見出し画像

アルバムの中を生きるのか #74

過去。

それは現在を通って未来へと続く、
見えるのに触れられない残像かもしれない。


私は家族で、  
子どもたちが小さかった頃の
写真をよく見る。

アルバムを見ながら、

「〇〇が赤ちゃんだった頃は、
こんな子だったんだよ」

「この頃の〇〇、
こんなことが好きだったね」

なんて言いながら、家族で笑い合う。

子どもに対して、  
イライラしてしまうことが多いなと思うときに、意識的に開くようにしている。

赤ちゃんだった娘たちを見ると、  
自然と心も顔も緩まる。

そうやって過去を懐かしんでいると、  
思うときがある。

「あの頃に戻れたらな」と。

でも現実には、  
赤ちゃんだった娘たちにはもう会えない。

抱きしめることも、  
触れることもできない。

それができるのは、  
アルバムの中の私だけ。


アルバムを閉じる。

「さあ、晩ご飯作ろっと」

そう言って立ち上がる。

娘たちは、

「今日のご飯なに〜?」

と聞いてくる。

晩ご飯を作り終えて、  
家族みんなで食卓を囲む。

家族の笑顔と、  
その中で笑っている自分に気づいて思う。

私は今、  
アルバムの外で息をしている。


今ここで、  
目の前にいる家族と笑い合って、  
名前を呼んで、  抱きしめられる。

この空気もきっと、  
アルバムの中の1ページに綴じられる。

そのページを、  
いつかめくる日が来たとき、

きっと私は思う。

“この中に触れたい”と。


◯関連記事

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集