【ファンタジー小説】第二話 科学の魔法と真ん中の大杉『今日も魔女の住む森で 機械仕掛けのワンダーランド編』
魔女は地上に降りるとヒグマとシロクマを乗せ、来たときと同じように木々の間を飛んで行きました。
魔女の真剣な表情にただ事ではない何かを感じた二匹のクマは、口を固く結び、ふかふかの短い腕で魔女の足にギュッとしがみついていました。
魔女はトゥクトゥクを修理していたウサギと、哲学の本を読んでいたフクロウを慌ただしく空飛ぶお掃除ロボに乗せると、そのまま森の図書館へ向かいました。
「みんなにとって、すごく大事なことだから……」
ひんやりと静まり返った森の図書館に着くと、魔女とぬいぐるみたちは日記ちゃんを大声で呼びました。
しばらくすると、本棚の陰からパラパラと音を立てながら日記ちゃんがひょいっと顔を出しました。
「ビックリしたよ。みんなで大声出してさ」
魔女は日記ちゃんと四匹のぬいぐるみをテーブルに集めました。
魔女はぬいぐるみたちがきちんと理解できるように、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと状況を説明してあげました。
紫の霧が消え始めているという事実を突きつけられたぬいぐるみたちの間に、動揺と不安が広がりました。
魔女は「日記ちゃん……」と、静かに言いました。
「森に先祖の魔女の言葉が刻まれた岩があるでしょ。昔、紫の霧の境界がここまで迫ってきたよっていう印の」
森の図書館に住む魔女の日記の日記ちゃんは、初代の魔女の時代からずっとここで魔女の歴史を見てきた、魔女の森の生き字引です。
「うん、凄く大騒ぎになったからよく覚えてるよ」
日記ちゃんは「何でも知ってるんだから」というように、ちょっと得意顔です。
「当時、紫の霧が消え始めた原因は?どうやって解決したの?」
日記ちゃんはパラパラとページをめくっていきます。
「あれはね……そう、産業革命の時代だったな。みんなが機械に夢中になって……」
日記ちゃんは話しながら当時のことが書かれているページを探りました。
「あったあった。何年もたってから綺麗にまとめられてる。昔の魔女はちゃんとしてたなぁ」
日記ちゃんが差し出したページを受け取ると、魔女はそこに書かれた文字をゆっくりと読み上げました。
「ええとね……
『機械の登場によって、人間たちは目に見えない精霊に祈るのをやめてしまった。
石炭を燃やせば機械が動くという、目に見える法則が世界の全てだと信じ込んだからだ。
お金にならない空想は無価値だという価値観が広まり、人々は自ら神秘を切り捨てた。
紫の霧の源である、人の空想や夢みる力が弱くなっていき、そして、ゆっくりと紫の霧が消えていった。
けれど……』」
魔女は少し目を細め、難しい言葉をなぞるように続けました。
「……それで、
『20世紀になって「量子力学」という新しい科学が登場し、目に見えないほど小さな世界が研究されるようになった。
するとそこでは、生き物のように姿を変えたり、壁をすり抜けたりと、まるで魔法のような現象が起きていることがわかったのだ。
なんでも理屈で解き明かそうと科学を進歩させた人間は、その究極の先で、「世界はまだまだ理屈では説明できない、魔法のような不思議に満ちている」という事実に、ふたたび直面することになったのだった』
……だってさ」
フクロウが静かに口を開き、その言葉の意味を紡ぎ出しました。
「つまり、人間は一度は『機械や科学の力を使えば何でも解決できる』と思って空想する心を忘れかけたけど、科学がうんと進んだ先で『世界はまだまだ魔法みたいに不思議だ』ってわかって、また想像力が戻ってきた……」
フクロウは魔女のスマートフォンのほうへ視線を向け、そして、言葉を続けました。
「おそらく今は、AIが人々の『空想したり、神秘的なことを想像したりする機会』そのものを奪っているのかもしれないね。だから再び霧が消え始めているのかも」
「どうすればいいの?紫の霧が消えたらわたしたちぬいぐるみは生きられないよ」
シロクマが不安そうな顔で魔女を見上げて言いました。
魔女はそっとシロクマの頭に手を置きました。
「何とかなるよ。それに今すぐに霧が消えるわけじゃないし……でも何か作戦は必要だね」
ウサギが腕組みしながら言いました。
「そもそも、紫の霧ってどこから発生してるんだろう?」
日記ちゃんが「はい、はい」と手を上げました。
「知ってるよ。森の真ん中にある大きな杉の木から出てるんだよ。昔の魔女はその杉の周りに集まって怪しげな儀式をよくやってたっけ」
魔女とぬいぐるみたちは、日記ちゃんにお礼を言って森の真ん中の大きな杉へ向かいました。
森の奥へ進むにつれて木々は少しずつ道を空け、やがてぽっかりと開けた円形の広場に出ました。
その中央にそびえ立っていたのは、見上げるぬいぐるみたちが後ろにひっくり返ってしまいそうなほど巨大な、樹齢何千年という大杉でした。
天を突くほど真っ直ぐに伸びた太い幹には、長い年月をかけて刻まれた深いシワのようなひび割れが走り、まるで森のすべてを知り尽くした長老のようです。
地面を這う大蛇のように太くうねった根の隙間には、ふかふかの青い苔や、淡く光る不思議なキノコが生い茂っていました。
そして、その巨大な根の奥深くにある暗がりから、まるで大杉が静かに深呼吸をするかのように、濃厚でキラキラと輝く紫の霧が「しゅぅぅ……」と絶え間なく湧き出し、地を這うように森へと広がっているのでした。
ウサギが「日記ちゃんの言ってた、怪しげな儀式をやったら、もしかして少しは霧が戻ってくるんじゃない?」と提案しました。
「怪しげな儀式か……」
魔女は腕を組み、まるで品定めをするように、ぬいぐるみたち一匹ずつに順番に視線を移していきます。
そして、魔女はいたずらっぽく「怪しげな儀式といえば、いけにえだ!」と大きな声で言うと、びっくりして走って逃げていくぬいぐるみたちを捕まえるふりをして遊ぶのでした。

