクルクルさせ気絶して倒れてしまいました。
気絶したウサギの耳の奥からおねえちゃんが何か話す声が聞こえましたが、こもってしまってうまく聞き取れませんでした。
しばらくして通話が切れると、やっとウサギが目を覚ましました。
窓から外を見ていたフクロウが声を上げました。
「もうすぐ街に着くよ」
ぬいぐるみたちは転ばないようにバランスを取りながら窓から顔をのぞかせました。
増幅装置は街外れに差し掛かっていました。
そして、ヒグマが異変に気がつきました。
「見て!キラキラの砂が!」
紫に輝く砂が増幅装置を取り囲み始めました。
ヒグマはそのあまりの美しさに、つい窓を開け、外に手を伸ばしました。
そして、次の瞬間。
増幅装置が何かに掴まれたように感じると、今度は強い力で引っ張られ、地上に向かって加速していきました。
あまりに急なことだったので、ぬいぐるみたちは何かに掴まって身を守ることができず、ロープでお互いをつないでいる四匹とリュックの中の日記ちゃんは、仲良く外へ投げ出されてしまいました。
フクロウが嵐に立ち向かうように、必死に雨に打たれる翼を羽ばたかせましたがほんの少しだけ落下速度を落とすことしかできませんでした。
シロクマが恐怖の悲鳴を上げました。
「落ちたら泥水で茶色に汚れちゃう!」
ウサギも叫びました。
「そんなのじゃすまないって!綿の中まで染み込んじゃうから!!」
日記ちゃんも叫びました。
「表紙の角がつぶれちゃう!」
必死に羽ばたくフクロウは苦しそうに声を絞り出しました。
「言いにくいけど、……このまま落ちたらみんな死んじゃうよ」
フクロウの言葉にシロクマとウサギ、それに日記ちゃんは一斉に、「そんなの嫌だ!!」と叫びました。
そんな状況の中、妙に落ち着いているヒグマがガシッとフクロウの両足を掴むと、聞いたこともないような低い声で言いました。
「フクロウ、ジタバタするのはやめて滑空するんだ。パラシュートのように……あとはこっちで風を読む」
ヒグマは器用に体を左右に揺らし、広場の上空を旋回しながら落ちて行きました。
そして、ヒグマは続けて言いました。
「コースは決まった。みんなあたしにしがみつけ。フクロウも翼を畳んで、一塊になるんだ」
ヒグマの奇妙な低い声や言葉遣いに気づかないほどパニックになっているシロクマ、ウサギ、フクロウ、それに日記ちゃんは、猛スピードで迫ってくる地面に、もう駄目だと覚悟して目をギュッと閉じました。
次の瞬間。
バサッという音とともに、横から何か柔らかいものに包まれるような、明らかに地面に衝突するのとは違う感覚がありました。
ぬいぐるみたちが恐る恐る目を開くと、そこには大きな虫取り網を持つおねえちゃんが仁王立ちしているのでした。
「あんたたち、振り落とされないようにしっかり掴まってなって言ったじゃん」
「そうだっけ……ごめん、話してて急に頭がキィーンってなって……」
ウサギは耳を撫でながら言いました。
「でも、落っこちてよかったかも……」
シロクマの指さす先には、増幅装置が時計台前の広場で狂ったスーパーボールのように建物や地面に激突する光景がありました。
少しの沈黙のあとで、フクロウがクルクルと首を回しながらおねえちゃんに疑問をぶつけました。
どうして自分たちが落ちてくるとわかったのか。
しかも、虫取り網まで用意して落下地点に待ち構えることができたのか。
「それはね、魔女が人の思いに命を吹き込むという特殊能力を持っているように、あたしにもあたしだけの特殊能力があるんだ。その能力のことを人はこう呼ぶ……」
ぬいぐるみたちはゴクリと唾を飲み込んでおねえちゃんの次の言葉を待ちました。
「詐欺師。弱っている人の心に付け込むことができる能力」
フクロウはハッとしてヒグマを見ました。
「もしかして、さっきヒグマの様子がおかしかったのって……」
「そう、あたしがヒグマの恐怖に怯える弱い心を操り、視界をジャックし、体を操作した」
どんな反応をするのが正解なのか、わからずに静まり返るぬいぐるみたちの背後に、増幅装置がポンと音を立てて着陸しました。

