レトロゲーム回顧録 第23回 「平安京エイリアン」


一番好きなアーケードゲーム。
子供の頃に友達と暑い夏も寒い冬も自転車を漕いでゲームセンターに行き、なけなしの小遣いで2人同時プレイを楽しんだ思い出を超えることはもう無いだろう。
当時、色々なゲームセンターにあり、数々の思い出になっている。
少年時代、一日一回は必ずプレイしていた。小学校で悪友Sがス-パ-ダイエ-の前のパチンコ屋の2階にゲ-ムセンタ-が出来たとある日、興奮混じりに話す。ヤツが言うには死ぬと天使になって画面の上に上がってゆくゲ-ムが何でも面白かったという。そんな話を聞いてるともう一刻も早くゲ-ムセンタ-に行きたくて授業も上の空。
放課後、家で着替えて速攻で2人で乗り込んだら何とも言えない大人のゲームセンターの雰囲気に圧倒された(このなんともいえない雰囲気が大好きだった)。早速、Sと2人同時プレイした時の記憶は今でも鮮烈に残っている。
そして時は流れ、中学時代の夏の暑い日。当時は250ml缶が標準だったコーラにビッグサイズの500ml缶が登場。


当時はバカデカい印象。その頃に通っていたマンガ図書館の横に酒屋があり、そこで500ml缶コーラを買ってきてテーブル筐体にデン!と置いて飲みながらプレイするのが当時の自分のステイタスだった w


「平安京エイリアン」唯一の欠点は一定以上、エイリアンを放っておくと永久パターン防止措置として大増殖が始まることか。このモ-ドに突入してしまうと、まずクリア不可能なので要注意だった。
2人同時プレイの時、2人で同じ穴を掘ったり埋めたりすると半分の回数で出来るところも良かった。友達とアレコレ指示したり、指示されたり、勝手なことをしたりが楽しかった。
ある休みの日、マンガ図書館に初めて開店一番乗りしたらテ-ブル台の電源が全台入っていない。「左の下にスイッチがあるから勝手に入れてくれ」と店長(この人がオーバーオール着ていてマリオに似ていたので「マリオのおっさん」と呼んでいたw)に言われて覗き込むと電源スイッチと別に変なスイッチが…。コレがロ-タリ-スイッチだった。
ロータリースイッチを回すことで交互プレイと協力プレイを切り替えが出来ることを初めて知った。
マリオのおっさんが、たまにお金を入れて遊べなかったときに1クレジット分をサービスしてくれるのも嬉しかった。





迷路をくぐって入力
よく友達と「⚫️◯&▲△」と入力した
東大生が作ったゲ-ム…。これが当時のこのゲ-ムのキャッチコピ-。これは子供たちのプレイ意欲を刺激するのに最適だった。
アタリの名作「マ-ブルマッドネス」開発者の一人、マ-ク・サニ-のIQ140(当時言われていたが信頼性は不明)と似ているのかもしれない。もっとも「マ-ブル」の方は売り文句にはしなかったが。
このゲ-ムはセガのスペシャルデュアルボ-ドと呼ばれるマザ-ボ-ドでも動く。尚、この「平安京エイリアン」はこの当時最大の14キロバイトのロムを搭載していて、同じ年代の他のゲ-ムのタイトルは普通のフォントでタイトルかどうかも判りにくいものが多かった中、UFOがエイリアンを吐き出してタイトルになる画面は鮮烈であった。
迷路の色が緑色なのはオリジナルの電気音響ver、青色はセガのデュアルボードver。ツインレバーでSEがかなりゴージャスだった。

1980年発売

しっかり「平安京エイリアン」を再現
