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【連載⑧・完】マッキンゼー流のロジックで、離職率60%の絶望施設を再生させた話 【第8章・エピローグ】国が、この現場を、認めた日

著:高坂涼介(社会福祉法人いちご会)
介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰及び厚生労働大臣表彰 厚生労働大臣奨励賞受賞・介護労働安定センター理事長表彰 最優秀賞(日本一)受賞

👇 前の記事:【連載⑦】第7章:「J-CKP 30」の正体

国が、この現場を、認めた日

2025年1月。
公益財団法人 介護労働安定センターの表彰式。壇上に、父が立っていた。
令和6年度 介護職員の働きやすい職場環境づくり 理事長表彰 最優秀賞。

「最優秀賞」とは、日本一だ。
国が、この現場を、日本一だと言った。

理事長として賞状を受け取る父の姿を、僕は会場から見ていた。

親孝行が、できた。

父の姿を見ながら、僕の頭の中には、ある部屋の風景が、ありありと映っていた。

4年半前の、あの部屋だった。


「2025年1月1日、日本一になります」


2020年6月。
入職して、1か月が経っていた。

幹部を集めた運営会議に初めて参加した。
僕は、そこで、マイクを持った。

言葉は、準備していた。
どんな反応が出ようが覚悟は決めていた。

「2025年1月1日に、日本でいちばん人を大切にする社会福祉法人になります」

会場は、静まり返っていた。
拍手は、なかった。

「しら〜」「ウザ」「ハゲ」(参加者たちの心の声が聴こえる、、、)

離職率60.3%の職場で、「日本一」という言葉は、文脈を失った宣言のように、ただ、浮いていた。

それでも、言い切った。

あの宣言を信じたのは、おそらく、会場の中で、僕一人だっただろう。

それから、4年半。  2025年1月。

僕は、あの時宣言した「日付」の、まさにその場所に立っていた。

偶然ではない。

言い続け、書き続け、信じ抜いた結果が、1日の狂いもなく、現実となって目の前に現れたのだ。


『思うは招く』

僕の好きな動画がある。
植松電機代表取締役社長さんが登壇した動画だ。
👇

夢は、思い続ければ実現する。言葉には魂が込められている。言霊。

だから、
「2025年1月1日に、日本でいちばん人を大切にする社会福祉法人になります」

この宣言は毎月の会議で、言った。

面談でも、言った。

日々の業務の隙間でも、言った。

自宅の毎日のトイレ掃除のときも、毎日言った。

無意識に、言葉にしていた。

「日本一にします」ではなく、「日本一になる!」

言い切る!

「願望」と「決意」では覚悟が大きく違う。

これが全てだと思う。


病室から届いたLINE

ある年、一人の職員が、体調不良で早退した。
微熱と倦怠感。
風邪だろうと思っていた。

ところが、白血病と診断された。
1年近くの治療を続けた。だが、回復は困難だった。

死期が近づいていることを、本人はわかっていた。
そんな時、医師から余命宣告を受けた。

その職員には、息子がいた。
発達障害のある息子だった。
その子が、今の職場で続けることが難しくなっており、仕事が無くなる可能性がある。

ある日、病室から、僕のスマートフォンにLINEが届いた。
内容は、短かった。

「息子のことが、心残りです。今の職場で勤務時間数を減らされている。
来年は契約更新してくれないかもしれない。
これから息子がどうなるのか、それだけが不安で、心配で」

僕は、すぐに返信した。

「息子さんの面倒は僕が見ます」

考えなかった。  迷わなかった。

法人理念は、この瞬間に試された。

美しい言葉として壁に貼るだけなら、誰でもできる。
朝礼で唱和するだけなら、どこでもやっている。

でも、病室から届いた1行のLINEに、何と返信するか。

それが、理念に沿った行動かどうか、本物か偽物かどうかの分かれ目だった。


「うちで雇わないって選択、無いですよね?」

毎月、全職員が参加する勉強会をしている。
その場で、僕は職員全員に問うた。

「僕の大切な人が仕事が無くて困っています。
発達障害があって、今、働いているところをクビになってしまう。
うちで出来る仕事があるかどうか、正直わからない。
でも、雇いたいと思っている。みなさん、どう思いますか」

