【ファンタジー小説】第七話 魔女の才能と霧の境界『今日も魔女の住む森で 機械仕掛けのワンダーランド編』
魔女は家に寄ってリヤカーを持ち出すと、ヒグマとシロクマ、日記ちゃんを乗せて『酸のリンゴ』が採れる岩山目指して、猛然と走り出しました。
「いけいけ!」
二匹のクマと日記ちゃんは楽しそうにはしゃぎます。
紫の霧が消えていっていることは目に見えて明らかでした。
「急がないと……霧が完全に消えちゃったらウサギとフクロウの命が抜けちゃう」
魔女は首にかけていた『紫の霧のペンダント』をヒグマの首にかけました。
そして、シロクマと日記ちゃんに「ヒグマから離れないで」と伝えました。
森の図書館を通りすぎ、しばらく進むと目的地の岩山が見えてきました。
ヒグマが釈然としない様子でシロクマに言いました。
「あの岩山にリンゴの木なんてあったっけ?ごつごつしてて危ないから、あんまり来ないけど」
シロクマは「そうそう」と、頷きました。
「もしもリンゴの木があったら、わたしたちが全部食べちゃうもんね」
岩山の麓に着くと、魔女は額の汗をぬぐい岩山を見上げて「あちゃ~」と、何とも気の抜けた声を上げました。
魔女の背丈ほどもある大きな岩が積み重なってできている岩山は、リヤカーを持って登ることができそうにないのです。
そこで、魔女が岩山の上から酸のリンゴを投げ、そのリンゴを三匹がキャッチしてリヤカーに積んでいくことにしました。
魔女は岩山を登っていきました。
汗だくになり、擦り傷をいくつも作りながらなんとか頂上にたどり着いた魔女は、辺りを見回してリンゴの木を探しました。
しかし、どこにもそれらしきものは見当たりません。
リンゴの木はおろか、雑草一つ生えていないのでした。
「ひょっとして、もう枯れちゃってる!?」
魔女の心臓は動揺と焦りでドクンドクンと飛び跳ねました。
紫の霧の境界が岩山のすぐそばまで迫ってきていました。
時間がない。
急いでウサギとフクロウの所に戻らないと。
魔女はリンゴを諦めて、大杉に戻ることにしました。
「みんな無事じゃなきゃ嫌だ……」
岩山を降りようと、動揺と焦りでこわばる足を一歩踏み出した時。
足元の岩が崩れて、魔女はバランスを崩し仰向けに倒れましたが、かろうじて両手をつき大きな怪我は免れることができました。
「いたたた、危なかった……って、あれ!?」
魔女は目の前の岩の隙間に、木の枝のようなものがあるのを見つけました。
魔女が動かせそうな岩をどかしていくと、ぽっかり空いた空間から伸びる枝に、たくさんのリンゴの実がなっているのが見えました。
酸のリンゴの木は岩山の中で、岩の隙間に枝を伸ばし生えていたのです。
「どうだ!転んでもただは起きぬとは、この私のことだ!!」
元気を取り戻した魔女はリンゴを手に取ると、手を振って下で待っている三匹に合図を送りました。
「じゃ、投げるよ!」
魔女が投げたリンゴは綺麗にヒグマの手の中に収まり、ヒグマから受け取ったシロクマがリヤカーに積み、日記ちゃんがミリ単位で寸分の狂いもなく並べていきました。
次々と投げられるリンゴは偶然にもヒグマの手の中に収まっていくので、調子に乗った魔女は次第に投げる力を強めていきました。
『すご……私ってこんな才能があったんだ!』
魔女は最後の一個を、軍神の力を込めて放ちました。
そのリンゴはヒグマの手をすり抜けて、すぐ後ろの岩にぶつかって弾け飛ぶと、強力な酸がヒグマの尻尾の先の毛を溶かして白い煙を上げました。
ヒグマは顔面蒼白になり、シロクマと日記ちゃんはドン引きして、「ごめんね」と舌を出して手を振る魔女に、冷ややかな視線を送りました。
その時。
サッと視界が開けました。
紫の霧の境界が魔女たちを外側に置き去りにしていったのです。
