生涯一度の「くそババア」
こんにちは、凸凹おばばです。
先日、マイキーさんの「反抗期」に関する記事を読みました。
「反抗期が来る」と身構えていたけれど、思っていたような反抗期は来なかった――。
そんなお子さんとの日々が、お父さんならではの優しいまなざしでつづられていて、読み終えたあと、なんとも温かい気持ちになりました。
その記事を読んでいたら、わたしも遠い昔のことを思い出しました。
わが家にも、一度だけ「反抗期らしい反抗期」があったことを。
それは、息子が中学生だったころのことです。
生涯一度の「くそババア」
その朝、登校時間になっても息子はなかなか動きません。
わたしは出勤時間が迫っています。
「早くしなさい。」
それだけでは終わらず、あれこれ言ったような気がします。
すると突然、
「くそババア!」
そう叫ぶと、壁を思い切り足蹴り。
壁には大きな傷が残りました。
その傷は三十年以上たった今も、そのままです。
でも、その日わたしの心に残ったのは、壁の傷ではありません。
生まれて初めて息子から言われた「くそババア」の一言でした。
一日中、頭から離れなかった
仕事に行っても、その言葉が何度も頭に浮かびます。
「そんなに腹が立ったのかな。」
「わたしの言い方もきつかったかな。」
仕事をしていても、心は朝のまま。
夕方、わたしの方が先に帰宅し、夕食の準備をしながら考えました。
「どんな顔で迎えよう。」
「何て声をかけよう。」
朝よりも、夕方の方が気が重かったのを覚えています。
一本取られた
玄関のドアが勢いよく開きました。
そして息子は、玄関に入った途端大きな声で言いました。
「お母さん、今朝はごめんね。」
その一言で、胸につかえていたものが一気にほどけました。
謝ろうと思っていたのは、わたしも同じでした。
でも、先に言われてしまいました。
「あら~、一本取られた。」
そんな気持ちでした。
今では三人の父親
あの日の「くそババア」は、生涯たった一度。
それ以来、一度も聞いていません。
今、その息子は三人の子どもの父親になりました。
子どもたちに向き合う姿を見ていると、親になって初めて分かることが、本当にあるんだなと思います。
マイキーさんの記事を読んだからこそ、忘れかけていたあの日の出来事を思い出しました。
親も子も、みんな手探り。
だからこそ、ときにはぶつかり、ときには反省しながら、一緒に成長していくのかもしれません。
あの日は「くそババア」にショックを受けましたが、今となっては、それも親子で成長していた証だったのかもしれません。
壁の傷を見るたびに、あの日の「ごめんね」までセットで思い出します。
わたしがこの出来事を思い出すきっかけになったのは、マイキーさんのこちらの記事です。
親になった今だからこその思いが、とても温かく伝わってきました。