部屋が、静かになった。
少し間があって、あるリーダーが、こう言った。

「うちで雇わないって選択、無いですよね?」


その言葉は、僕が言ったのではない。

現場の職員が、自分の言葉で言った。

理念が、判断基準になり、空気になり、やがて、リーダーの口から、自然に出てきた。

そして、息子さんは、1か月後、いちご会で働き始めた。

アンケートの集計、Word資料入力、就業規則の外国人スタッフ向けに漢字のルビ振り、居室清掃、フロア清掃、シーツ配布など。

彼の仕事は、現場の負荷を確実に下げた。


口頭の夢が、形になった

言葉は、消える。
どれほど熱量を込めて語っても、会議が終われば、現場の喧騒の中に、溶けていく。

人は今日の業務を生きるので、昨日の宣言を覚えていない。

それは、責める話ではない。 それが現実だ。

だから、書くことにした。

『法人理念・ビジョン・中長期計画・経営哲学・年度方針・ケア方針・評価の基準。採用の考え方など』。

あの宣言の夢が何で成り立っているかを、1つずつ、言語化し始めた。

それを「経営方針書」と呼ぶことにした。

経営方針書は、基本的に、職員が手元に持っておくものだ。
『あり方』の指針として現場で活かす。

部下への指導のとき、自身の言動の振り返りに。

就業規則には無い、『あり方の教科書』だ。

組織が変わるのには、時間がかかる。
毎年毎年少しずつページ数が増えていく。
僕が学んだことを経営方針書にアウトプットしてる。

4年かけて120ページになった方針書が、職員一人ひとりの日常に溶け込むには、もう少し時間がいる。

だが、それでいい。
焦らず、続ける。

それだけだ。


中期ビジョンに、印刷された言葉

2020年、初版の経営方針書の中に、こういう一節がある。

【中期ビジョン】
2025年1月1日には、働く仲間が法人理念・行動指針を実践する従業員となり、「日本でいちばん人を大切にする社会福祉法人」になります。

あの宣言が、ここに、印刷されていた。

マイクの前で消えかけた言葉が、毎月の繰り返しを経て、紙の上に定着した。
定着した言葉は、全職員の手に渡った。
毎月読まれた言葉は、やがて、組織の空気になった。

病室からのLINEに即答した判断も、「雇わないって選択、無いですよね」というリーダーの言葉も、その空気から生まれた。

僕は、あの宣言を信じ続けた。

ただそれだけのことが、4年かけて、1冊の本になった。


国の答え

2025年1月、介護労働安定センターの理事長表彰 最優秀賞。
翌年2026年、内閣総理大臣表彰・厚生労働大臣表彰 奨励賞。

これが、「国が、この現場を、どう認めたか」の答えだ。

自己満足ではなかった、ということだ。


父の姿を見ながら、1つのことを考えていた。
これは、僕の賞ではない。

あの沈黙の部屋で、けげんな顔のまま、それでも次の日も出勤し続けた職員たちの賞だ。

病室から息子の心配だけを書いてLINEを送ってくれた、あの職員の賞だ。

「雇わないって選択、無いですよね」と言ったリーダーの賞だ。

「頼む」と言った父の、最初の電話の賞だ。

今いる職員も、辞めていった職員も、皆で取ったものだ。


灯が、役割ごと引き継がれる

第二章で、自分の仕事を「灯す」と書いた。
消えかけた灯火を、一人ずつ、手をかざして守る。

それが、あの現場での、本当の仕事だと。

5年が経って、ようやく理解している。

灯は、人に依存しない。

役割に、宿る。

2025年4月、施設長の座を後継者に渡した。

後継者は、同じアンケートを配り、同じ白黒で応え、同じように保留せず、CKPで翻訳して仕組みにする。

J-CKP 30 の輪を、自分の名前で回している。

そして、その後継者の手元にも、経営方針書がある。

あの宣言は、もはや、僕個人の言葉ではない。

法人の言葉になった。

後継者という形で、次の時代の灯を持つ人に、渡った。

灯が、燃え続けている。

それだけだ。


「最終的に何が、いちばん効いたんですか」


「最終的に何が一番効いたのですか」と、よく質問される。

会議を変えたこと。
採用を設計したこと。
評価制度を作ったこと。
アンケートで声を聴いたこと。

それらは全部、本当のことだ。

ただ、それらの土台にあったのは、『言い続けること』だったと、今の僕は思う。

「日本一、人を大切にする法人になる」

『覚悟』だ。 『絶対に実現させる、という覚悟』だ。

「日本一になります」という宣言は、言葉ではなかった。
僕にとっては、契約だった。

自分との、職員との、そしてあの病室からLINEを送ってくれた職員との。

その覚悟が揺らがなかったから、会議も、採用も、方針書も、続けられた。

覚悟が言葉を生み、言葉が紙になり、紙が制度になり、制度が空気になった。

空気になったものを、国は「最優秀」と呼んだ。


あなたの現場の「日本一」は、何か。

それを声にしてほしい。

誰も信じなくていい。

今日、あなた一人が信じればいい。

声にしたものは、紙になる。

紙になったものは、制度になる。

制度になったものは、空気になる。

その空気が、いつか誰かを救う。


最後の問いを、あなたに渡す

J-CKP 30 は、あなたの現場でも、必ず回り始める。

第7章の最後で、そう書いた。

ここで、もう1つ、加えさせてほしい。

型を回し続けるためには、方向が要る。

どこへ向かって、回し続けるのか。

その方向が、「宣言」だ。

誰も信じなくてもいい。今は届かなくていい。

ただ、声にする。

そして、その声を、紙にする。

紙を、人に渡す。

渡した言葉を、繰り返し読む場を作る。

それだけでいい。


あとは、時間が、やってくれる。


あなたの現場の「日本一」は、何ですか?

