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「愛されてなんぼ」のそのさきの話

「女は愛されてなんぼだから。その方が幸せになれるから。あんたもそういう人を探しなさい」
これは昔、姉に言われた言葉だ。

姉もわたしも若い頃は恋愛に苦労してきた。
いわゆる“ダメ男”に惹かれやすく、そこには父の面影が透けていた。父はかっこよく、ミステリアスで、母もずいぶん苦労した。

ダメとわかっていても、
「だってすごく好きだから」「一緒にいる時間が幸せだから」
とあれこれ理由をつけてしまう。
結局は都合よく扱われて終わる。わかっていてもやめられない。刺激的だけど、大事にされない虚しい恋愛。

そんな姉も、“愛される恋愛”をして結婚した。
結婚したのはそれまで付き合ってきた人とは、全く違うタイプの人だった。その実績を踏まえた私へのアドバイスだったのだろう。

わたしも30代になる頃、ダメな恋愛から卒業した。タイプではないけれど、真っ直ぐに好いてくれると付き合った。6年間一緒にいた。

愛の言葉をぎこちなく伝えてくれたこともある。
でもそれ以上に、

ブサイクに写った写真のわたしを「かわいいよ」と言ってくれること、ときどき作ってくれた屋台みたいな焼きそばの味に、愛のかたちを感じていた。

誰かに大切にされるということが、
胸の奥をほかほかと温めてくれる。
それまでの恋愛から、「自分は大事にされない人間だ」とどこかで思っていたけれど、
彼といると、その思い込みが少しずつ薄れていった。こころの奥の方から自信が湧いてきた。

姉の言葉の意味が、
時間差で腑に落ちた気がした。

それでも彼とは別れが訪れた。
いろいろ理由はあるけれど、
“結婚しない人とは続けられない”
その気持ちが強かった。

その後、わたしは夫と結婚した。
紹介での出会いだった。
夫に対して熱情はなかったし、おそらく向こうも同じだったと思う。
でも、家族として穏やかに暮らしていけそうだと感じた。(経済面も含めて)そういう人を探していた。最初の休職の時期と重なっていたのもあったと思う。

1回目の結婚記念日、中華のフルコースを食べながら話した。

「わたしたちは情熱的に盛り上がる感じではないかもね」
「んー、まあ愛情、今はなくても…
愛は育んでいけばいいんじゃないかな」

彼がそう言ったとき、驚いた。
そのときのわたしには、「育む」という言葉は、なんだかすごくやわらかくて、優しいものに感じられた。

それから数年。
育むどころではない現実が続いている。
それでも、あのときの言葉が頭の隅に残っている。

姉が言った“愛される恋愛”
わたしが選んだ“穏やかに暮らす結婚”

その両方のあいだでゆらりゆらりと揺れながら、
今日もわたしは自分のペースで歩いている。






(1060字)



#モノカキングダム2025
#エッセイ








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