魔女は急いでリヤカーのところまで戻ると、酸のリンゴが破裂するのを怖がる二匹のクマと日記ちゃんを無理やりリンゴの山の上に乗せて、「おりゃ!」と走り出しました。
「魔女!紫の霧が……」
日記ちゃんがヒグマのお腹にしがみつきながら言いました。
「わかってる」
シロクマはリヤカーが飛び跳ねるたびに、お尻が溶けるかもという恐怖に気を失いそうでした。
そんなシロクマに気づいたヒグマがシロクマを自分の膝の上に乗せてあげました。
「ありがとう……わたし、怖くって」
木々の間から増幅装置がチラチラと見えるくらいに近づいてきましたが、紫の霧の境界に追いつくことはできそうにありませんでした。
このまま本当に完全に紫の霧が消えてしまったら、ウサギとフクロウは……。
突然、魔女が足をピタリと止めました。
そして、魔女は戸惑う二匹のクマと日記ちゃんに酸のリンゴを抱えられる分だけ持たせました。
「ほら、もっと持って!」
そして『酸のリンゴを抱えた二匹のクマと日記ちゃん』を、酸のリンゴごと自慢の強肩で増幅装置めがけて投げました。
「普通の乙女をなめんな、おりゃあああ!!」
二匹のクマと日記ちゃんは、お互いの体が離れないようにギュッときつく抱き合いました。
「ぎゃぁ~!!」
ボールのように丸くなってスピンする三匹は紫の霧の境界を追い越し、みるみる増幅装置に迫っていきました。
このまま激突したら『酸のリンゴ』が弾けて、二匹のクマと日記ちゃんをあっという間にドロドロに溶かしてしまいます。
「駄目だ、ぶつかる!!」
しかし、屋根にぶつかった瞬間に聞こえたのは衝撃音ではなく、ポンポンと風船が跳ねるような音でした。
魔法で軽く、風船のようにされていた増幅装置が、クッションの役割を果たしたのです。
二匹のクマと日記ちゃんはクルクルと目を回し、口から泡まで吹いて気絶してしまいました。
ウサギとフクロウは屋根に上り、そんな三匹を増幅装置の中へ引き入れました。
ウサギは気絶する仲間を心配しつつも『酸のリンゴ』を手に取り、冷却水逆流スイッチを押し、増設した鉄パイプで作った『酸のリンゴ』投入口へ入れました。
『酸のリンゴ』はスポッと鉄パイプに吸い込まれると、途中のファンで粉々に砕かれ、新鮮な酸の果汁が水と混ざり合いました。
ウサギは間隔を空けて次々と『酸のリンゴ』を投入していきました。
「数値が改善してきました。鉄バクテリアが死滅してパイプの詰まりが取れている証拠です」
先生の言葉にウサギが「よし!」と意気込みました。
「先生!冷却水の逆流スイッチを切って増幅装置のメインレバーを引いて!!」
「……あと正確に三十秒だけ逆流させてください。完全に鉄バクテリアを除去しなければ、再発する確率が極めて高いです」
目を覚ましたヒグマとシロクマは迫ってくる紫の霧の境界を指さし、「霧の終わりが来るよ!」と叫びました。
その時、大杉の螺旋階段を駆け上がってくる魔女の声が聞こえました。
「みんな、ヒグマから離れないで!命が抜けちゃう!!」
ぬいぐるみたちはヒグマにぎゅっと抱きつき、まだ目を回している日記ちゃんをシロクマが引き寄せました。
それとほぼ同時に、紫の霧の境界がぬいぐるみたちの目の前をサッと通り過ぎて行きました。
階段を登りきり、息を切らした魔女が両手いっぱいにリンゴを抱えて駆け寄ってきます。
しかし、ぬいぐるみたちの目には魔女の姿は入ってこず、大杉の幹にへばりつくように漂うわずかな紫の霧ばかりが見えるのでした。
「冷却水の逆流スイッチを切って増幅装置のメインレバーを引きます」
ガチャンという音とともに振動を始め、増幅装置が動き出しました。
煙突から濃く美しい紫の霧がモクモクと放出されていきます。
ぬいぐるみたちは、この増幅装置なしには、もうこの森で生きていくことはできないと知ったのでした。

