隣の芝生が青いのはなぜ?#47
隣の芝生が青く見えるときって、
だいたい「いいところ」しか見ていない。
あの人の周りには、いつも大勢人がいて、
あの人はみんなから好かれていて、
あの人はいつも幸せそうで。
それに比べて、自分は。
そんなふうに思ってしまうことがある。
でも、よく考えてみると、
私はその人の一部分しか見ていない。
よく見えるところだけを見て、
“あの人はいいな”と思っている。
本当は、自分よりもずっと失敗や苦労も
してきているのかもしれないのに。
私は、人とのコミュニケーションに
正直言って苦手意識がある。
人見知りで、自分から話しかけるなんてことはほとんどできないし、雑談や気遣いも得意ではない。
だから、誰とでも自然に話せる人を見ると、
“あの人はいいな”
“自分もあんなふうになりたかったな”
と思ってしまう。
でも、何とか近づけないかと思って
観察していて、気づいたことがある。
多分、私とあの人では、
そもそもの場数が全然違うということ。
そして、私とは比べ物にならないくらい、
たくさん失敗して、傷ついてきたのだろうということ。
例えば、初めての人と会うとき。
私は、相手から話しかけてもらうのを
待ってしまう。
でも、あの人は自分から話しかける。
私が「どうしよう」と迷っている間に。
微妙な距離の人とすれ違うときもそう。
私が挨拶しようか迷っている間に、
あの人は自然に声をかけている。
そして相手の反応を見て、思う。
ああ、こっちが正解だったんだ、と。
でもある日、あの人が挨拶をして、
気づかれずにスルーされているのを見た。
「あっ…」
ほんの一瞬だけ、そんな空気が流れた。
でもそのあとすぐに、
何事もなかったかのように、
別の人にいつも通り挨拶していた。
その時、気づいた。
あ、これだ。
これが、私とあの人との違いなんだ、と。
そして同時に、
私がダメなわけじゃないんだとも思った。
私は、自分の安全が
ほぼ確実に保証されないと、動けない。
でもあの人は、不確実でもとりあえず行く。
上手くいくときもあれば、
いかないときもある。
それを繰り返して、少しずつ磨かれていく。
今の私が、
あの人のようにできるかといったら、
答えはNOだ。
わかっていても、できないものはできない。
多少は変われたかもしれないけれど、
やっぱり同じようにはなれないと思う。
でもそれは、能力の差というよりも、
もともとの特性の違いなのかもしれない。
私は、考えてから動く人間で、
すぐに傷ついて、
立ち直るのにも時間がかかる。
だからこそ、無理に変わろうとしなくてもいいのかもしれない、と思うようになった。
…というより、
変わろうとしても難しいと思った。
喩えるなら、
あの人は剣使いで、私は魔法使い。
手元にあるLv.3の剣を手にしたところで、
Lv.100の剣を使いこなすあの人のようには、なれない。
だから私は、私の持っている魔法の杖を、
磨いていけばいいんだと思う。
“隣の芝生が青く見える”のは、
きっと当たり前のことなんだと思う。
でも、よく見てみると、
自分の芝生も、ちゃんと青い。
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