8本に渡った本書は、ここで終わります。
でも、あなたの現場の話は、ここから始まるはずです。
自分の灯を持って、歩き出してほしい。


エピローグ

2つ目のいちごの、その先へ


灯を、次の現場

プロローグで、2つのいちごの話を書いた。

最初のいちご
父が創り、父が売り、ある朝、僕の手から消えた薬局。
継ぐはずだった未来が、廊下の立ち話で、なくなった。

2つ目のいちご
父が始め、沈みかけていた、社会福祉法人いちご会。
あの夜の電話から始まった、もう1つの物語。

本書は、その2つ目のいちごで起きたことを書いた。
でも、書き終えてみて、気づいていることがある。

最初のいちごを失ったことが、2つ目のいちごを救えた理由だった、ということだ。


最初のいちごを手放したあの朝から、僕は1つのことを証明したかった。

数字で動かせる、という自負を持ち続けた。
効率のメスを磨き続けた。

マッキンゼーのプロジェクトで副社長に報告を続けた。

買収された側の薬剤師が、本社のM&Aを主導した。

それは全部、本物だった。

でも、介護施設のデスクに座って、初日の5分後に施設長から差し出されたスマートフォンの画面「もう無理です」という文字の前で、僕は、その本物が、ここでは届かないことを知った。

数字は人を動かさない。 人が、人を動かす。

そのことを、僕は、5年かけて、身体で学んだ。


父のこと

ここだけは、正直に書いておく。

僕は、父を憎んでいた時期があった。野球を辞めさせられたこと。福岡の大学に「縁だから行け」と言われたこと。

イチゴ薬局を廊下の立ち話で売ったこと。

ただ、2つ目のいちごで5年過ごして、考えが変わった。

父が薬剤師の道を選ばせたから、僕は薬剤師になれた。
継ぐ予定の薬局を売ってくれたから、太陽薬品に入り、M&Aを主導できた。

M&Aを主導したから、マッキンゼーと組んだ。
マッキンゼーと組んだから、ロジカルシンキングを身体で覚えた。

すべてが、2つ目のいちごへの、遠回りの準備だったのだと思う。

野球を続けていたら、どうなっていたか。
料理人になっていたら、どうなっていたか。
福岡の薬科大学ではなく、別の大学に行っていたら、どうなっていたか。

それは、わからない。わからないから、何とも言えない。

ただ1つ、言えることがある。

この道を歩いてきた自分が、今ここにいる。

それだけで、十分だ。

運命は、自分で変えることができるのだ。


日本一の表彰式には、理事長である父も出席していた。
表彰状を受け取ったのは、父だった。

壇上に立つ父の姿を見ながら、1つのことを思った。

『親孝行できた。』

あの夜の電話から5年。

「助けてくれんか」と言った父に、「日本一」という答えを返せた。

それだけで、十分だった。


介護を、福祉を、子どもが憧れる仕事に

2040年問題、という言葉がある。
団塊の世代が九〇代に差し掛かり、認知症の高齢者が増え、介護需要が供給を大きく上回る時代。

あと15年以内に、確実にやってくる。

そのとき、介護の現場に誰がいるか。

それは、今日の職場で、誰が育つか、に直接かかっている。

僕が本書で伝えたかったことは、メソッドではない。

メソッドは手段だ。

伝えたかったのは、1つのことだ。

介護の職場を、子どもが憧れる仕事にしたい。

「将来、何になりたい?」と聞かれたとき、「介護士」と、胸を張って言える子どもが増えてほしい。

そのためには、今の介護の現場が、誇りを持てる場所である必要がある。

誇りを持てる場所は、誰かが作る。

そして、その誰かは、あなたかもしれない。


あなたの現場にも、いちごがある

最後に、1つだけ、書かせてほしい。
あなたの職場にも、いちごがある。

名前はいちごでなくていい。法人でなくていい。

チームでいい、ユニットでいい、あなた一人の持ち場でいい。

そこに、消えかけている灯が、あるかもしれない。

出勤するたびに、少し重い顔をして来る誰かが。

うまく言葉にできないまま、ただ黙って働いている誰かが。

J-CKP 30 は、その人のために、ある。

アンケートを1枚、配る。

聴いた声に、白黒をつけて、返す。

学んだことを、翻訳して、仕組みにする。

それだけでいい。

その1回転が、やがて、組織の空気を変える。

空気が変われば、人が変わる。

人が変われば、入居者様や利用者様の日常が変わる。

『自分が変われば、全てが変わる』
『過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ』


本書を書き終えて 著者より

最初のいちごを継げなかった自分が、2つ目のいちごで学んだことは、予想外の形で、思想の外側から来た。

効率は、手段だ。 人は、目的だ。

この当たり前のことを、僕は40歳を過ぎるまで、本当には知らなかった。

教えてくれたのは、「もう無理です」と書いた職員だった。

「頼む」と言った父だった。

「教えてね」と言った介護統括だった。

「いい人を採ってくれた」と言ってくれた現場だった。

そして、「雇わないって選択、無いですよね?」と言ってくれた、あの職員だった。

僕は、この法人に、救われた。

そのことへの、返礼として、この1冊を書いた。

本書を手に取ってくれたすべての方に、心からの感謝を。
高坂 涼介

最終回まで読んでいただきありがとうございました。

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